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第一巻 工場街育ち 9、弁護士代理業

9、弁護士代理業

※この小説は、すでにAmazonの電子版で出版しておりますが、より多くの人に読んでいただきたく、少しづつここに公開する事にしました。

 親父は、長野県の南佐久の田舎の出身だった。三男坊だったので、若くして東京に出てきた。実家は実質的には村の庄屋だったので、何処か甘やかされて育った一面があった。

弁護士になるために東京の太田法律事務所で働きながら司法試験を受けていた。そのうち、信州の実家が経営していた機織り工場や銀行が、世界金融恐慌のあおりを受けてみんな倒産した。親父は法律に詳しかったので、実家の倒産の残務処理を全部やって、なんとか、土地と山の一部を残すことが出来たらしい。実家へ帰ると家中のものに赤紙が付いていて、閉口したとよく言っていた。

そんなこんなで若い時期は過ぎてしまって、結局、司法試験には受からずに、弁護士を補助するような仕事をやっていた。友達の多くは弁護士になっていたので、委任状をもらう事で弁護士の代理の仕事が可能だった。弁護士が受ける報酬の何割かをもらっていたのだろうから、家はいつも火の車だった。

親父は、酒を飲むとよく裁判で勝った時の自慢話をした。俺はそれを聞くのが好きで、何回も何回も聞いた。そのため、ほとんど暗記してしまった。例えば、戦時中に供出させられた金(きん)を戦後、国から取り返した話、旦那が運転していて事故を起こし、助手席の奥さんが死んでしまった事件で、奥さんが運転していたことにした話、親戚の娘さんの名前が馬子という名前なので学校でからかわれて、今でいう不登校になってしまった。そのため、娘さんの名前を変えた話など良く覚えている。それぞれの話にはそれぞれの教訓があってかなり面白かった。

 我が親父 弁護士様になれずとも 大好きだった 裁判事件

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