高校物理今昔(1-2:剛体の運動があったころ)

久々のこのシリーズ。今回は1970年代の教科書の続きです。

前回こちらで見たように、この頃の指導要領には剛体の回転運動を学習していました。

東京書籍 昭和51年版

今回はもう少し詳しくこの教科書を見ていこうと思います。
やる内容としては大学1,2年で扱う剛体の力学を簡略化したものです。
普通大学生相手ですとニュートンの運動方程式から理論的に剛体回転の方程式を求めるのですが、高校の指導レベルでそれをやると死人が出るでしょう。
じゃあ物理が好きでも得意でもない高校生に、どう導入してたんでしょうね? というのを見ましょうというわけです。

念のため言っておきますと、この記事は決してわかりやすさを重視した記事ではありません
当時の高校生がどのようなことをどのような本で学んでいたのか、その楽しさや難しさが伝わればいいなと思います。
もっとエレガントな説明や楽しい説明はそういうYouTubeでも見てください。


まず、どんな順序で物事を導入しているか簡単に見ましょう。ざっとトピックを抜粋しますと、

・角加速度
・慣性モーメント
・剛体の回転運動方程式
・力積のモーメント
・角運動量
・角運動量保存則
・回転運動エネルギー

という順で登場します。

もちろん教科書によってこの辺の説明順は違います。実教出版なんかだといきなり(普通の)モーメントやったら即、角運動量から始まったりします。

東京書籍版のこの流れ、質点の運動方程式をすでに学習しているからこそできる順序ですよね。
この教科書は物理IIでして、質点の運動方程式は物理Iで全て片付いてます。
実は東書版の物理Iは目次のデータしか持ってなくて、その目次を見る限り、
・加速度
・運動方程式
・運動量
・力積
・運動エネルギー
の順で進んでいるようです。
つまり、おおよそ質点の運動と同じ順序で議論をしているようです。
まあ、手元にないので詳しいことは言えないんですけどね。
手に入ったら追記します。

しかしなんだこれ、物理Iで単振動までやってたのか……。


ちなみに現代の教科書ですと、

・加速度(物理基礎)
・運動方程式(物理基礎)
・仕事と運動エネルギー(物理基礎)
===========
・二次元運動(物理)
・剛体の釣り合い(物理)

・運動量(物理)
・運動量保存則(物理)
・力積(物理)

の順で触れます。
なんだか無理矢理感が否めませんね。
中途半端に二次元運動と剛体の釣り合いが、しかも唐突に挿入されています。ならいっそ剛体は削るか中学に降ろせばいいのに。
ていうかこの順序見て、物理専門の人間誰もなんとも思わないんですかね? もうどうでもいいのかな?


以下各トピックの導入をどうやっているのか見ていきます。

・角加速度

回転の角速度を大きくするためには、力のモーメントをなるべく長い時間かけてやる必要がある。このことは、物体に、ある時間力を加えて速度を増加させるばあいとよく似ている。

東京書籍 昭和51年 以下引用は全て同一

はい、というわけで、角加速度も回転運動方程式も、ぶっちゃけこの言葉で全て片付いてしまいます。
質点の加速運動と似てるね! 以上!!
たしかにこれが一番手っ取り早いと思います。ただ、実験事実を重んじる高校の指導要領的にどうなんでしょうね?

ちなみに角加速度、どう記述するか個人的に気になってました。というのも、角速度は$${\omega}$$で書きますけど、角加速度は$${\dot{\omega},\ddot{\theta}}$$で記述することが多いので、個別の記号があるのか私は知りませんでした。

$${ \alpha=\dfrac{\Delta\omega}{\Delta t} }$$

$${\alpha}$$なのか!
まあ加速度と概念は大して変わりませんし、$${\theta,\omega}$$とギリシャ文字で来ている以上、$${\alpha}$$という予想は容易ですね。


・慣性モーメント
・剛体の回転運動方程式

続いて慣性モーメント。これは質点運動での質量に相当しますから、剛体回転特有のトピックになります。

(ストロボ写真を指して)この写真から角加速度を求めることができる。その結果、一定の力のモーメントを与えると、固体は一定の角加速度で角速度を増していくことがわかる。(中略)すなわち

$${M=I\alpha}$$

である。この比例定数$${I}$$は(中略)慣性モーメントという。

おおっと、ここで実験事実を持ち出してきた。
なるほど、たしかに角加速度と回転運動方程式、いずれも実験から式の確認をするのは授業する側にも手間です。
どちらか一方と言われたら、角加速度の計算練習にもなる回転運動の実験解析をとるのではないでしょうか?

ただ、これだけで終わりにしないのが矜持といいますか、このあと簡単な場合について慣性モーメントをちゃんと計算で出します。
全部引用すると長いので簡単にまとめると、

・長さ$${2r}$$の棒の両端に質量$${m/2}$$の質点をそれぞれつけ、棒の中心を回転軸にする。
 (半径$${r}$$上に2個の質点が対称についている)
・質点の加速度と角加速度の関係は$${v=r\omega}$$より $${a=r\alpha}$$である。
・質点にかかる力は運動の法則から$${F=\dfrac{m}{2}a=\dfrac{m}{2}r\alpha}$$
・二つ分のモーメントは$${M=2Fr=2\dfrac{m}{2}r\alpha=mr^2\alpha}$$
・剛体の回転運動方程式と比較し、$${I=mr^2}$$

こんな感じで求めます。なお、円板の慣性モーメントは基本的に問題文中で与えられるようになっていたみたいです。

ときに、この教科書、モーメントを$${M}$$で書くんですね……。
質量と混同しないんでしょうか?


・力積のモーメント
・角運動量
・角運動量保存則

力積のモーメントは普通の力積のアナロジーで$${M\Delta t}$$であると記されています。
特に固有の記号は与えられてないのですが、これ本当に$${M}$$質量と混同しない? 大丈夫?

角運動量の導入はちょっと込み入ってます。

いま、角速度$${\omega_1}$$でまわっている慣性モーメント$${I_1}$$のこまに、回転していない慣性モーメント$${I_2}$$の円盤を、上からおとして軸にはめたばあいを考えよう。

おおう、ちょっと具体的。続きを見ましょう。

その瞬間、円盤は、こまから力積のモーメント$${M\Delta t}$$をうけて回転をはじめ、こまは、円盤から力積のモーメント$${-M\Delta t}$$をうけて角速度が減じる。けっきょく、両者は、一体となって角速度$${\omega}$$になったとすると、こまと円盤について、

どことなく「もうわかってるよな」的な空気を感じますね。
何を前提知識として要求されているかというと、まず互いの与え合う力積について作用反作用の法則が成立していること、それが力積のモーメントでも成立しているということ。
そして、摩擦を及ぼし合う二体運動同様、両者の相対(角)速度が一致するまで等(角)加速度運動が続くということでしょうか。
このへん補えばもう少しわかりやすい説明になりそうです。

まあ、物理が得意な人にとってこの程度のことは「そんなの当たり前だな」って話ですけど、そういう人だって一応上記のようにロジックを頭の中で展開したんじゃないかと思います。
え、それとも鵜呑みにしてるの? 教科書は正しいって?

……はい、続きを見ます。続きは力積のモーメントの式$${M\Delta t=I\Delta\omega}$$から以下のように展開します。

(中略)

$${-M\Delta t=I_1(\omega-\omega_1)}$$
$${M\Delta t=I_2\omega}$$

が得られる。上式の両辺をそれぞれ加えると、

$${I_1\omega_1=(I_1+I_2)\omega}$$

となる。

立式してからは非常にスムーズですね。
こんなふうに保存される$$I\omega}$$をこの教科書では角運動量と定義し、上記の式がまさに角運動量保存則の一例として、角運動量保存則の導入をしています。
で、質点の慣性モーメントを用いることで最終的に、

角運動量は、

$${I\omega=mr^2\omega=mvr}$$

とあらわすことができる。

物理学徒的に見慣れた形にちゃんとなります。


・回転運動エネルギー

回転の運動エネルギーは、慣性モーメントの具体的計算例でみた、両端に質点を持つ棒から導入しています。
曰く、一つの質点の運動エネルギーが、

$$
\dfrac{1}{2}\left(\dfrac{m}{2}\right)v^2
$$

より、全体の回転運動エネルギー$${U_R}$$は

$$
\begin{array}{}U_R&=&2\times\left\{\dfrac{1}{2}\left(\dfrac{m}{2}\right)v^2\right\}=\dfrac{1}{2}mv^2\\\\&=&\dfrac{1}{2}mr^2\omega^2=\dfrac{1}{2}I\omega^2\end{array}
$$

と導いています。
回転に伴う仕事は半径$${r}$$と回転角$${\theta}$$を使い、

$$
Fx=Fr\theta=M\theta
$$

と導入していました。


東京書籍版の教科書は上記のように剛体回転の後半で「質点の力学のアナロジー」から離れて、剛体の回転運動方程式から一本のストーリーを作って説明していることがわかります。
実験事実から得た剛体の回転運動方程式からスタートしている辺りがなんとも高校の指導要領らしくて、かつあまり無茶なストーリーになっていないのは「やればこんな説明も作れるんじゃん」という気分にさえなります。

とはいえ、こうやってストーリー立ててくれたおかげで、質点とのアナロジーがわかりにくくてむしろ混乱する学生もいたのかなぁ。どうなんでしょうね。

おそらく、もっと理論的に運動方程式から導くとかは予備校のお仕事だったんでしょう。
教科書が実験からの展開に固執すればするほど、理論からの"解き明かし"あるいは"目から鱗"が予備校のお仕事となるわけです。教育業界全体でのマッチポンプ的な事象ですね。


さて、今回の教科書問題類題。
今回は記事そのものが長すぎるんで、手短に。

問題

質量$${m}$$,半径$${r}$$の中空のうすい円筒が、静止している状態から摩擦係数の大きい斜面に沿って、高さ$${h}$$だけ転がり落ちるとき、重心の速さはいくらになるか。ただし回転による摩擦の効果は考慮しないものとする。

実は原文では最後の一文、転がり摩擦を無視する指示が書いておらず、解説の方で「無視した場合は以下のようになる」なんて言ってます。いいのかよそれ。
ちなみに転がり抵抗は普通の摩擦のほかに働く抵抗ですので、完全な無摩擦状態ではありません。

解答解説

まず円筒の慣性モーメントは$${I=mr^2}$$です。
うすい円筒なので、半径$${r}$$に質点がびっしり集中しているとかんがえるんですね。
で、ここからは現代の高校物理にも通じるところです。
この問題は所詮位置と速度にしか注目していない
ということは、エネルギーで解くのが得策です。はやい。
まず初期状態でのエネルギーを$${0}$$とします。
このとき、$${h}$$降った地点でのエネルギー保存則は回転のエネルギーも加味して、

$$
0=\dfrac{1}{2}mv^2+\dfrac{1}{2}I\omega^2-mgh
$$

ですから、慣性モーメント、角速度の関係式$${v=r\omega}$$を代入し、

$$
\begin{array}{}0&=&\dfrac{1}{2}mv^2&+&\dfrac{1}{2}mr^2\dfrac{v^2}{r^2}&-&mgh\\mv^2&=&mgh\\v&=&\sqrt{gh}\end{array}
$$

となります。
質点の場合ですと、結果は$${v=\sqrt{2gh}}$$ですから、回転にエネルギーが吸われている(使われている)ということがわかりますね。


さて、今回は昭和51年の東京書籍版教科書を詳しく見てみました。
もちろん他の出版社の教科書は説明の順が違いますので、こちらも入手できたらとりあげていこうかなと思います。

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