りんさんとの通話で学んだこと

こんばんは。
ぎゅうたです。

先日りんさん@rin_jikoryouikiと通話させていただいて、コンセプトのブラッシュアップのお手伝いをしていただきました。

コンセプトについては
りんさんとの通話の中で固めていったものをベースに、もう少し整理していこうと精査中。

今回の記事では
このコンセプトの内容というよりは
2時間ほどの通話の中で
たくさんの気づきや学び、感動したことが多かったので、それを忘れないうちにまとめておこうと思います。

りんさんご自身が公開されたnoteですが、
多分僕が伝えるよりわかりやすいので。

会話させていただいた内容まさにこれです。

① 「なぜ?」のパワー

1対話やカウンセリングを通じて

なぜ?の深掘りをする
そしてその方の奥底にある価値感や何度も繰り返されるシナリオを言語化

りんさんnoteより

この「なぜ?」の重要性とその効果。

なんとなく「なぜ」の重要性は理解していたつもりでしたが、
りんさんの「なぜ」はそこからさらに数段階深くに連れて行ってくれます。

・なぜそう思ったのか?
・なぜそうなるのか?
・なぜそうしたいのか?

僕が持ってきたこと、
りんさんの質問に答えたこと、
僕の発言に対して気になったこと

それらを細かく深掘りしていただきました。

何度も繰り返すと、
パッとは答えられず、つまりながらも何かを捻り出そうと必死になる場面も多々。。
すみません、ありがとうございます。

りんさんに一つ一つサポートいただきながら
根っこ(であるだろう部分)にたどり着きます。

・自分が本当は大事にしていること
・今の自分を作り上げているもの
・自分の悩みの根本的な要因

別々の話から始まった内容や、
ポッと口にした何気ない一言なんかも拾いつつ、
「なぜ」を繰り返すうちに
それらが深いところで繋がってくるんです。

一見関係なさそうな事象同士も掘っていくと
"根っこにこれがあるから、こうするし、こうなるよね"
見たいな感じで繋がるんですよね。
ものすごく気持ちいい。

まさに
ばら撒かれた伏線が一気に回収されていく感覚です。

りんさんもおっしゃってますが、
やはり「具体と抽象の行き来」は必須ですね。。
これはやりながら身につけるしかない。。

そしてその根っこは僕が想像していたよりも数段階深いところ。
これは自分1人だとたどり着くことのできない場所でした。

こうやって誰かと会話しながら考えることで、
幅が広がるというか、
1人で悶々としていても生まれないであろう
アイデアやひらめき、考え方が生まれるというのを実感しました。

でもそれは、
ただ僕の思考レベルが低いからというのもあるかもしれないので、
日頃から自分の"ここが限界"から
もう一段階深く掘ってみることを
意識的にやらねばと感じました。

また、
日々の中で、
"なんでだろう?"と思っても
スルーしてしてしまうことが多いので、
その場ではなくても、
メモアプリなんかにストックしておけば、
それを深掘りすることで
アウトプットのネタは無限に出てきそうです。

②言語化と、定義すること

2『1』を通じて興味関心を持っている事柄や出来事を言語化し、それを『プロダクトアウト』(発信したいこと)と定義する

りんさんnoteより

そして「言語化」の重要性と、
「定義する」ということの必要性を感じました。

「言語化」は言わずもがな。

りんさんも含む多くの発信者は
「言語化」が上手だと思ってます。

気づきや感情、悩みや欲求といった
目に見えないものを「言語化」して見える化しています。

見える化することで、
外から認識することができて、
共感を生み出すことができるんだと。

この「言語化」力を手に入れるために、
「抽象と具体の行き来」が必須なんだろうと
いう理解をしています。

やはり必須の「具体と抽象」。
繰り返しやらねば。。

そして「言語化」と関係して、
「定義する」ことの必要性を今回通話の中で感じたんです。

「定義」の意味は、事象や物事をわかりやすく簡潔に説明すること、またその説明のことである。

weblio辞典より

使う言葉や、事柄の意味をきっちりと定めること

weblio辞典をさらに読み進めるとこっちのがしっくり

たとえば、
通話の中で話したこと。

「好きなこと」を定義してみる。

"好きなことをしたい"
⇨好きなことって何?
"キャンプをしたい"
⇨キャンプがなぜ好きなのか?
"日常を忘れて焚火を見ながらお酒を飲んでボーっとできるから"
⇨なぜそうしたいのか?
"自分を抑えつけていることから解放されたい"

つまりこれって
好きなこと
=本来の自分を解放できること

と定義できるわけです。

本来の自分を解放できれば、
別にキャンプじゃなくてもいいわけです。

僕はキャンプが好きなんだと思っていましたが、
こうやって言語化して定義にしてみると、
他にも好きなものが見つかる可能性があるかもしれない。

応用が効くとも言えるかも知れません。

さらにこうやって定義することで、
さらなる深掘りに繋げやすくなります。

・なぜ解放されたいのか?
・何に抑えつけられているのか?
・なぜ普段は本来の自分をだせないのか?

こういった深掘りができます。

それが違う角度から深掘りしていったものごとと、深ーいところで繋がっているんです。

すごくないですか?

「なぜ?」
「抽象と具体」
「言語化」
「定義」
こういったことを繰り返しながら、
丸裸にされていく感覚。

僕にとってはすごく衝撃的な経験でした。
りんさんありがとうございます。

これができれば、
どんなモノもコトも
全てを丸裸にできるんじゃないかとも思えるような力です。

でも一方で
りんさんの言う通り、
学びがもっと必要だなと感じました。

知識も経験も
そういったものが引き出しにないと
「なぜ」も深く考えられないし
「具体と抽象」も上手く行き来できないし
「言語化」もままならないし
「定義する」までたどり着けません。

そしてそれは一朝一夕で身につくようなものじゃないので、

とにかくインプットとアウトプットを繰り返す。
それはコンテンツや情報発信に限らず、
日常生活なんかにも範囲を広げてみる。
周りの人の思考に触れてみる。
会話してみる。

そんなことをやっていこうと思いました。

そしてコンセプトを完成させ、
次のステージに向かっていく。

これでいきます。

りんさんありがとうございました。

そしてここまでお読みいただきありがとうございました。

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