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ショートショート怪談3 黒い影

 いや、お待たせしました。ちょっとお手洗いに行ってましてね。私なんかの話を聞くために、安くないお金を払ってきていただいたのに本当に申し訳ないです。しかしまあ、みなさんももの好きなんですね。普通、怪談なんて聞きに来ます? みなさん、友達とかいないでしょ? いや、失礼。そんなことないですよね。はいはい。で、まあ時間ももったいないんで、さっそくお話しましょうかね。
 こういう仕事、仕事っていうんですかね。人前に出て、人から聞いた話とか自分で体験したことを話すだけっていう。スーツも着てないし、ネクタイも締めない。週5日勤務でもなくて、むしろ休みの日が多い…。まあ、気楽なもんですよ。
 でもね、やっぱり困ったことがある。こういう仕事をしていると寄ってくるんですよ、変な人が。幽霊じゃないですよ。本当にヒトです。
ー私怖い話知ってます~、とか
ーこの間、信じられない体験をしたんですよ! とか
ー知人の知人がね…とか
 要は聞いてくださいって言うんですよ。怖い話を。話すのは商売ですけど、聞くのはそうじゃないんですけどね。
 私思うんですけど、その人たちの目的ってなんなんですかね? 単に聞いてほしいなら友達との酒の席にとっておけばいいと思うし…。点数つけてほしいんですかね? でも、本当のこといえば傷つくでしょ、怖くもないしつまらないって。こっちは気を使ってるんですよ。大人なんですから。あとは、買い取ってほしいとか? 何回こすったかもわからない話を? どこかのネットで拾ってきただけかもしれない話を? 知人の知人という、もはや真偽を確かめようがない出来事を? お金ほしいのはこっちですよ、まったく。
 いや、失礼。みなさんがそうだっていいたいわけじゃないんですよ。あ、席立たないでください。ほんと気を悪くしたらすみません。
 とにかく、この間いたんですよ、私の話聞いてくださいって人が。ホームでね。電車を待っていたんですよ。そのとき、私地方公演を終えて、少し飲んでホテルに戻ろうとしてたんですね。終電近くで、人もいない静かなホーム。次の電車まで10分ほどあって、ベンチに座りながらぼんやりとしていたら、隣にね、人が座ってきたんです。20代、30代くらいかな、男の人。
 どうにも挙動不審で変な人だなと思っていたら「見えます?」ってホームの奥を指して聞いてくるんですよ。
 その方向を見ても当然何も見えなくて「えっ?」って聞いても「ずっといるんですよ」とか「ほんと怖くて…」とか答えになってない答えが返ってくる。挙句「笑ってるのかな? 怒ってるのかな?」なんていうものだから、とにかく落ち着いてくださいよ、と深呼吸するように促したわけです。
 すると彼、落ち着きを取り戻して私に話し始めたんです。

「最初にそれを見たのは、3日前でした。夜中に尿意をもよおしてトイレに向かったんです。あ、私の家マンションで寝室からリビングを抜けて廊下の一番手前にトイレがあるんですよ。で、トイレの電気をつけてドアノブに手をかけたとき、何気なく廊下の奥ー玄関の方なんですけどーを見たら立っていたんです。黒い影としかいいようがないんですけど、でも影みたいにのぺっとしてなくて、肉体感があるというのかな…立体的なんです。で、そのときは、まだ寝ぼけていたのか、あんまり気にしていなかったんです。でも、翌日また…」

ー見たんですか? 私がそう聞くと彼は「はい」って答えました。まあ、よくある話だな、なんて思っていたんですが、先を促すと、やっぱり翌日も夜中にトイレに行くと、玄関に立っていたそうなんです。その黒い影が。少し大きくなったーような気もしたんですが、とりあえず寝ぼけているんだと自分に言い聞かせて、ベッドに戻ったんですが、翌日もまた…。で、今度は間違いなく、影が大きくなっている、いや近づいてるんだと気づいたんですね。怖くなって、トイレに駆け込んで用を足して、ぶるぶると震えているうちにいつの間にか寝ていて、気づいたら朝だったようなんです。その日は旅行の予定ーそこで私と彼が出会うわけですがーがあったので、慌てて支度したそうです。

 で、旅館で友人と遅くまでお酒を飲んでトイレに行くと、またそいつがいたらしいんですよ。怖くなってとにかく旅館を飛び出して、財布だけは持っていたんで、逃げるようにホームに…そこで私に会ったってわけです。
 そこまで話すと彼は私に礼をいい帰っていったんです。おかしいと思いません? さっきまで「とにかく逃げたい」的な一心で電車に飛び乗ろうとしていた人が急に冷静になって。人に話すといくらか落ち着くとか言いますけど、そこまでですかね。
 そうこうするうちに、電車がきたんで乗ってここまで帰ってきたんですけどね。
 妙だな、と彼のことをずっと考えていました。態度からして私のファンで怖い話を聞かせにきた、という感じではなく本気で怖がっていた。ということは、見えていたんでしょう。彼には、その黒い影とやらが。そもそもなんで見るようになったんでしょう。普通気になりません? 怪異の原因。まあ、いいんですけどね。彼はその後どうなったのか知る由もありせん。でもきっと彼は黒い影から解放されたんでしょうね。

 さあ、私の話はこれで以上です、みなさん、夜トイレに行く際はくれぐれもご注意を…。

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