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[エッセイ] 「ドス・アギラス号の冒険」椎名誠 空想冒険航海記の珠玉の傑作

 
 これはSF短編小説である。
見開きごとに挿絵が入っているので大人が楽しめる絵本である。
たむらしげるのイラストがすばらしく、椎名誠の軽妙な文章と響き合って、稀有の作品となっている。
ちょっと注文をつけるならば、お話が短いのである。
もう少し長く、そしてぜひ続編を書いてほしいと思う。
おいしいごちそうは、たいていもっと食べたいと思うものである・・・
 
椎名誠は行動の人、旅の人、焚火キャンプ愛好家である。
きのう北極圏の極寒の地にいたかと思うと、あしたは南米の辺境パタゴニアに飛んでいたりする。
かと思えば、おやじたち数人と仲間を組み、おれたちは怪しい探検隊と名乗り、日本のどこかの無人島の海岸で、焚火キャンプで酒を飲み、三角ベース野球に興じる日もある。
そうした幾多の旅や、遊びの体験の合間をぬって、機中、車中で原稿を書いている。
これらの文章が面白くないわけがない。
書斎に閉じこもって、頭の中から文章をひねり出す、観念的な小説とは正反対なのである。
たくさんのエッセイを書いている。
寝る前に読みだしたら、もう本を閉じられない。
もちろんユニークでおもしろい小説もいろいろだ。
 
そんなわけで、この「ドス・アギラス号の冒険」、作者本人楽しんで書いているのがよくわかる。
行く手に待ち受ける数々の不思議、奇想天外なストーリーに、画家のイメージ豊かなイラストがからまり、独特の小世界を作り上げている。
最先端流体力学(?)の動力で動く船は出航し、絶壁のように垂直に高くせりあがった海を昇り、竜巻と遊ぶドリル嘴の鳥におどろき、星空を真似する海を航海していく。
無人島に上陸した探検隊は、ライムの流れる川を越え、奥地に向かって進んでいった。
不思議な生物と出会いながら、目的は果たせないが、頭上はるか、巨大な卵が羽根をひろげて飛び去るイラストで、物語の先を暗示してお話をとじる。
たむらしげる独特の青色が素敵な風景を演出している。
この世界は不思議に満ちている。
わからないことだらけである。
「宇宙」「時間」「生命」・・・
我々は未知と不思議の海を行方も知れず泳ぎながら、生まれ死んでいく。
せっかくの人生、このおもしろい不思議の世界を存分に楽しみ、ユーモアとともに生きる・・・
椎名文学の魅力はここにあるのではないだろうか。
 
すぐれた物語は、読者の創作意欲をはげしく揺さぶる。
私もその読者のひとりである。
一冊でいいからこのように楽しい空想冒険小説を書いてみたいと思った。
そして一篇の物語をつくった。
船が出航し、さまざまな不思議に出会うという骨格だけ同じで、ストーリーはまったく異なるが、十分楽しんで執筆できた。
タイトルはドス・アギラス号にちなんで「ガーリン号の冒険」とした。
自作の紹介になってしまったが、椎名誠と張り合う気持ちなど全くないし、畏れ多い。
椎名誠の頌歌(しょうか=ほめたたえる歌)なのである。
 
「ドス・アギラス号の冒険」は、当初リブロポートからA4サイズ変形横長大判で出版されていた。
そのため図書館の並んだ書籍の中から飛び出し、目立っていて、私が手にした最初だった。
絵が大きく、ゆったりと見ごたえがあったのを覚えている。
その後、一般書と同じサイズの縦型になって偕成社から再刊行されたようだ。
小さくなったが、本棚にはおさまりのよいサイズになった。
この本は珠玉の宝物である。いつまでも消えず残っていてほしいと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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