ほとんど100パーセントの朝に【2】

 僕がお酒飲むの、と聞くと沙羅は、今日みたいな日は安いウィスキーを飲んでこってり眠るのがいいの、狭いアパートの小さなベッドの中で静かに抱き合って眠るにはこれくらいの安くてまずいお酒と、一つのグラスくらいがちょうど良いのよ、と言った。二人でグラスを二度空にしてから、彼女はようやく言葉が決まったように僕の方を見て感想を言った。
「蒼くんのお話は言葉が難しいし、リアルじゃないよ。もっと簡単な言葉で、もっと普通にセックスして、もっと簡単に、単純に愛の言葉をささやき合うの。それが普通の男女なの。ねえ、どうして、好き、って言わせないの」
「沙羅、酔ってる」
「酔ってない」
 それから最後に沙羅は、僕の小説はあまり好きじゃないと言った。僕が傷つくなと答えると、彼女は、でもねと言った。僕は北の大きな窓にかかっているカーテンを閉めた。
「でもね、私一人を喜ばせる小説なんか意味ないの、だから書きたいように書き続けた方がいいよ。普通じゃない方が、蒼くんだよ」   
 夜はこっそり更けて行った。まるで獲物を狙う春の蛇みたいに夜の闇が近づいてきた。そしてそのことは、次の朝が近づくことを予感させる。眠いと彼女が言い、僕たちは二人で狭いベッドに潜り込んだ。世界中の人々の視線から身を潜めるように布団を被った。
 呼吸に合わせて彼女の綺麗な形の乳房が僕の胸に当たるたび、僕は欲望を感じた。彼女が眠って居ないのが僕にはわかった。僕と沙羅は無言のまま、途切れ途切れに眠り、途切れ途切れに欲望を感じて、夜の、沈黙という音を共有した。静寂を切り裂いて太陽が街を銀色に染め上げる決意をした頃、僕はベッドから出た。
どこいくの。
トイレ。
ふうん。
 僕は部屋を出た。5畳半のアパートでは、トイレは共用だから下の階まで降りていかなければならない。春の冷たい風が吹いてきて、僕の額の上を通り抜けた気がした。すぐに部屋へは戻らず、僕は日が昇るのを待った。西の空で月が睨むのを背に、空がゆっくり紅に染まるのを見ていた。近くを走る川が銀色に光り、照らされ損ねた部分が黒く染まった。それを合図に鳥たちがこっそりどこからかやってきた。親から教えてもらった言葉の内から使えるさえずりを探して飛び回っている。ソメイヨシノは間も無く咲きそうだった。今日の日の朝日を待って居たのだと僕は感じたが、多分、桜は朝日を待ったりはしない。鳥はさえずりを探したりはしないだろう。少し冷静になればわかる。僕はその時、控えめに言っても、もう朝が永遠にやってこないという事実が突きつけられても驚かないくらいには混乱していた。

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