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ヒーロー(多分、きっと)現る。

※以下は、文春将棋様の「書く将新人王戦」二期に応募していた文章です。残念ながら入賞はのがしてしまいましたが、せっかくなのでこちらで公開いたします。実は原文から2000字近く削っているため、かなり駆け足になってしまったのですが、そのうち原文もこちらの記事に追記する形で載せようかなと考えております。なお、まあまあ気持ち悪いので、できるだけ深夜に読んでください。
(追記:note公開にあたり、字数の関係で漢字にしていた部分を一部ひらがなに開き、改行を増やしました。)


 2020年3月2日、わたしは浮かれていた。第68期王座戦二次予選トーナメントで藤井猛九段が勝ったからである。次の相手は山本博志四段。わたしの「推し」だ。

 山本四段は、観る将になって数年のわたしが初めて「推している」棋士だ。この「推し」という言葉、もともとはアイドルのファンダムから来た言葉である。イチ推しのメンバー、略して推しメン、さらに縮めて「推し」。単に「一番好き」というだけではなく、「この人の良さを広めたい」というニュアンスが加味されるのが「推し」だ(※諸説あります)。
 山本四段を知る前にも好きな棋士、応援している棋士はいた。だが、「良さをびっしり書いたプレゼン資料を印刷してポケットティッシュに封入し、首都圏ターミナル駅の前で配って知命度を上げたい。そして78万人くらいファンになって欲しい」と思った棋士は生まれて初めてだった。だから、わたしの初めての推し棋士は山本四段なのだ。

 その晩わたしは興奮で寝付けず、一時を過ぎてもツイッターを眺めていた。すると、山本四段のアカウントが動いた。ツイートの内容は、ブログ記事へのリンクだけだった。記事タイトルは「藤井先生」。
 ……その記事は、正真正銘のファンレターだった。
 奨励会員・山本博志がぶち当たった壁。山本四段に壁を乗り越える勇気を与えた藤井九段のこと。この文章を読んでいる方で、もし当該の記事を読んだことがない方がいるなら是非目を通していただきたい。まさに、藤井九段は山本四段にとってのヒーローだったのだ。
 わたしにも、ヒーローと呼べる存在はいる。十代のころ、わたしを支えたのは好きな音楽と美術作品だった。君たちどうせ普段浮いてるんでしょ、と言いながら受け入れてくれたロックバンドを、それまでに描いた絵を全て燃やしてアメリカに渡った草間彌生を神様として、わたしは生き延びた。そういう存在が山本四段にもいたのだ、と思うと胸が熱くなった。そして、彼は自分の足でそのヒーローと同じ土俵に立ったのだ! 信じられない。なんということだろう。横になってスマートフォンで記事を読んでいたはずなのに、くらくらした。

 それから、毎朝連盟サイトの対局予定表を確認する日々が始まった。藤井山本戦はわたしの中でタイトル戦並みの一大行事になっていた。日程が発表されてすぐに有給休暇を申請した。心の準備に二ヶ月は欲しいと思った。だって、始まったら終わってしまう。その日の夜には決着がついているのだ。めちゃくちゃな話だが、いっそのこと一生やらないで欲しいとすら願った。誰も観測しなければこの対局を永遠のものにできるのではないか、と馬鹿げたことを考えた。
 勝手に情緒不安定になるわたしをよそに、その日はやってきた。やはり前日ろくに寝付けなかったわたしは、睡眠不足のハイ状態で朝から焼き上げたホットケーキを食べながら対局開始を待っていた。食料の買い出しは前日に済ませている。まず注目すべきは先後、次に戦型だ。山本四段が得意の三間飛車を採用するかどうかが気がかりだった。三間で勝負して欲しい。ヒーローとの一戦なのだ。持てる力の全てでぶつかるところが見たかった。

 十時、対局が始まる。三手目、先手の藤井九段が先に三間飛車を宣言する手を放った。山本四段はそれを見て離席した、と棋譜コメント。もうホットケーキの味がわからない。数分後に指された四手目は、まだ居飛車の含みも残した手だった。ホットケーキ吐きそう。五手目、角道が止まった。食べ残しをラップで包んで冷蔵庫にしまった。そして六手目、山本四段の飛車が三筋に回った。わたしは小声で叫んで意味もなく自室を一周した。相三間だ! 戦型が決まるまでにこんなに大騒ぎしたのは初めてだった。山本四段は得意フィールドで正面から藤井九段にぶつかることを選んだ。これが見られただけでいい、勝敗はどうでもいいとすら思った。感無量だ。途端に食欲が戻ってきて、ホットケーキを冷蔵庫から出した。なお、繰り返すがまだ六手目である。
 しかし、そんな感動も十四手目にして吹き飛ばされることになる。早いよ。山本四段が意欲的な指し回しを見せたのだ。そのままばたばたと局面が進んで、乱戦になった。あっ、やっぱり吐きそう。

 山本四段は、棋士だ。三段リーグをくぐり抜けた、プロの棋士だ。そんな、言ってしまえば当たり前のことを突きつけられたようだった。彼は己の力で一次予選を勝ち抜きそこにいる。いま戦っている藤井九段も倒すべき相手で、そのために刃を研いできたのだ。ヒーローを、倒そうとしている!
 プロ棋士とはなんと因果で恐ろしい生き物なのだろう。イベントや解説で見ていた、明るく人懐っこい山本四段の姿を思い出し、わたしはその二面性に戦いた。こ、怖い。けど痺れるほど恰好いい。そうこなくては。

 ここにきてようやくわたしの腹は決まった。勝敗はどうでもいいなんていうのは嘘だ。山本四段に勝って欲しい。勝って、次も勝って、本戦に入るところが見たい。この対局はあくまで通過点であるべきなのだ。

 旗色を鮮明にしてみると、どう見ても生きた心地のしない局面であった。優劣はよくわからないが、どちらもちょっとしたミスで一気に終わってしまいそうに見えた。わたしも死にそうだったが、藤井ファンも死にそうだった。そんな中、当の山本四段は昼食に鰻重・松、夕食ににぎり特上を注文していた。こっちはただ観ているだけで吐きそうだというのに。
 観ているほうの胃が揉まれるような攻め合いが続いた。夕休が明けしばらく経ったころ、形勢が山本四段に傾いた。相手のわずかな隙を見逃さず斬りつけた格好だ。山本が勝ちに近づいている、という棋譜コメントを見て、なぜか立って観戦していたわたしはへなへなと座り込んだ。勝っちゃうんだ……、本当に? 更新をかけ続けていると、数手後に藤井九段が投了した。山本四段が、勝った。

 わたしはいつの間にか泣いていた。えっ、推しが勝っていきなり泣き出すいい大人、結構怖いでしょ。そうは思うが止められない。嬉し涙というわけではなかった。あのときわたしは嬉しかったのかどうか、これを書いているいまでもよくわかっていない。ただ、胸がいっぱいだった。挫折を経験しながらも藤井九段に勇気づけられて再起した山本四段が、プロになってその藤井九段を破ったという事実に、わたしは打ちのめされた。将棋を好きになってよかった、この対局を観ることができてよかった。生きててよかった、とさえ思った。傍から見れば、この対局は単なる二次予選のうちの一局。それでも、わたし_にとっては特別な戦いだった。

 わたしも同じように、憧れた存在に顔向けできるような生きかたをしたい。いますぐには無理でも。とりあえず仕事、ちょっと頑張るかな。
 そんな感慨に浸りながら、わたしは全く飲めないくせにアルコールに手をつけた。下戸であることを惜しく思う夜というものが五年に一回くらいあるのだが、この夜は間違いなくそうだった。結果、次の日頭痛を引きずって仕事することになった。全然だめじゃん。やはり、ヒーローに恥じない生きかたをすることは、そう簡単ではないのである。だからこそ、わたしの推しは、すごい。その生きかたの先に、きっと彼はどこかで、別の誰かのヒーローになる存在だ。わたしは心の底からそう思っている。


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