大きな丸い、四角いところ【Ⅰ】

 大きな丸い四角があって、その中に一人の男が住んでいた。男は滅多に外へは出てこなくて、その大きな丸い四角の中で暮らしていた。大きな丸い四角とは何かと尋ねられても、それは大きな丸い四角として厳然として、まるでナイヤガラのようにそこにあって、大きな丸い四角以外のなんでもないのだから他に言いようも、説明の仕様もないのである。
 大きくて丸い四角の中に、男が一人、住んでいた。
 男は年末になると街へやってきて、たくさんの買い物をした。パンツやら米やら、ポマード(多分髪をセットするのに使うのだろう)、それから一番目立つことには、彼はいつも大きな大きな日本国旗の風呂敷でそれらを包んで背中に背負うようにして歩いた。彼はそれほど背丈があるわけでもなくて、カフェの観葉植物を見上げるくらいの大きさだったので、その大きな日本国旗の包みに潰されるようになりながら、大きくて丸い四角の家に向かって、のっそりとあるいた。

 彼を街で見かけると、皆は、ああ今年も終わるのだなあと思った。もう、今年もあいつがやってくる時期か、と。それを合図にして人々は大掃除を始めたり、買い出しをしたり、新年の計画を立てたりしていた。子供達は面白がって彼に話しかけたりしたが、彼は虚ろな目で子供たちを一瞥したきり地面に視点を移して、風呂敷に潰されながら去っていった。

 しかし今年は違った。待てど暮らせど男はやってこない。街の人々は日々の仕事に追われ、そんな彼のことを気にするものもおらず、気づいた頃にはもう今年もあと三日しか残っていなかったのである。誰が流した噂というわけでもなく、どこからともなく今年も年末だという話が街に広がり、ようやく人々はそのことに気づいていそいそと年越しの準備を始めた。年越しをするというのは案外体力と事前の準備が必要なことなのである。準備や大掃除、それから常務に忙殺されて、彼の不在に気づくものはいなかった。たった一人の少年を除いては。

 ピノは街一番の美男子で、成績優秀、運動神経もピカイチだった。街の大人たちは彼を褒め称え、学校でもピノは一番の人気者だった。妬みそねみを買わないほどにはピノは賢かったのである。彼は、生きることがとても上手だった。おかしい、大人たちは一体どうして何も思わないのだろう、とピノは思った。それは疑問から探究心に変わり、なんの動きもない大人への憤りに変わった。どうしてだ、大人たちは何をやっているんだ。
 今日で学校が終わり、全員冬休みに入る、さようなら、良いお年を、という教師の挨拶に続いて、ピノは大きな声でさようなら、と言ってから、校庭に仲間を集めた。おかしいと思わないか? 今年の年末は何か。とピノは彼らに尋ねた。
 ノッポでピノの次に賢い、冷静なゴロウは腕組みをして考えるふりをしながら言った。彼はピノに気に入られたいのだ。

「うーん、課題が少ないな。去年はこの倍は課題があった」

「そんなのはどうでもいい、あってもないようなもんだ」とピノは一蹴する。ゴロウは悔しそうな顔で、隣にいるリオを見た。リオは太っちょで、真冬だというのにウィンドブレーカーしか着ていないが、ここまで走ってきたのだろう、汗をかいていた。

「ね、給食の量も減ったよ。ね、不作なのかな、ね」

「リオ、お前も静かにしてろ」ピノはいつも以上に厳しい顔をしている。自分よりあまりにもレベルの低い仲間たちに幻滅しているのだ。そんな風にツレない態度を取ってもピノの人気は衰えるばかりか、増大するほどには彼のカリスマ性は輝いていた。そして最後に、それまでスマホの画面を触っていたレナがピノに向かってその画面を見せて言った。こいつ。今年まだ見てないよね。年末なのに

「ご名答。おかしいんだよ。街で誰も見てないなんてありえないんだ。彼がいるからみんな毎年遅れずに年越しをできていたんだろ。なんで今年はそのやばさに誰も気づかない? あいつを見てないのに年末なんだぞ? 」ピノは少し興奮して言った。ゴロウは確かにそうだな、おかしい、と腕を組み直してカーキのマフラーに顔を埋めた。

「行くぞ、これから」

ピノはみんなに準備を促した。これから彼のところへ行くというのだ。

「え、これから? ね、知ってるの? ね、あいつのね、家。ね、これからあいつの家まで行ってどうするのさ、ね」とリオ。

少しうんざりしたような顔でピノはそうだ、これからだよと答えた。これから行くんだ、家まで行って、何やってるか拝んでやるんだよ。おいって、おい何やってんだ出てこいよって、言ってやるんだ。家は知らないが去年ヒントは教えてもらったんだ。とまた興奮気味にピノは早口になって話した。

「ヒントって? 」とレナが会話を進める。レナは訳知り顔でまたスマホを見ていた。レナはピノの一番近所に住んでいて、いつも登校前に一緒になるので彼のことをよく知っているのだ。

「大きな丸い、四角いところにあいつは住んでる」

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