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「箱を開けたら」・・・短編小説。最後に残ったモノは?


ホストをクビになった以志男をアタシの部屋に住まわせて半年になる。

最近では、「次の仕事は見つかったの?」と聞くのも飽きてきた。
それでも一緒に住んでいるのは、クビになった日に
雨の中で「信じられるのはお前だけだ」と言ってすがりつく以志男が
可哀そうに思ったからなのだ。

ホスト時代は、知識をひけらかして、上から目線で客の女たちをあしらうのが以志男のスタイルだった。

例えばこんな調子だ。

「ギリシャ神話ではな、プロメテウスが天界から盗んだ『火』を、人類に与えたんだ。それを知ったゼウスが激怒し、人類に災いをもたらす為に『女性』というものを土から作った、と言われているんだ。知ってる?」

・・・だから、俺に奉仕しろよ、という意味らしい。こんな安い論法に引っかかって随分と貢いでいたんだから、今思うと私も浅はかだな。

「この世界最初の『女性』には、神々から様々な贈り物が与えられたんだ。
女としての能力。恥知らずで狡猾な心。男を悩ませる魅力。
だから俺は、女の能力を使って狡猾に男を悩ませるお客様たちが大好きさ」

とまとめるのが、以志男の常とう句だった。
上から馬鹿にしているように見せて、「狡猾だ」と言って顎を引き、舐めるように見上げる目つきが、大人の自尊心をくすぐった。
一種のツンデレで、その上げたり下げたりの気持ちのサスペンスが
ホストとしての人気にもつながっていた。

でも、一緒に暮らして出勤前にこれをやられると、ただ疲れるだけだ。
全くゼウスにしても、以志男にしても、とんだ見当違い野郎としか思えない。女性差別もいい加減にしてくれ。

「それでさ。この時作り出された最初の女性が、パンドラなんだよね。
パンドラは、神々から様々な贈り物と一緒に、決して開けてはいけないっていう『箱』を与えられたんだ」

「知ってるわよ。パンドラの箱でしょ」

「そう。でもパンドラは、好奇心に負けて『箱』を開けちゃって、箱の中から疫病、悲しみ、嘆き、困窮、犯罪などといった災いが飛び出した」

仕事の書類をバッグに詰めながら、
アタシがこんな男を部屋に住まわせているのも
好奇心に勝てなかったからなのかな、と思った。

災厄に見舞われてボロボロになったホストが、
どんな風に復活するのか、それを見たかったのかもしれない。
復活した時、アタシに対してどんな言葉をかけてくるのだろう、
と期待しているのだ。
以志男に対して希望を持っている事にアタシは驚いた。

「それでさ。慌てたパンドラが箱を閉じようとしたら、箱の中に一つ残ったモノがこう言ったんだよ。『待ってください。私は「希望」です』ってね。
こうして、人間の世は災厄に満ち溢れるようになったが、最後に希望は残っている、という訳さ」

まるで自分のことを言われているような気持で
アタシはギリシャ神話の講義を聞いていた。
箱の中の希望にすがっている、それが私だ。

「でもね。俺はそうじゃないと思うな」

以志男はホスト時代と同じように垂れた前髪を直しながら続けた。

「パンドラは、最初に恥知らずで狡猾な心を与えられたんだろう、
だったら、箱を開けちゃった責任をかわすために、『希望が残っていた』とか言ったんだよ」

「じゃあ、以志男は何が残っていたと思うの?」

「そうだな。やっぱり『嘘』かな。嘘は女性のアクセサリーみたいなもんだろう」

決まった!とドヤ顔で話す以志男の鼻の穴から、
長い毛が一本伸びていた。

こいつ、どうしようもなくダサいな、ダサい上に・・・。

私は覚悟を決めた。
そして、相変わらず気取ったままの以志男に告げた。

「てめえよう。いつまでホスト気分で甘えてるんだ。
とっとと仕事探して来やがれ。
『希望』も『嘘』ももう聞きたくない!
なんだって良いから、現実の仕事につけや。
働かないなら、追い出すぞ! オラ!」

以志男は真っ青な顔をして、仕事探しに行くと言って飛び出した。

彼は自立という希望を持って帰ってくるだろうか、
私は心の中に残った甘い期待を放り出すように、心から呟いた。

「ダメならダメで、それまでだ」

会社に向かう道すがら、朝の太陽の光が爽やかだった。

           おわり


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