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ペディキュア・マニキュアを塗って1週間が経った[2020/5/28の日記]


人生のスタンプラリーを押そう

・高校時代の部活の同期と、ここ半年ぐらい(飲み会2回分ぐらい)「人生のスタンプラリーを押そう」という話をしている。

・私は「人生の業績解除」とも呼んでいるし、月ノ美兎委員長がいうところの「死ぬまでにやりたいことリスト」と同じだろうし、穂村弘の『現実入門』もおよそ同じほうを向いている。

・前に集まったとき、男友達に近況を聞いたら、新しいことがしたくて、競馬に行き、バレエを観に行き、オペラを聴いて泣き、道端で声を掛けられて若手芸人のライブを観に行き、ネイルエステに行き、クリスマスイブにTENGA共催のクラブイベントに行ったのだが全然肌に合わなくて、しかし深夜だから電車も動いておらず、死んだような目をして過ごした、と話していたのだ。楽しそうだ。なんてアクティブなんだろう、と羨ましくなった。

・はずなのに、次の飲み会まで私は何もしていなかった。確か、ガチの占い師に占ってもらうのが宿題だったはずなのに。


・どういう流れで決まったのか忘れたが、年末年始の飲み会で、女友達によって新たに「ペディキュアを塗る」という宿題が課された。

・しかも「実況すんなよ」と釘を刺されてギクっとした。俺のことをよくわかってるな、と思った。ペディキュアを塗るという体験について、沈思黙考せずにそういう「オモシロ」に逃げてはいけない、という倫理は、うまく言葉にできないけど何となくわかる。

・まあ書くけどね、今から。もう「書く」のは倫理を超えて私という人間の生態だから。でも、1週間書くのは我慢することに決めた。


・例のウイルスでなかなか外出できない昨今、新しい刺激を導入するのにちょうどいいタイミングだった。髭を伸ばしたり、髪を染めたりしている人も結構いるが、その延長にペディキュアがある。

・あと、ペディキュアを塗るデメリットとして唯一、銭湯に行ったときに変な奴だと思われるリスクがあったが、最近は銭湯にも行けないし。

・なんか大げさに書いているけど、小学1~2年生のときにクラシックギターを習っていたせいで、爪を強くするためにトップコートを塗っていたので、そんなに忌避感はない。あと、母親がエステサロンのパートタイマーだし。というか、多少の憧れめいたものがなければ、「次までにペディキュア塗ってくることな!」って言われても塗らないし。


1日目

・まずはただの体験のつもりなので、100均に行って、各種グッズを買う。ベースコート、カラーポリッシュ、トップコート、トゥセパレータ、除光液など。爪磨きは元々持っていた。

・問題は色。やっぱ赤が基本かな、赤だと面白いよな、と思ったが、「オモシロ」に逃げずに、塗りたい色を、自分の心に耳を澄ませて買った。万年筆のインクのようなブルーブラック。


・まず爪を磨く。時間をかければかけるほどピカピカになるのはわかっているのだが、手が疲れるので諦める。女子力とは文字通りパワーである。

・ベースコートがめちゃくちゃムラになった。100均だと伸びが悪いし、シンプルに手先が不器用。

・酒飲みながら、VTuberの配信観ながらテンションが上がっていたので、ペディキュアが乾くのを待ちながら、そのままマニキュアも塗った。

・が、マットなトップコートを塗って仕上げに入ったら、なんか絵の具で塗ったみたいな、「マニキュアごっこ」みたいな感じになってしまった。うわあ。高級感というか、大人っぽさを求めてマットトップコートにしたのに。


・完成したが、かなりまだらだ。クオリティが低い。もうやめたい気持ちになってくる。

・大学1年生のときに学祭で女装したが、そのときも思ったより可愛くなくてすごくがっかりした。それからは一度もしていない。

・が、可愛くないからといって女装を降りることができるのは、男性が持つ最大の特権の一つであろうと思う。

・前にTwitterで、「女装は男にしかできないから最も男性的な行為だ」という言葉を見て、言い得て妙だなと思った。

・が、現実は真逆である。J. バトラー的に言って、ジェンダーとはパフォーマティヴ(行為遂行的)なものであり、「女装」している人間のことを我々は「女性」と呼んでいるのである。

・だからもちろん、「女性」も「女装」を降りることは究極的には不可能ではない。が、クローゼットの服を選ぶような容易さではジェンダーを選ぶことはできないのだ、という理論的精緻化がGender TroubleからBodies That Matterの間で行われた、というのが教科書的なバトラー理解である。


2日目

・朝起きて、目薬をさすときに手が「女」で驚いた。眼鏡をかけていないとぼんやりとしか見えないから、ネイルのクオリティがあまり気にならない。

・シコるときにも、手が「女」じゃんと思った。

・オナニーとは、自分を刺激する想像的な性的他者を召喚しなければ成功しない(実はセックスの場合も、他者を性化させる想像力が必要となるのだが)。つまり、ペニスを握る手が自分のものではなく、画面に映る女優の手だと信じなければ、己の滑稽さに人は我慢できない。男性にとってマニキュアとは、自分の手を「他者」にする技法である可能性はある。

・が、私は別に興奮しなかった。別に手、見ないしな。

・前にテレビで見た、スクール水着フェチの男性を思い出した。スク水を着た女子校生ではなく、純粋にスクール水着そのものへのフェティシズムがある。だから、場合によっては、スクール水着を着た自分の写真でオナニーするらしいのだ。

・「俺がスクール水着を着ている……!」という背徳感、逸脱感でもなく、「俺が着ているスクール水着はかつて女性が着ていた……!」という興奮でもない。ただただ「スクール水着」が好きだから、それを着ているのが誰であってもかまわない、ということらしい。

・……いや、書いてみたらマニキュアオナニーとあんまり関係ないな。関係ないんだけど、かすってるせいで脳裏をよぎり、あんまり楽しいオナニーではなかった。


3日目

・ちょっと慣れてくると、俺ってセクシーじゃんと思うようになってきた。特に、遠目に見るとクオリティもそんなに気にならない。

・結構、メンズネイルって可能性があるんじゃないか?と思ってググってみた。が、そんなにメジャーにはなっていなかった。特に、メンズネイルエステを掲げている店でも、わざわざ「女性用のネイルのように装飾を施したりはいたしません」と書いてあったりする。つまり、形や表面を整えるだけで何かを塗ったりはしないらしい。

・画像検索をすると、黒か青系が多い。「オモシロ」に逃げないために赤は選ばない!と決めたが、別に赤でもいいと思うんだけどな。それはそれでカッコいいと思う。

・せっかく爪はセクシーになったが、自分はあまりファッションに気をつかわない人間なので、指先だけが、しかも下手くそにお洒落なのはアンバランスな感じだ。金髪だが眉毛が太く黒々としている大学一年生の男子みたいなダサさがある。「ネイルを塗っていそうな人」にならないとネイルがおしゃれにならない。

・月ノ美兎委員長のシャニマス実況配信をライブで観ていたら、ちょうど「男の人がネイル塗ったらどういう気持ちになるんだろうね」と話をしていた。

・これ、俺が書かないで誰がコメントすんの!! と思ったが、「オナニーとは、自分を刺激する想像的な性的他者を召喚しなければ成功しないのであって……」とコメントしても通報されるだけなので控えた。


4日目

・3日目までは、知り合いと会う予定が一切なかったのだが、ついに研究会の用事がある。カメラOFFで進めることもできるが、カメラONの方が表情、身振りで伝わるメッセージも多いので、あまりしたくない。そもそも、マニキュア生活は知り合いの前で自分がどう振舞うのだろうか、という観察は必須だと思っていた。

・まあ、社会学をやっている人間が集まっている研究会なわけだから、セクシュアリティを研究している男性研究者がマニキュアをしているのを見たところで、「正しい」リアクションが返ってくるのは間違いないと思う。社会学はある意味で、他者に優しくなるための学問だ。多分、気付いて(おや……?)と思ったあと、触れずにそっとしておくか、「お、どしたんそれ笑」と冗談めかして、しかし冗談めかしているのであって私にあなたを馬鹿にする意図はありませんというメタメッセージを乗せて、聞いてくるだけだろう。

・だから別に恥ずかしいとかそういうことは思わないのだが、面倒くさいなあとは思った。「これ、人生のスタンプラリー中で……あ、人生のスタンプラリーというのは同級生との間、あ、高校の部活の、吹奏楽部の、で、の言葉なんですけど……」ともたもた話す自分を想像して嫌な気持ちになった。

・「説明を求められること」は、「差別」とまで言うべきなのかわからないが、マイノリティの「生きづらさ」の一部であろうと思う。

・私個人の考えだが、飲み会で「結婚しないの?」「彼女つくんないの?」「子どもって欲しい?」と聞く・聞かれること自体は別に大したことではないと思う。純粋に考えるのであれば、そこまでは、場の会話を転がすためのテーマ設定にすぎないから。「結婚して初めて一人前」とか「その年で彼女いないのは人間性に問題がある」なんてガチで思ってるなら当然問題だが。

・とはいえ、そこで世間の支配的な規範に反対できる説得力ある論を展開しなければいけないというプレッシャーを感じたり、そこまでは至らずとも、何度も何度もしてきた説明をここでも繰り返さなければいけないという徒労を感じたりする。そのだるさ、「生きづらさ」は、マイノリティに多く降りかかりがちである。


・これは「話すのがだるい」という話から連想しただけで、自分が「マイノリティ」だという話では全くないのだが(だったらしなきゃいいのだが)、女性向けAV研究者が飲み会で感じるだるさったらない。

・私は、飲み会では毒にも薬にもならない話だけして笑っていたいので、真面目な話なんて一つもしたくない。だから、研究ジョークは言うかもしれないし、ホンマでっかTVみたいなことも言うかもしれないが、本当の研究内容の説明なんてしたくない。

・が、「女性向けAV研究者」は、客観的に見てもやはり引きが強いので、研究の話をせがまれることが多い。

・私としては、初対面であまり女性向けAV研究者を名乗りたくないのだが、友人が“気を利かせて”、「こいつに、何の研究してるか聞いてやってくださいよw」なんて言ったりするのだ。そうすると、私としてはもう行き止まりしか待っていない。

・まず、ドン引きされたら最悪。だがまあ、女性向けAVを研究する「男性」を警戒する気持ちはよくわかるので否定できない。

・研究にグイグイ興味を持たれても面倒くさい。一番簡単には「女性向けAVと男性向けAVの違いを研究してるんですよ」と答えているが、ンなつまんねー研究はしていないし、かといって「ミシェル・フーコーという思想家は……」というところから話し始めても飲み会に水を差すだけである。

・笑いものにされても良い気持ちはしない。世間的に考えて俗っぽくて耳目を集める研究であることはもちろんわかるが、一応、ある種の誇りをもってこの研究をしているので。でも、「オチをつける」という飲み会というゲームのルールに沿うなら、そういう行動をとるしかない気持ちもわかるので、否定するのも違うと思う。

・「ソフト・オン・デマンドに就職するんスかww」と何度言われたことか。でも、未だにいい受け身のとり方がわかっていない。「いや就職しないわ!笑」という、何も言っていないに等しい0点の返しをしてしまう。

・大学院に進学したあたりから、よく「服部は……将来何になるの?」と聞かれる。親戚には親越しに聞かれる。


・黙ってるつもりだったが、研究会後の打ち上げで、せっかくなので「マニキュア塗ってみたんですよ」と言ってみた。一拍置いて「……おお~」と言われた。なるほど、「正しい」リアクションである。

・今度は金髪にしたら? ピアス開けたら? と言われたが、不思議と全然やりたくないな。憧れがない。まつ毛パーマは面白そうだなと思った。でも「オモシロ」に寄りすぎてるよな。ペディキュアと違って、まつ毛パーマによってお洒落になりたいという気持ちは微塵もない。


5日目

・料理、洗い物をしているときの自分の手が一番セクシーな気がする。社会的にいって女性的だからだろうか。いや、ふつうに、クオリティが気にならない最も適度な距離で、手のあたりを見つめなければならない作業が、料理や洗い物なのかもしれない。

・私は、遠目で爪を見るたびに「おっ」と思うわけだが、きちんと塗っていればそれに加えて、私が「うわっ」と思うタイミングで本来は「かわいっ♡」と思うはずで、そりゃマニキュアに金かけるわなと思った。


・ペディキュアはまだもちそうだけど、マニキュアは結構剥げてきた。そろそろ限界か。7日目に除光液で落として、マニキュア体験は終了、ということに決める。

・修士課程のとき、女性の多い職場でバイトしていたのだが、30代の上司がめちゃくちゃズボラで、ある日マニキュアが10枚中3枚しか生き残っていないことがあった。

・上司は、目の前のテーブルがランチで埋まってしまうと、床に財布を置いていた。

・ランチを食べた後、割り箸が入っていた紙袋で口元を拭っていた。


6日目

・もう普通になっちゃったな、マニキュアが。というか、昨日からすでに書くことがなくなっている。Zoomでゼミやってる程度じゃ別にバレないってことがわかってきたし。爪がちょっと青かったぐらいじゃ、「画質悪いなあ」「仮想背景がうまくいってないなあ」と思われるだけ。

・月ノ美兎のシャニマス実況をまた観ました。ストレイライトのファン感謝祭シナリオ。たのしかったです。

・アイドルマスター系コンテンツ(ってくくるので合ってる?)に触れるのは今作が初めてだったんだけど、そりゃ売れるわ……と思った。


7日目

・1日目は、全然キレイじゃない……もうやめたい……と思っていたが、7日目の今は、機会があればまたやろうかなという気持ちになっている。やっぱり、やってみるもんですね。続けてみるもんですね。

・あえて言うが、ペディキュア・マニキュアを塗っても特段の発見はなかった。こんなことぐらいで、「女性は見た目に気をつけなくちゃいけなくて大変!みんなも一度苦しんでみよう!」とか「男だってネイルの時代!ジェンダーに囚われずに『男』の鎧を脱ごう!」なんて上っ面撫でるだけのこと言いたくはない。そのほうが女性も迷惑だろう。

・爪を青くするのはだるい。爪が青くなると、ちょっと気分が前向きになる。ただ、それだけのことである。


・さて、除光液でマニキュアだけでも落とすかと思ったのだが、これがまあ全っ然落ちない。小学生の頃に塗ったときは、もっと簡単に落ちたと思うのだが。

・除光液がショボすぎる。100均で売っている「ネイルキッス」という商品はかなり有名で、ボトルに指を突っ込んで引き抜くだけでネイルが落ちるらしい。当然売り切れていたので、別のを買った。なんか、何みたいにと言えばわからないが、虫刺されの薬みたいに、液の出口を金属の玉が塞いでいて、押し込むとその玉の周囲から液が出てくるタイプのアレ。

・全然液が出てこない。除光液ってもっとコットンにじゃぶじゃぶかけて落とすんじゃなかったっけ? 爪が湿気るだけなんですけど。

・明日は、マニキュア生活8日目である。




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