見出し画像

おたくが湾岸将棋LIVEに行って大興奮した件【後編】

おたくをやっていると、毎日少なくとも一度は呟く言葉がある。

「非課税の五億円がほしい」

おたくはとにかく金がない。金がないったらない。それに伴って時間もない。
テニミュ(ミュージカル「テニスの王子様」のこと)に通っていたときは、ひと月ある東京公演期間中、職場最寄り駅と水道橋駅(会場最寄り)、自宅最寄り駅と水道橋駅、それぞれの区間の回数券を買って使っていた。通勤定期券を買ってもぎりぎりペイする頻度で通っていたのだが、職場から直行するときと自宅から向かうとき、両方あったから泣く泣く回数券にした。知人は定期券を買っていた。「テニスの試合にかけた 俺の24時間トゥエンティーフォー」とはまさにこのことである(「24/365」歌詞より引用)。とてもいい曲なので、ぜひ聴いて欲しい。この曲を聴くと、いまは応援している棋士たちの顔が浮かんでくるようになった。

将棋界の物価、とくに普及・ファンサービス系イベントの破格ぶりについては前編ですでに触れた。
しかし、おたくジャンルとしての将棋界の真に恐ろしいところ、それは隣接している「沼」が異常に多いことだ。わたしはこの沼という言い回しがあまり好きではないのだが、どうしても便利なので使わせてもらう。
そのうちのひとつがカメラ沼である。山本四段ファンになって、わたしはいままでいかに撮る将のお歴々におんぶにだっこだったかということを思い知った。自分の旧いiPhoneで撮られたガビガビの画像に、わたしは幾度となく涙を呑んだ。
もっと山本四段の魅力を伝えられる写真を撮りたい。一眼レフがほしい。わたしは生まれて初めてそう思った。買おうと思って予算10万円でいくつか絞り込んだ。高い買い物だが、まだ自分の目をカメラに改造したり、脳内のイメージを念写する技術が開発されてないからいたしかたない。そして検討をつけた矢先に、20万円くらいで買ったiMacが壊れた。カメラは買えなかった。五億円あれば、カメラだってフルスペのMac Proだって即金で買えるのに。振り飛車研究会豊洲Pit公演だって開催できるのに。できるのに……。

というわけで、写真はあまり画質がよくないが許してほしい。
もっと高画質で魅力的な山本四段が見たいかたは是非、振り飛車研究会や各種イベントにどうぞ!

それでは本題に入ろう。

第一局の結果を受けて、第二局は近藤−山本戦となった。
公式戦ではまだ手合いのついていないふたりである。実は昨年の朝日杯、山本四段が一回戦を突破できていれば次局が近藤六段戦だった。結果は残念ながら敗退となり、初手合いは遠のいてしまったが。
席上対局とはいえ、この二人の対局が見られることに、わたしは内心大興奮していた。同い年の星、追う背中としての近藤六段のことは、山本四段の口から何度も聞かされてきている。いわく、

とにかく昔から強かった。別に好きじゃないけど、ずっと追い付きたいと思っている相手だから強くいてくれなきゃ困る。でも別に近藤誠也ファンじゃないです。

とのこと(?)。
あと谷川先生が好きだって情報も二回くらい聞いたし、このイベントの前の指導対局のときには、当てずっぽうで山本四段の対局日を当てた近藤六段に対し、「誠也なんで僕の対局日覚えてるの!?」とウッキウキで食いついていた。ウレシソウダネ!
なお、近藤山本戦の(非公式)通算成績は近藤六段によれば「(近藤六段から見て)3500勝1500敗」、山本四段の主張だと「(山本四段から見て)3000勝4000敗」らしい。対局数も勝率も山本四段のほうが多く申告していたり、近藤六段が比較的細かい数字を出してくるところに、既にふたりの個性が見える。
「よくそんなに指して飽きないね!俺、同じひとと指した数、多くて800くらいだわ多分」
戸辺七段が舌を巻く。わたしも驚いた。プロ棋士になるような「強いこども」の多くは、十もいかぬうちからその頭角をあらわし、切磋琢磨している。その足跡のひとつがふたりの間で交わされた数千の対局なのだろう。小学生のころに見つけたライバルが、成人してもそのまま目の前に立っている感覚って、わたしにはちょっと想像がつかない。突然そんな月日の河をどんぶらこどんぶらこと流されて、気分はすっかりエモから生まれたエモ太郎である(?)。
「ちなみに初手合いはどっち勝ちだったと思います?」
はずんだ声で周囲に尋ねる山本四段。
「それ訊くってことは、山本くん勝ちじゃないの」
笑って答える戸辺七段。わたしもそう思った。
そして実際そうだった(こういうところが山本四段の魅力だと思う)。

さて、注目の振り駒だ。結果は山本四段の先手番となった。やはり持っている。

画像11

画像9

画像8

(局面は▲7八飛 まで)(見ればわかる)

初手、7八飛。そうでしょうそうでしょう(鳩出版刊・山本博志語録より抜粋)。公式戦では三間飛車のほかに矢倉、相掛かり、急戦向かい飛車も採用している山本四段だが、ギャラリーのいるイベント対局でほかの手を指すようなひとではない。(と思っていたが、後ほど衝撃の言葉を本人から聞くことに……。)
ところで、先日日経新聞に掲載された山本−清水戦の観戦記でも、第一回目には初手の局面図だけが掲載されていた。まあ、載せたくなるよね。

戦型はやはり対抗形。わたしはここ一年ちょっと、ほぼノーマル三間飛車しか指していないので、級位者なりにではあるがいちばん理解できて観戦が楽しいのが三間飛車と居飛車の戦いだ。とくに山本四段の棋譜に関しては、プロ入り以降で開示されているものはほぼすべて並べている。なので序中盤ならすこし手が当たるようになってきた。今回当たって嬉しかった手はこちら。

画像9

(直感でこれを考えて的中したけど、別に読みが入っていたわけではない。意味がわかって唸るのはこの少しあと)

指し手が進むうち、わたしの指し手予想が当たるようになってくる。級位者であるわたしの予想がポンポン当たるとき、それは極端に悪いか、振り飛車が軽快に攻めているときのどちらかだ。この場合は後者だった。しかし、さすがの近藤六段。落ち着いて受け、局面が混沌とし始める。時間も切迫し、少しずつ山本四段の手つきに焦りが見え始め……そのとき、事件は起きた。

画像9

(無意識、といった感じの手つきで山本四段が竜を引きながら成った。一字駒なので、飛車/龍王以上にぱっと見の印象に差がないことも不幸となったかもしれない)

この手が指されたとき、わたしは驚いて辺りを見回した。これ、反則だよね?ルールに則れば山本四段はこの着手をもって敗けとなるはずだ。ほかのお客さんでリアクションをとっているひとは見当たらなかった。あとでわかったことだが、気づいたひとは数人いたものの、大半は見落としていたようだ。記録を取っている戸辺七段は、あっという顔をしたあとに眉根を寄せた。止めるべきか悩んでいたのだという。
戸辺七段の判断は「続行」だった。指摘のないまま対局は進む。少しして、対局者が異変に気づいた。敵陣から引いたはずの飛車が飛車のまま中段に構えている。近藤六段も山本四段もちらちらとそちらに目をやる。だが既にお互いほとんど5秒将棋という局面だ。

「ひどい!僕どうして飛車成ってないんだろう」

山本四段が叫んだ。いやー、成ってたんだけど……。しかし、それを外野から指摘していいのかわからず、口を開けないわたし。代わりに戸辺七段が口を出した。

「いや、成ってたよ。竜をまたひっくり返したの。言おうか迷ったんだけど」
「……ええっ!?うそ!」

本当です。
その指摘以降、集中を欠いた山本四段が近藤六段に押し切られそうになるなか、時間が切れてしまい、結果は近藤勝ち。なんとも珍しい……いや、ある意味この上なく超早指しフィッシャールールらしい幕引きとなった。

画像1

(反省モードの山本四段。イチオシポイントはクロスした足と靴下)

画像10

「せっかくうまく指せてたのに……」としょげかえる山本四段。わたしの目から見てもこう攻めていたら気持ちいいだろうなあ、という指し回しだったので、ガックリくる気持ちもよくわかる。

「うまくいったと思ったんだけどなあ。この桂馬がポイントで」
「あ、それは驚いた。そんな手があるんだって。いい手だね」
「そうでしょうそうでしょう。ここに跳ねる手結構好きなんだよね」
「最後はお互いに勝ちがあったよね」
「いや、竜成で動揺しちゃってもう……」
「でも結構うまく指してたと思うよ」
「……ちょっといま本気で殴ってやろうかと思った」
(感想戦の内容はざっくり。そうでしょうそうでしょう、殴ってやろうかと〜は言い回しもほぼそのまま)

ひとしきりぼやいたのち、こどもたちが覗き込んでいることに気がつき「あまり態度が悪いとよくない」と姿勢を正す山本四段。こうして、湾岸王のタイトル(?)は近藤六段の手中に収まった。
戸辺七段、山本四段にはリベンジを期待したい。



ここからは観戦記プラン申込者のみのインタビュータイムが設けられた。

★局後の感想

画像6

(始まって早々にお菓子を食べ始める山本四段)

近藤誠也六段
「観客がいるとこちらとしても嬉しいし非常にやりがいがある」
ここで山本四段に「ちょっとまだ食べてるから(もう少し喋ってて)」と促され
「(早指しの)フィッシャールールはテンポもいいし、終盤はどうしても叩き合いで雑になるけど、こういう場では最適かもしれない」

画像7

(「ちょっとまだ食べてるから」思わず笑う一同)

山本博志四段
「(実際は近藤六段との対局になったが)戸辺先生と当たった場合どうしようか考えていた。(振るのを)譲ろうかと。(近藤六段戦は)序盤からかなり細かく考えた。石田流に組むタイミング、穴熊にするタイミング……指してるとどうしても研究会みたいになってしまう。終盤ハプニングもあって……ああいうのはある意味自分らしいとは思うけど……」
戸辺七段「誰にも気づかれないって、マジシャンみたいだったね」
近藤六段「やってくれたな。って感じで」
山本四段「やってくれたな。(笑)」

戸辺誠七段
「前回、近藤三枚堂と倒しての獲得だったので浮かれてしまったかもしれない。自分の出来が少し良くなかった、近藤くんのうまさもあった。記録係が厳しかった。改めて記録係の大変さを感じた」


★質疑応答タイム

Q:この日を迎えるにあたって、なにか準備等はされましたか?

近藤六段「ないです(一同爆笑)」
山本四段「さすが、強い」
戸辺七段「貫禄の湾岸王ですね」
山本四段「まあ実際、指導対局からの流れなので、準備する時間はないですよね。でも記録から対局開始までの数分のあいだに、相手が誠也だとわかっていたので、さっきみたいに固められたらまずいからこちらも穴熊にしようかなーとか、そういうことは考えましたね」

Q:山本四段以外に質問です。山本四段からよく近藤六段や戸辺七段のお話を伺うのですが、逆にお二人から山本四段への印象をお聞きしたいです。

画像4

(この質問を受け、自主的に退室する山本四段)(退……室……?)

近藤六段「それについては言いたいことがあって。藤井聡太さんと対局したときに結構応援されていたみたいで……」

画像5

(伝説の「いけ誠也!」事件である)

近藤六段「正直恥ずかしいですね。まあ、サービスかもしれないですけど」
戸辺七段「あーでもわかるなあ。俺も天彦が天彦がって書きたくなるときあるもんね。絶対書けないんですけど」
近藤六段「先輩からも好かれてるんじゃないですか。先輩とか後輩、誰に対してもあんな感じなので」
戸辺七段「僕は結構歳が離れているのでかわいい後輩ですね。最初に仲良くなったのは、将棋を教えてほしいってニュアンスで声をかけられて……」
山本四段「(戻ってきて)いや、最初カラオケ行ったっすよ」
戸辺七段「カラオケ?……あったあった!」
山本四段「戸辺さんから、三段になったら自分から先輩に声かけて教わりにいかなきゃだめだよって言われて」
戸辺七段「そうなんですよ。そしたら真っ先に来たので。でも最初なかなか将棋教えなかったんだよね?カラオケ行くか、銭湯行くか、将棋指すかみたいな(笑)カラオケ最初行って……次銭湯だっけ?」
山本四段「いや、(※※※ここにネットには書けないおもしろエピソードが入ります※※※)」
戸辺七段「ひっど!やばい先輩だね(笑)」
山本四段「カラオケのあとにアドバイスもくださって。やれることは全部やったほうがいいよって。それがすっと入ってきて、確かに恥ずかしがって(先輩相手の研究会は)声をかけられるのを待っていたところがあったなと思って」
戸辺七段「そのあとすぐ一年くらいで結果出したもんね」

Q;最近将棋以外で長考されたことはありますか?

近藤六段「年末に大掃除をしたんですよ。自分はA型几帳面できっちり整理整頓をしたいので、そこは長考しました」
戸辺七段「この間、渡辺さんたちと長野に行ったんですけど。雪が降ってるかどうか怪しい状況だったんですね。自分の車で行くか、レンタカーの(雪国仕様の)安全な装備で行くか、一ヶ月くらい悩みました。悩んだんですけど、渡辺明さんってひとがとてもせっかちで、一ヶ月前くらいから、どっちにする?どっちにする?って。いわゆる秒読みですよね。もうなんか現地の天気予報とかも送ってくるんですよ(笑)」
山本四段「いま考えてたんだけど全然思いつかなかった。勘で決めちゃうタイプというか……考えるべきところでもあんまり考えないんですよ。この前ダウン買いに行ったんですけど、15分くらいで決めました」

Q:将棋フォーカスで近藤六段と永瀬二冠の研究会のことが放送されていましたが、ほかに自分から声をかけた研究会はありますか?

近藤六段「あまりないですね。ほかの人から声をかけられてということが多くて」
山本四段「でも彼、結構幹事やるんですよ。日程どうですか?とかまとめてくれて」
近藤六段「几帳面だからそういうところしっかりしてないといやなんです(笑)」
戸辺七段「(三段時代、鈴木大介九段にお世話になった話のあとに)逆に断られたこともありましたね。藤井先生(藤井猛九段)なんですけど、これが結構深くて。なんでですか?って訊いたら、(同じ振り飛車党でも)ふたり全然違う将棋を指しているんだからいいのであって、研究会とかで一緒に指すと将棋が似てきちゃう。ファンにはいろんな将棋を見てもらったほうがいいでしょうって言われてね」





この記事が参加している募集

#イベントレポ

26,274件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?