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ある白鳥のこと

子どもの頃、家族でよく遊びに行った公園がある。社会人になってからは足が遠のいていたけれど、しばらく仕事を休んでいたとき、私はよく母と一緒にその公園に出向いた。

当時の私は、からだの痛みにばかり注意が集中して、ぐるんぐるんと頭の中を駆け巡る思考に振り回されていたから、生い茂る木々の下を歩きながら、なんにも考えずに深呼吸をするのは気持ちが良かった。

何者でもない私。なんにもしない私。ただ、青い空と緑を眺めながら、新鮮な空気を吸って、息を吐く。それだけで、充分だった。

大好きな場所


その公園に行くと、さまざまな鳥に出会った。スズメやハト、ヒヨドリやカモ、あとは名前のわからない諸々の鳥たち。木々の間で囀り声が響きわたり、あちらこちらで交信をしている。

みんな、仲間がいるようだった。鳥も同じ種類で仲間をつくって、集団生活をしている。仕事を休んで集団から離脱していた私は、鳥も大変なんだな、とぼんやりと眺めた。

そこに、ある一羽の白鳥がいた。

白鳥は、たったひとりで、悠々と沼を泳いでいた。家族や仲間はいないみたいだ。私と母は、その白鳥のことを、があちゃん、と名付けた。があがあ鳴いていたから。

「今日は、があちゃん、いなかったね」

いつしか、その公園を訪れると必ず、があちゃんを探すようになって、があちゃんに会うことが楽しみになっていた。

があちゃんは、いつもひとりで行動していた。大抵は沼の中にいて、すいすい泳いでいたけれど、たまに草むらの方に出てきたりしていた。

陸に上がってきたとき、私と母は、思わずがあちゃんの近くに駆け寄った。があちゃんは、全く威嚇する様子を見せずに、私たちにいろんなポーズを取って見せてくれた。

そして驚いたことに、私たちの前でうとうと…と微睡み始めた。

人間に対する警戒心が全くなくて大丈夫なのだろうかと逆に心配になった。もしかして、私たちの前だから、リラックスして眠たくなったのかな、なんて母と話しながら。

あんなポーズやこんなポーズをとる、
があちゃん


しかし、があちゃんは、あるときを境に、ぱったりと姿を消してしまった。私もまた仕事に戻って、その公園に足を運ぶ機会もなくなった。

があちゃんがどこへ行ったのかは、わからない。どこか別の場所へ飛び立ったのか、家族や仲間のもとに戻ったのか、それとも…。

けれど、があちゃんがたったひとりで逞しく生きていた姿は、きっと私の記憶の中にいつまでも生き続ける。私も、逞しく生きていこう、と思う。

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