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ひまわりの芽を見守るひまわりの芽

ひまわりの種を植えた。

梅雨前の晴天のおかげですぐに目を出し、双葉、本葉が出てきた。

「そろそろ間引かないといけないね」
「たくさんあると、みんなでご飯取り合っちゃって大きくなれないから」

そんな風に理由を説明して、娘に残す芽と抜く芽を決めてもらう。

「こっちは葉っぱの形かわいいから」「こっちは背が高いから」
迷いに迷って、抜く芽を決める。

「さようなら」

寂しそうに、ゆっくり慎重に抜いた。
新聞紙の上にポテっと横たわる芽を見て、娘が言う。

「そうだ、私が代わりの芽をつくるね」

え?どういうこと?

いそいそと折り紙を取り出し、製作を始める娘。

「お風呂の時間なんだけどな〜」という親のつぶやきは届かない。
夢中でやっているときにひっぺがすのは良くないと数年間の親業でわかってきたので、「先にお風呂入っているから、終わったらきてね」と声をかけり。

しばらくすると、キラキラ笑顔でお風呂のドアが開く。
「できたよー!」

まさかの立体。
そして、さっき抜いた芽にそっくり。びっくり。
感動してすごいじゃんと繰り返すと、娘はニヤニヤして立ち去る。そして急いで準備をしてお風呂に入ってきた。

お風呂からあがると、植木鉢に本物のひまわりの芽と折り紙のひまわりの芽が並んでいた。

そうきたか。
確かに、これなら栄養の取り合いにならない。
思わず笑ってしまった。


ただお水をあげるときにビチャビチャになってしまうので、翌朝、折り紙の芽は植木鉢から移動しようと伝えると、「ここなら寂しくないから」とひまわりのそばの窓に張り付くことになった。
日当たりも抜群だ。

ふと、折り紙の芽は子どもの成長を見守る親に似ているな、なんて思った。


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