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第一巻 工場街育ち 11、授業を逃げ出して

11、授業を逃げ出して

※この小説は、すでにAmazonの電子版で出版しておりますが、より多くの人に読んでいただきたく、少しづつここに公開する事にしました。

 俺は、小学校の音楽の授業が苦手だった。学期の終わりが近づくと歌の試験がいつもあった。歌の上手い奴や下手な奴がいて、聞いている分には楽しいのだが、みんなの前で歌うのは恥ずかしかった。下手な奴にもいろいろ段階があって、単に音痴なのはみんなに「ヘタクソ!」とか言われて、笑われるのだが、俺はこれなら十分耐えられる。

俺の場合はすこし違っていた。感情だけがすごくこもっていて、だけど音痴なのだ。教室はシーンとなって、みんなの顔からは可哀想にという表情がありありと見てとれる。俺は、同情なんか受けたくなかったが、結果的にはいつもそうなってしまった。演劇では上手く機能する感情をこめる能力は、ここでは全然逆効果なのだ。だから、俺は小学校の音楽の授業は苦手中の苦手だった。当時から、『都はるみ』なんかの演歌は大好きだったのだが、、、。

 そんな訳で、夏休みも近い頃の音楽の授業でのことだった。教室は、珍しくすこし騒がしかった。女の先生だったが、「そんなにあなた方はやる気がなければ出て行きなさい!」と叫んで、教室は静まった。それから少したって、俺は周りの数人に声をかけて教室を抜け出て、校庭で遊び始めた。俺の中では、出て行きなさいといわれて、音楽をやる気もあまりないのでまあいいだろうと思った。それより、外で思いっきり飛び回りたかった。

しばらく鬼ごっこをしていたのだが、そのうち人数がやけに多くなってきたのに気が付いた。だが、鬼ごっこは人数が多い方が楽しいので、たいして気にも留めなかった。その後、中谷という同じクラスの女の学級委員が俺のところに寄って来て言った、「あなた、たいへんよ。教室に誰もいなくなってしまって、渡辺先生は教室で泣いているわよ、あなた学級委員でしょ!」。

「俺の責任かよ、俺は数人とコッソリ抜け出てきただけじゃないか? みんなが出て来るなんて考えてもいなかったよ。大体、お前だって学級委員じゃあないか!」と、言いたかったが、グッと我慢した。俺は女の涙が苦手だった、特に女の先生の涙なんて最悪だった。俺は中谷と二人で渡辺先生の所まで謝りに行った。もちろんその後、俺ら数人は、校長に呼び出されてこっぴどく怒られた。俺はこれ以後、教室を抜け出すことはやめた、ことは俺ひとりでは済まないことがよく分かった。

後年、俺は先生になったのだが、この時のことをよく思い出す。授業中騒がしかったり、ほかの本を読んでたりした生徒がいると「授業が受けたくなければ、出ていけ!」とよく言ったが、生徒全員が出て行くことも覚悟しながら言っていた。やる気がなければ、何を教えても無駄だとは思いながらも、どこか不安があった。

 その後、大森三中に進学してからも同じようなことがあった。昼休みの時間の終わりのチャイムが鳴っても、校庭でやっていた鬼ごっこが面白くて、十人ぐらいで遊び続けていた。次の授業は、大草先生の国語の授業で面白くなかった。

それでもしばらく遊んだら、さすがに罪の意識もあったのだろう、ゾロゾロと教室の後ろから入っていった。先生は気がついて、「お前ら後ろに立て!」と言って、十人全員が立たされた。モップを持ってこいと言って大草先生はモップの柄を持った。

この先生は前に授業中に「昔は、出席簿の角で思いっきり殴られたもんだ」と、よく言っていた。出席簿は二枚の厚紙でできていたので、これで殴られても大したことはないが、四隅の角には金具がはめてあり、これで殴られたらたまらない。モップの柄はそれ以上だろう。俺は覚悟を決めた。

ところがである、大草先生は、一人一人モップの柄で軽く頭をコツンコツンとやるだけだった。確かにモップの柄で思いっきり殴られたら大怪我になるだろうから、そんなことはするはずがなかった。

全員をコツンコツンとやったら、「席に帰れ」と、言われたので帰りはじめたら、「お前たち二人、横田と熊田は首謀者だからもう一発ずつお見舞いする」と言って、俺たち二人は余分にもう一発ずつ喰らった。俺はおとなしくはしていたのだが、これには不満だった。首謀者と言われたのはどこかちょっと誇らしかったが、それでも不満だった。俺たちは別に先導した訳ではなかった。自然発生的にサボったのである。

だいたい、元気いっぱいの俺達に、それもものすごく天気の良い日中に、つまらない国語の授業を教室で聴けということの方がもともと無理な話だ。俺たちは、ただ、ただ、外を飛び回りたかっただけだった。授業が終わった後で、俺は熊田に「何で俺達が首謀者なんだよ?」と、言ったが、彼はニタニタ笑うだけだった。あいつは、俺より大物だった。

 いい天気 授業無視して鬼ごっこ お前はリーダ モップでコツン

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