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もしもサッカーにレフェリーがいなかったら??

こんにちは。

最近野菜嫌いを克服しつつあるTKです。

そういえばこの間
三級に昇級”しました🟦🟦

どうしても今年度中に昇級したいと思っていましたが、コロナ禍ということもあり、何度も“試験が中止”となったため、神様から嫌われたのかと思い、半ば諦めていましたが、最後に救いの手が降りてきました。

”常に準備を怠らないことで、ふっとした時に来たチャンスをものにできる。”

クリロナがこんなことを言っていましたが
ホントにその通りだなと。。。

それと、

“運”って存在するんですね。。。


今回の本題です。

もしもサッカーにレフェリーが居なかったらどうなると思いますか??


よく、
“サッカーは審判がいないと成り立たない。”
って言いますよね??


サッカーに携わったことのある人であれば一度は耳にしたことがあると思います。


どこの国でも、どの人種でも、どのカテゴリーでもサッカーの試合には審判がいます。彼らは競技規則に乗っ取って試合を円滑進行する役割を担っています。

どんな試合でも審判がいないことはまずありません。必要不可欠なのです。


”では、なぜ審判はそこに必要なのでしょう??”

時は今から250年ほど前のイギリスに遡ります。

この頃フットボールは、

”パブリックスクール”と呼ばれる
13歳から18歳からの子供を教育するイギリスの私立学校の中でもトップの10%を構成するエリート学校で盛んに学生たちによってプレーされていました。


当時のフットボールは
”今ではとても想像つかないほど危険なスポーツ”でした。


当時はルールが定められておらず
レフェリーも当然いませんでした。

そのため、

意図的に相手の脛を蹴ったり、
不用意に相手にタックルしたり、
相手の服を破いたりすることが認められていました。

よって怪我人が続出し、病院送りになる生徒が続出していました。

今では考えられませんね。。。。。

さらにスクラムを組んだり、
一定の範囲内でフィールドプレーヤーが手を使うことが認められていました。

当時のフットボールは、
サッカーとラグビーを足したような競技でした。

もともとパブリックスクールの教師たちが、

生徒たちが将来社会に出た時に
組織の中で通用する人間になるように団体スポーツを奨励していました。

その中でフットボールは、
特に忍耐強さが求められるスポーツであったため、教師たちによって特に奨励されていました。

パブリックスクールで行われていた当時のフットボールの様子

しかし、あまりにも怪我人が絶えなかったため、教師たちはリーダー格の生徒たちに対して、

フットボールをもっと秩序あるコントロールされたものに変えていくように促しました。


その結果、
1845年に初めて”ルールが制定”されました。

ルールが制定されたことで
大幅に乱暴なプレーは減りました。

しかし、ルールは制定されても審判はまだ存在していませんでした。

このときレフェリーの役割を担っていたのは
両チームのキャプテンで

試合中にファールに値する事象が起こると、
キャプテン同士による話し合いが行われて解決するようになっていました。

しかし、
次第にそれでは選手だけでは解決できなくなったため、

両チームがそれぞれ1名ずつアンパイアを指名して、彼らによって裁定が下されるようになりました。

ただ、両チームからの選出のため、
公平性・中立性に欠けたり、2人の意見が合わないといった問題が起こるようになりました。

そこで選手は、
第三者の観客席にいたフロックコートを羽織りステッキを突いている紳士に判定を委ねるようになりました。

これがレフェリーの誕生であり、
やがて試合は1人の主審と2人の副審によって進められていくことになりました。

ここまでに挙げたように、
ルールに則って試合を進行するレフェリーは、

・両チームが不利益を被らないようにする
・中立の立場であることで公平なジャッジを下す
・試合を円滑に進行する
・乱暴なプレーや隠れて相手に危害を与えるようなプレーを防止する

といった役割を担っています。

よって、
両チームともに試合を安全に安心して行うことが出来るようにしています。

いかがでしたか??

こうしたフットボールのルールとレフェリーの役割は、
法律と警察のような役割に似ています。

法律と警察がないと、
悪い輩が悪事を働きかねません。

そうなれば私達はまともな生活は出来ません。

そうした、
”場を整える” 役割
をレフェリーが担っているのです。


今回はここまでです。

最後まで読んでくださりありがとうございました😊😊




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