オキナワンロックドリフターvol.89

電話口での正男さんの声は、明るく弾んでいた。
「一旦切ってかけ直しますよ。電話代かかりますよ」という私の提案にも、「いいからいいから」と仰り、正男さんはその日唄う曲を教えてくださった。
・Stay with me
・花
・あなたのために

以上の3曲を唄うという。
正男さんの話は長くなりそうだ。祖父が電話を使いたいらしく、ちらちらとこちらを見ている。
「すみません。祖父が電話を使いたいようなので。3分待ってくださいね。こちらからかけ直します」
そう言うと正男さんは「うん、わかった」と了承してくださった。
携帯の充電は完了していた。私は城間家に電話した。すぐさま正男さんが出て通話は再開された。
ご親族の結婚式の余興、3曲のみではあるものの久しぶりに歌えるという喜びがひしひしと伝わった。
「まいきー、久しぶりにあなたのためにを唄うんだけれど、聴いてくれる?」
電話越しとはいえ、正男さんの歌声を聴ける喜びに心弾んだ。
携帯を通して正男さんの歌を聞いた。アカペラでキーも下がっていたが、私は『ラ・バンバ』でリッチー・バレンスがガールフレンドのドナに公衆電話で歌をプレゼントするシーンを思い出しながら正男さんの歌声に目を細めた。
正男さんは余興の際にしたいことを教えてくださった。ちょっと先走り感もあったが、正男さんの、相手を喜ばせたいという気持ちはひしひし伝わった。
正男さんは俊雄さんに電話を代わってくださった。
しかし、俊雄さんはまたふわふわした喋りになっていた。
まるで自分が80年代のお笑い番組の司会者になったような口調で話す俊雄さんには嫌な予感しかしなかった。 私は俊雄さんにおずおずと尋ねた。
「俊雄さん、俊雄さんもベースを弾かれるんですか?」
俊雄さんは少しムッとされたのか、「当たり前さ。大事な家族の結婚式だからね」と返された。私は俊雄さんに謝りつつも俊雄さんが何事も起こさず、結婚式当日、ちゃんとベースを弾かれることを心から祈った。
私は日々の暮らしを淡々と過ごした。主任はことある毎に「仕事辞めてなんになるとですかねー」等チクチク嫌味を言っていたが、大学進学が確定した今、気にならなくなった。
正男さんから着信があったのは一週間後だった。
かけ直すと嬉しそうな声で正男さんは結婚式での余興ライブの話をされた。
「すごく喜んでくれたよ。3曲だけじゃなく、アンコール用にもう2曲くらい練習すれば良かったよ」
結婚式もとても素敵な結婚式だったようで、私は城間家の人々の温もりを正男さんの言葉の端から感じた。
家族運に恵まれなかった私は複雑な感情で正男さんの話を聞いた。
「俊雄が話したがってるから代わるね」
正男さんは俊雄さんと電話を代わってくださった。
俊雄さんの喋りは前に話したようなおかしなテンションはなく、普段のぽそぽそとした喋りでほっとした。
俊雄さんはぽつんと呟かれた。
「あんたを式に呼べば良かったね。あんたに聞かせたかったよ」
赤の他人である私が城間家の結婚式に呼ばれてもアウェイ感で萎縮するのは火を見るより明らかではあるが、それでも俊雄さんがそうおっしゃってくださるのは嬉しかった。
俊雄さんもまたベースを弾いたことで封印していた音楽への思いを取り戻したのだろう。俊雄さんは珍しく熱っぽくライブの様子を語られた。
私は俊雄さん、大丈夫かもしれないな。これなら俊雄さんと呑みに行くのも問題ないかもなと私は思った。
今でもあの時の私の浅はかな思考に嫌気がさす。
私は俊雄さんに「3月14日から10日間沖縄旅行をするんですけれど、良かったらさしで呑みませんか?」と尋ねた。
俊雄さんは「いいね、あんたとゆっくり長い話がしたいし」と返され、快諾された。
私は天に昇る気分だった。
それからしばらく俊雄さん、正男さんと長話をし、電話を切ったのは1時間後。
嬉しそうに久しぶりのライブをされたことを話すお二方にほっとし、私は会える日を指折り数えた。
しかし、携帯に届いた一通のメールでその気持ちは瞬く間にひしゃげた。
メールは下地さんからだった。
「ミキ。最近、また俊雄の様子がおかしい。明らかにハイになっているから気をつけて」と。

やはり。嫌な予感は的中した。

私は一転してサシ呑みが中止になることを強く願った。
しかし、私の不安と逆にサシ呑みの日取りと下地さんを交えての会食の日取りは決まっていった。

そして、3月12日。
私は仕事を退職した。
他の部署の方は「寂しくなるね」とおっしゃったが、主任とコンサルタントの見下した表情と「なんになられるかわからんけどせいぜい頑張って」という捨て台詞は最後まで変わらなかった。
彼女らにとって私は「しょうもない夢を追うきけしゃん(精神障害者)」なんだろうなと大きくため息をついた。
私は厄を落とすように駅近くの居酒屋に入り、焼き鳥とレモンサワーで乾杯した。
レモンサワーの爽やかな酸味が職場によって蝕んだ毒を浄化してくれるようだった。
明後日には沖縄である。どうか何事もありませんように。
私はひたすら祈りながら、レモンサワーを飲み干した。

(オキナワンロックドリフターvol.90へ続く……)

(文責・コサイミキ)

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