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『愛はときどきクルってる』 第1話

【あらすじ】
有名書道パフォーマーのレノン奏(32)。彼女は、有名書道家であった母の故・京子マッカートニーから、幼少期に異常なまでに厳しい書道の指導を受けたことがトラウマとなり、人から愛を受け取ることに恐怖を抱くようになってしまった。結婚を考えている鈴木次郎(31)にも、時折受ける愛を突き返してしまう。
次郎は鳥アレルギーを持つ鳥類学者で、ハクトウワシをこよなく愛している。ハクトウワシは生涯伴侶を変えない珍しい鳥。次郎も奏とそのようになりたいと願っていた。
しかし、奏の父親の再婚相手との食事会で、奏は次郎と偶然出くわす。奏の父親の再婚相手は、次郎の母親だったのだ。これでは夫婦になるはずが姉弟に・・・。



【登場人物】
レノン奏(笹川奏)(32)書道家
鈴木次郎(31)鳥類学者

笹川進(62)奏の父・タクシー運転手
鈴木和枝(57)次郎の母

ジュード・カツノリ(40)恋愛マスター

ミキヒサ
アンナ

研修生
スタイリスト
公園子どもたち
医師


【本文】
◯式典会場・大ホール
壇上だけが照らされている。
床一面に横10メートルほどの巨大な白い紙。
和太鼓の演奏が始まる。

奏「ハッ!」

袴姿のレノン奏(32)がバケツに入った墨汁に筆を入れ、勢いよく紙に書いていく。
体全体で力強く、ときに軽やかにススっと小走りに書いていく。
踊るようになめらかに。
額から汗が流れる。


◯英利大学・中ホール
鈴木次郎(31)が壇上の中央に立ち、スポットライトを浴びている。
モニターにはハクトウワシの姿。
受講生に向かって

次郎「みなさん、ハクトウワシの求愛行動、何と呼ばれているかご存知ですか?」

モニターが切り替わる。
次郎、それを指差し

次郎「そう、デス・スパイラル。この鳥は生涯伴侶を変えない珍しい鳥。でもそれは、この“儀式”を行ってるからなのです」

モニターにデス・スパイラルの様子が映し出される。


◯式典会場・大ホール
大きな筆を両手で持ち、くるっと回転してみせる奏。
奏が書き上げた文字が立てかけられる。
紙には『不撓不屈』の文字。
会場からは大きな拍手。
笑みを浮かべながら、頬に伝う汗を拭う奏。


◯英利大学・中ホール
話を続ける次郎。

次郎「彼らは互いの絆をテストするために、地上に向かって車輪のごとく回転し落ちていくんです」

研修生と次郎が壇上で手をつなぎ、回転し、ハクトウワシのつがいを真似して見せる。
次郎、回転しながら言う。

次郎「彼らは地上に落下するスレスレまで足を離しません。勇気と相性を試しているんですね」

次郎、壇上の端まで回転しながら移動する。


◯式典会場・楽屋
鏡を見ながら化粧を落とす奏。
携帯を見ると、次郎からメッセージが。
「パフォーマンス頑張ってね!」の文字。
すかさずページを閉じる。
そばにいるスタイリストが奏に声を掛ける。

スタイリスト「あ、彼氏さんからですか?」
奏「うん。頑張ってだって」
スタイリスト「へえ〜、やさしい」
奏「いやでもさ、頑張れって言う必要なくない?」

にこやかに言う奏。

スタイリスト「そ、そうですか?」
奏「だって頑張るでしょ、そりゃあ。頑張れなかったらどうすんのよ」
スタイリスト「まあ。なんというか、彼氏さんの愛っていうか……」
奏「愛で売れるんだったら苦労しないよ」
スタイリスト「ほら、よく『愛の力』って言うじゃないですか!」
奏「いや愛って。努力の成果でしょ」
スタイリスト「そう……ですか……」

化粧を落としている奏。
机の上の化粧道具が床へ落ちる。
拾おうと手を伸ばす奏。
スタイリストも拾おうとする。
奏と手が重なる。
その途端

奏「やめて!」

恐れるように、スタイリストの手を払う奏。

スタイリスト「え……」

驚くスタイリスト。

奏「あ、ごめん……手を触れられるのがちょっと……」


◯オフィス街の表通り
走るタクシー。
運転手は笹川進(62)。
進行方向の先に次郎が手を上げて立っている。
次郎の前で止まるタクシー。
乗り込む次郎。


◯タクシー・車内
進が次郎に尋ねる。

進「お客さん、どちらまで?」
次郎「川崎のほうまでお願いします」

発進しようとする進。
するとボンネットの上を一羽の鳩がとまる。
苛ついた素振りで外へ出る進。

進「ちょっとすみませんね」

笑顔で次郎に言う。
鳩を振り払おうとする進。

進「おい、コラ!あっちいけ!糞でもしたらただじゃおかねえからな!」


◯オフィス街の表通り
次郎、すかさず車を出て進に忠告する。

次郎「糞をしてはいけない理由はなんですか?」
進「え、なんです?」

苛ついた様子の進。
淡々と話す次郎。

次郎「例えばあなたがトイレをしようとした。すると殴られそうになった。どう思います?」
進「どう思うって。なんかおたく気持ちわりいなあ」
次郎「鳥類学者として、鳩の誤解を解こうとしたまでです」
進「じゃあどうすりゃいいんだよ」

鳩に話しかける次郎。

次郎「ほらポッポ。うんうん、あ、したいのね。したいよね。いいよ。しなさい」
進「いや、だめだよ!」
次郎「では、優しく歩道へエスコートしてあげてください」
進「は?」
次郎「人間の努めです」
進「あんたがやれよ!」
次郎「だめです。僕、鳥アレルギーなんで」
進「ギャグにもほどがあんだろ。ラーメン嫌いなラーメン屋って致命的だろ」
次郎「嫌いじゃない!鳥は大好きだ!」

声を荒げる次郎。

次郎「あなたさっきからピーチクパーチクうるさいですよ?」
進「おめえだろ!くそ、親の顔が見てみてえよ。どこでも糞する親子なんだろうな!」
次郎「ふん。どうせ親子揃って野蛮なんでしょうね。脳が退化してる。ネアンデルタール人にしか見えない」
進「なんだと?本当最悪なの拾っちまったな!二度と乗せねえからな!」
次郎「お構いなく」

次郎を置いて発車するタクシー。
次郎、飛び立つ鳩に一瞬ビクつくも平然を装う。

◯笹川家・LDK(夜)
一人晩酌をする奏。
鳥に関する本『ハクトウワシに私はなりたい』を読んでいる。
表紙にはハクトウワシの顔のアップ。


◯同・外観(夜)
住宅街にある一軒家。
表札には笹川の文字。
車庫に進のタクシーが入る。


◯同・LDK(夜)
玄関のガチャという音とともに、読んでいた本を隠す奏。
リビングに入ってくる進。
晩酌する奏に

進「お、始めてるねえ。今日の酒はうめえか!」
奏「んー、そこそこ。あ、ITかなんかの社長さんから依頼もらった。社訓をぜひ書いてほしいだって!」

奏の向かいに座る進。
奏、ビールを進に注ぐ。

進「なんてったって美人すぎる天才書道家、レノン奏が書くんだからなあ!」
奏「それ、お父さんしか言ってない」
進「かつての天才書道家、京子マッカートニーをしのぐ才能ってな!」
奏「……」

袴姿の京子の写真が部屋に飾られている。
隣にはたくさんのトロフィーが。
奏の名前が刻まれている。

進「その社長、いい男か?」
奏「妙にプライド高い感じ。あれはきっと、パッとしない思春期を送った反動に違いないわ」
進「それ、わかるー。好きな子の修学旅行の写真とかを壁に貼ってだな。夜な夜な一人ポッキーゲームとかしちゃうんだろ?」
奏「お父さん、そんなことしてたの?」
進「や、やってねえよ!」
奏「リアル過ぎない?描写が」


◯鈴木家・外観(夜)
閑静な住宅街の中に一軒、ひときわ立派な家がある。
表札には鈴木の文字。


◯同・LDK(夜)
次郎と鈴木和枝(57)が会話をしている。

次郎「今日は悪い日だ」
和枝「そうでもないわよ」
次郎「タクシーの運転手が鳩を殴ろうとしたんだ」
和枝「あら、最低な日ね」
次郎「どこでも糞するような親子って言われたよ」
和枝「なんて人!いや人じゃないわ。類人猿みたい。ってなんで私も巻き込まれてるのよ!」
次郎「はあ、人類は退化してるんだろうか……」

和枝、引き出しからチャペルのパンフレットを取り出し次郎に見せる。

和枝「それはそうと!これ見てたらテンション上がってきちゃったのよ!」
次郎「あ、順調なの?彼氏とは」
和枝「ふふ、まあねえ!あ、今度の顔合わせ、ちゃんと空けといてね」
次郎「大丈夫だよ。新しい家族かあ……」
和枝「家族が増えるのきっと楽しいわよ!」

嬉しそうに話す和枝。

和枝「私も早く会いたいわ。あなたのフィアンセ」
次郎「もう少し落ち着いたらね」
和枝「これぞダブルハッピー婚ってね。あはは」


◯笹川家・LDK(夜)
風呂上がりの進、奏の向かい側に座る。
進にビールを注ぐ奏。
かしこまった態度で言う。

奏「お父さん……ちょっと会って欲しい人がいるんだ……」
進「おい、なんだよ、いるんじゃねえか。お相手が」
奏「……結婚するのかも」
進「するのかもってなんだよ。他人事かよ」
奏「もともと興味ないし……自信もない」
進「なにが」
奏「結婚とか……恋とか愛とか」
進「真面目か」
奏「『愛とは、育てなくてはいけない花のようなもの。』ってジョン・レノンが言ってたけど、私には水やりが向いてないみたい。花も私のほうを向いてくれない」
進「ややこしいな、おい。でも一緒にいたいんだろ?」
奏「まあ……」
進「歯切れわりいなあ。それでいいんだよ」
奏「お父さんは嬉しい……?」
進「当たり前だろ。誰が嫌がるんだ」
奏「ならまあいいか」
進「めちゃくちゃいいよ」
奏「でも、お父さん一人になるかなって……」
進「ああ、それがな……」

進もかしこまった態度で話しだす。

進「実は……お父さんもなんだ」
奏「え?」
進「いるんだ。お相手が」
奏「え!おめでとう!」
進「……喜んでくれるか?」
奏「もちろん!」
進「そうか……」
奏「そろそろ探してみてもと思ってたの!」
進「でも結婚となると……お前に弟ができんだよ……どう思う?」
奏「いいんじゃない?楽しそうと思えば!」
進「悪いな。迷惑はかけねえからよ」
奏「いや嬉しいよ!どんな人なの?」
進「まあ、年下でよ。お茶目でよく笑うやつなんだよ」

照れくさそうに笑う進。
ビールを注ぐ奏。

奏「へえ、会いたいなあ!」
進「おう、今度会ってくれよ」

席を立つ奏。
棚から焼酎をとりだす。
椅子には本『ハクトウワシに私はなりたい』が置かれている。
表紙のハクトウワシが進を見つめている。
不思議そうに進も見つめる。

◯公園・大通り
次郎と奏が歩いている。

奏「ねえ、マツケンサンバって鳥で言うところの求愛行動かな?孔雀が羽を広げるみたいな」
次郎「いや、あれは鳥界で言うところの無病息災を祈る儀式かな」
奏「思ったより高尚ね」

次郎、木にツバメが巣を作っているのを見つける。
興奮する次郎。

次郎「あ、奏見て!ツバメの巣だ!」

奏の手を取る次郎。
奏、反射的に次郎の手を払う。

奏「やめて!」
次郎「あ、ごめん。そうだったね……」
奏「ごめん……」

次郎、切り替えてツバメの話をする。
次郎「いやーついてるなあ。巣を見つけるなんて!」

子どもたちが巣を見に集まってくる。

次郎「冬は巣立って、暖かいフィリピンや台湾に行くんだ。その移動距離なんと3000kmだよ!すごくない?」

さらに続ける次郎。

次郎「それでまた春にはここに戻ってくるんだ!太陽の位置が目印と言われてるけど、それだけで同じ場所に戻って来れる?」

熱弁する次郎を見つめる子どもたち。
恥ずかしそうにする奏。

次郎「海岸線とか、巣の近くの地形・山並み・目印とか、全部覚えてるって言われて るんだ!」

子どもたち、次郎を見て話している。
次郎に聞こえる声で、

子ども「このおじさんちょっと変だねー」
次郎「お、おじさん?」
奏「ちょっと、もうわかったから……!」

走って逃げていく子どもたち。
ハッとする次郎。

次郎「あ、ごめん。つい熱くなっちゃって」

次郎の頭上を親鳥が飛び立つ。
ビクつく次郎。

奏「あ、鳥アレルギー……」
次郎「鳥と戯れすぎてなっちゃったんだ」

笑いながら言う。

奏「あとそば好きでそばアレルギーだよね?」
次郎「ま、まあ」
奏「前世でなんか悪いことしたの?」
次郎「鳥やそばに固執することなく、いろんなものを好きになりなさいってことだよ!」
奏「ポジティブだな」
次郎「例えば、奏とかね!」
奏「……」
次郎「奏とかね!?」
奏「わかったよ!」

苛つく奏。


◯小料理屋・外観(夜)
2週間後。
風情ある門。
きれいな庭園が広がっている。


◯同・個室(夜)
進と和枝が向かい合わせで座っている。
コップの水を飲み干す進。
辺りを見回し落ち着かない様子。

和枝「奏さんで……いいのよね?」
進「お、おう。次郎くん……だよな?」
和枝「うん、そうそう」

ふすまが開く。
奏が入ってくる。

奏「あ、はじめまして。笹川奏と申します」

和枝に一礼する奏。
驚いた様子の和枝。

和枝「え……奏ってあの、レノン奏?」
進「あ、知ってる?」
和枝「知ってるも何も大ファンよ!」
進「おお。よかったな、奏」

照れながらお辞儀する奏。

和枝「なんで教えてくれないのよ!まさかこんなところで会えるなんて……」
奏「これから、よろしくお願いします」
和枝「こちらこそ。って私が母親?やだ気絶しそう……」
奏「そんな……」
進「おおげさだな、おい」

嬉しそうに進が言う。

和枝「サインとか……頂いてもいいのかしら……」
進「(笑って)家族がサインもらうかよ!」
奏「サインと言わず私が書いたものでも……」
和枝「やだ、悶絶しそう……」


◯同・表(夜)
次郎が急ぎ足で店内に入ってくる。


◯同・個室(夜)
奏が席を立つ。

奏「私ちょっとお手洗いに……」


◯同・店内(夜)
個室を出てトイレに入っていく奏。
その背中を次郎が通り過ぎる。


◯同・個室(夜)
和枝、腕時計を見る。

和枝「次郎ったら遅いわね」
進「はじめま……いや、はじめまして!いや、違うな……はじめまして!」

イメージトレーニングをする進。
次郎、ふすまを開ける。

進「あ、はじめま……」

次郎を見て硬直する進。
ふすまを空けたまま硬直する次郎。

進「……彼が、息子さんか……?」
和枝「ええ」
次郎「母さん、この人が……彼氏?」
和枝「ええ」

次郎、咳払いをし席につく。
怒りで震える進。
小声で和枝が進に言う。

和枝「そんな緊張しなくても。イメトレ、バッチリだったわよ」

何事もないように座っている次郎。

和枝「次郎、こちら進さん」
進「おい、この鳥野郎!」

困惑する和枝。

和枝「鳥野郎ってそんな。イメトレと全然違うじゃない!」

咳払いをする次郎。

次郎「どうも。次郎と申します」
進「しらばっくれてんじゃねえぞ、鳥野郎」
次郎「母さん、この前タクシーで会った人なんだ」
和枝「うっそ、信じられない」
次郎「鳩を殴った人だ」
進「いや、殴ってねえだろ。安全なところに移そうとしただけだよ」
次郎「嘘をつかないでください」
進「本当だろうが」
次郎「しかも僕らをどこでも糞する人間だって。言いましたよね?」
和枝「なんて人よ!」
次郎「母さん、もはや人じゃないよ」

◯同・女子トイレ(夜)
鏡の前で身なりを整える奏。


◯同・個室(夜)
進が言い返す。

進「あんたこそ言ったよな?親子揃って野蛮だって」
次郎「言ってない」
和枝「やだ、そんな下品なこと言ったの!?」
進「しかも鳥の学者のくせに鳥アレルギーって。ポンコツにもほどがあんだろ」
次郎「ポンコツじゃない!」

次郎、声を荒げる。

次郎「鳥が好きすぎてなったんだ!本望だ!」
進「残念すぎるだろ」

進、笑って言う。


◯同・廊下(夜)
個室に戻る奏。
部屋から怒声が聞こえてくる。
奏、急いで部屋に戻ろうとする。


◯同・個室(夜)
次郎、声を荒げて言う。
その瞬間、奏がふすまを開ける。

次郎「だから野蛮って言ったんだ!親子揃ってネアンデルタール人なんだよ!」
奏「……次郎……?」
次郎「え……奏……?」
進「ん?知り合いか?」
奏「……この人が……お相手」
進「……まじか」

一同呆然とする。

和枝「やだ、こんな偶然って……」
奏「これ私たち……姉弟ってこと?」
次郎「夫婦じゃ……なくて?」
奏「一夜にして、禁断の恋……」
次郎「少女漫画じゃあるまいし……」
和枝「となると、私は母で姑……?」
奏「こっちは、姉弟で、夫婦……?」
進「こいつの父親か……」
次郎「最悪だ」
進「こっちのセリフだ!」
奏、次郎に怒って言う。
奏「てかネアンデルタール人ってなによ!」
進「聞いてくれよ、俺たち野蛮人だとよ」
奏「なにそれ!」
次郎「あなたこそ、どこでも糞する親子って」
奏「お父さん、そんなこと言ったの?」
進「鳩ごときにすげー怒ってくるんだよ」
次郎「鳩ごときってなんだ!」
奏「ちょっと二人やめて!」
進「全くよお。これから家族になるってのに先が思いやられるぜ」

和枝、淡々と話し出す。

和枝「それなんだけど。一旦考えさせてもらっていいかしら。家族になるの」
進「なんでだよ!」
和枝「あなたの発言が聞き捨てならないの」
進「いやどっちもどっちだろ!」

奏、次郎に向かって言う。

奏「私もはっきり覚えておくから」
次郎「いや……違うんだよ、奏」
奏「違うってなにがよ」

机の料理がきれいに残っている。


◯笹川家・LDK(夜)
一週間後。
進と奏、晩酌しながら話している。

奏「口聞いてくれるようになった?」
進「まあな。笑わねえけど」
奏「そ、よかった」
進「でも俺だけ悪いわけじゃねえけどな」
奏「そうね、次郎もよくない」
進「そっちはどうなんだよ」
奏「別に。もうなんか結婚とかいいかも」
奏、笑みを浮かべながら言う。
進「なんで!」
奏「……だって野蛮とか言われたら、ムカつくじゃん」

机に本『ハクトウワシに私はなりたい』が置かれている。
奏、そっと隠す。

進「そうか……悪いな。迷惑かけないって言ったそばから」
奏「お父さんは全く悪くないよ!これ、神様のいたずらだよ」
進「本当……何がしてえんだろうな」
奏「でも私はお父さんに結婚してほしいよ。絶対」
進「なんで?」
奏「だって……お母さんのことひきずってるよ。お父さん」
進「……母さん?」

神妙な面持ちの二人。

奏「だって……いつもご飯多めに作るし……家の外灯だってずっとつけてるし……」
進「そりゃ、次の日も食えたほうが楽だし、お前もいつ帰ってくるかわかんねえしよ」
奏「……役所の人からも、ちゃんと言われたじゃん」
進「ばかやろう!」

声を荒げる進。

奏「……」
進「また後でねって言ったんだよ。ここで。……後でって、天国なわけねえだろ……」

家族三人の写真が飾られている。

進「お前こそ本当は他にあったろ。やりたいこと」
奏「ないよ」
進「だって昔からお前は歌とか好きだったろ」
奏「母さん超えないと前に進まないの!私の人生」

声を荒げる奏。

奏「ポンコツ書道家って言われ続けて……」

奏、拳を強く握る。

進「母さんは愛が強すぎた。普段と打って変わって厳しくなったからな……」
奏「愛?そんな狂気に化ける愛なんてくそったれだよ!」

冷蔵庫には母・京子のメモがついたままになっている。
メモには『中に煮物あるから』と書かれている。
奏、扉を強く開け部屋を出ていく。


◯同・廊下(夜)
廊下に立ち、向かいの和室を見つめる奏。
京子の仏壇が置かれている。
すると和室から残像が浮かぶ。
京子が、子どもの頃の奏に習字を教えている。
奏の手を握り、罵倒している。
泣いている子どもの奏。
ハッと我に返る奏。
京子の遺影を手に取り、思いっきり投げつける。
割れる遺影。

◯遊園地・外観
「ノルウェイゆうえんち」と書かれた入り口。


◯同・コーヒーカップ
コーヒーカップに乗っている次郎と奏。
無言の二人。
カップは勢いよく回っている。
奏が口を開く。

奏「なんでここなの?」
次郎「お互い、明るい気分になれるかなって……」
奏「ならないでしょ」
次郎「デス・スパイラルごっこして、仲直りみたいな……」 
奏「ならないでしょ」

ハンドルを回す次郎。
さらにカップが回る。

奏「ねえ、吐くんだけど!」
次郎「あ、ごめん」

ハンドルを止める次郎。


◯同・園内
次郎と奏、ベンチに座って話す。

次郎「俺たち、姉弟になるのかな。なんか笑っちゃうね」 
奏「まあ」
次郎「夫婦のはずが……少女漫画じゃあるまいし」
奏「禁断の恋って、たいてい別れる気がする」
次郎「え、だったら俺たちが変えていこうよ!そんな物語。時代は変わったんだって!」
奏「ごめん、ちょっと考えたいの」
次郎「え、何を?」
奏「結婚のこと」
次郎「なんで!」
奏「ないの」
次郎「ない?」
奏「レノン奏でやっていくって決めたときの、あの感覚が」
次郎「感覚?」
奏「思ったの。この屋号を背負って立つなら、たとえ地獄に落ちても這い上がってやるって。結婚もそれくらいじゃないとって思うの」
次郎「……というと?」
奏「いや察しろよ」
次郎「……ごめん」
奏「この人となら地獄に落ちても構わないってくらいに思わないと、踏み込めないでしょ。結婚て」
次郎「……その感覚がないってこと?」
奏「デス・スパイラルする覚悟がないってこと。あなたで言うと」
次郎「そんな……」

奏、席を立って言う。

奏「そういうことだから」

次郎も立ち上がり言う。
次郎「これじゃ少女漫画みたいなありきたりのパターンだよ。それでいいの?」
奏「しょうがないじゃない」
次郎「しょうがないって……」
奏「あと来月大事なショーがあるの。それに集中したいし」
次郎「だからって別れなくても……」
奏「じゃ。そういうことだから」

その場を去っていく奏。

次郎「待ってよ、奏!」




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