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運河ノスタルジー 水辺に癒されて

私は横浜の郊外に住んでいて、休日など横浜港へ自転車で散歩します。
大桟橋は見晴らしもよく、外国の巨大なクルーズ客船もおとずれ、観光客でにぎわう港の中心です。
しかし帰路、ちょっと回り道して鶴見、川崎の京浜工業地帯の方へ足を延ばすことがあります。
交通量の多い国道をはずれた、運河沿いの道路はいろいろな表情があり、
ひとけのない灰色の倉庫が長い壁のようにつづく無人地帯があったり、
建物と建物にはさまれて、数隻の小さな漁船がひっそりと浮かんでいたり、
道路のはじに漁網が広げてあったりします。

たぶん昔は広々とした漁港だったのが、工業化の波がおしよせ、埋め立てが広がり、ここの一角に閉じ込められてしまったのでしょう。

運河といえば北海道の小樽運河は有名で、よく写真や動画でみかけます。
また中国の蘇州の運河もよく知られ、河をはさんで両岸に真っ赤な提灯をぶらさげた店々がならび、太鼓橋や中国風屋形船がエキゾチックな風情をかもしだしています。
ベニスの運河は映画などでも登場し、両岸の石の建物のあいだを通るゴンドラ舟は絵になる風景です。
ここ鶴見近辺の運河はそのようなはなやいだ雰囲気はなく、ひっそりと静かにたたずんでいます。

にぎわう表道路から奥に入った裏町は、河に黒いはしけが浮かび、錆びた鉄の物体がごろんとおいてあり、両岸は灰色の板塀でかこまれ、なにか演劇の舞台のようです。
キリコの絵のように、静まりかえった倉庫のすきまから、長い夕陽の影を追って、輪回しの少女があらわれてきそうな気がします。
時が止まったような、忘れていた遠い記憶を思い出したような、なつかしい不思議なひとときです。
猫が一匹、こちらをちらりと見て、すぐ消えてしまいました。

ペーパージオラマ 礒部晴樹・作

こうしてしばし静寂の異世界で、繁忙の現実を忘れ、孤独のファンタジーを楽しんで、私は帰路につくのでした。



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