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第一巻 工場街育ち  3、山の手、下町、工場街

3、山の手、下町、工場街

※この小説は、すでにAmazonの電子版で出版しておりますが、より多くの人に読んでいただきたく、少しづつここに公開する事にしました。

3、山の手、下町、工場街

 俺が生まれたのは、大田区の馬込という山の手だったが、育ったのは大森の工場街だった。大森の周辺は、よく京浜東北線を境に東と西の二つの地域、山の手と下町というように分けられると言われている。地図で見ると確かに、京浜東北線を境に東西に分けられる。よくこう言われることが多いが、実はこれは正しくない。

実際には、くっきりと三つのゾーンに別れていた。京浜東北線の西側には柳本通りが、京浜東北線とほぼ並行に走っている。京浜東北線の西側はさらに、この柳本通りを境目に東側と西側の二つに分けられる。柳本通りの西側こそ、本当の山の手である。断層も同じように走っていて、柳本通りの西側は少し高台になっている。柳本通りの周辺から京浜東北線までが下町だ。一方、京浜東北線の東側は、下町ではなくて工場街と言ったほうがいい。土地が安かったせいだろう、メッキ屋やプレス工場などの小さな町工場が沢山あった。

 俺は、そんな工場街で中学一年まで暮らした。骨の髄まで工場街の子供だった。なんか工場街の子供と言うと暗いイメージがあるが、全然そんなことはなかった。工場街の子供には、普通ではあり得ないような遊ぶところが沢山あった。

昔は、戸建住宅の工事現場でセメントを流す時に使われる一畳くらいの大きさの板があった。その四辺は四~五センチくらいの太さの四角い木の棒で補強されていた。この板で、周りを囲んでセメントを流し込んで固めるのである。工事現場ではたくさんの数の板を必要とするのだろう、近くの工場の敷地にはこの板が山のように積んであって、次の出番を待っていた。綺麗に積めば良いのだが、部分的に固まったセメントが残っていて、完全にはうまく積んでいない。するとその間が隙間になって迷路となる。これが俺達の絶好の隠れ家となった。素晴らしいアジトだった。

他にもメッキ屋の裏手には訳の分からない薬品がたくさんあったし、神田乾電池の裏手には、規格外になった使える高価な乾電池が捨ててあった。トランジスタラジオ組立工場の中庭には、半田付けをして短かくなったハンダ片を女工が窓から捨てるので、山ほどころがっていた。このハンダは、模型屋で売っていた太いハンダと違って、細くて中にペーストが入っていて、ハンダゴテの熱を伝えやすくとても使いやすいし、タダだった。工場が休みの時に、よくこっそりと忍びこんで拾いに行った。俺は昔から、ハンダを買ったことがなかった。

 山の手の子は、裕福で頭も良くてとても敵わない。下町は商人の子が多く、金銭的にリッチな子が多い。工場街は貧しい家庭が多く、どこも火の車だったし、教養の高い場所とはお世辞にも言えなかった。うちの親は、「なるべく近所の子と遊ばないで、線路より向こうの子と遊べ」と、よく言っていた。親の言いたいことはわかっていたが、俺は遊んで楽しい奴とは見境なく付き合っていた。工場街の子の名誉のために言っておくが、頭のよくない子は確かに多かったが、みんな気取っていなくて遊んでいて楽しかった。工場街は俺の原点だ。

 双葉幼稚園の頃は、山の手の子も下町の子も工場街の子も一緒だった。山の手の子の家に遊びに行って驚いたことがある。電気冷蔵庫、電気洗濯機、電気掃除機、システムキッチンなどがあったが、あまりに世界が違うので唖然としていた。ちょうど昔あった「うちのママは世界一」とか「パパ大好き」という米国のテレビ番組と同じ世界だった。

俺は家に帰って、母親に「うちの冷蔵庫も氷を入れるのではなくて、電気冷蔵庫にしたら?」と言ったが、「バカ」の一言だった。また、山の手の子が切手集めをしているというので遊びに行って見せてもらったことがあった。そのすべてが外国の綺麗な切手ばかりだった。俺は外国の切手というものをこの時初めて見たが、あまりに綺麗なので驚いた。

 俺の通った入二小学校は、下町の子と工場街の子で、構成されていた。この頃は、下町とか工場街とかあまり気にせずに遊んでいた。だが、幼心にも工場街の連中はなんでこんなにできない奴が多いんだろうと思うことがあった。

中学は、大森三中と言って、一年生の終わりまで通った。三中では、山の手と下町と工場街の子が全部集まっていた。俺たちのクラスは、適度に混じり合っていてみんな仲が良かった。ただ、俺自身は中学では山の手や下町の子と遊ぶ機会が増えていった。気が合うというのは、どこで育ったかということとはあまり関係がないような気がする。


 山の手と 工場街と下町が うまく混ざって 大森三中


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