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自作小説

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noteで書いている小説。主に、コンテストや企画への参加用です。
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#芸術の秋

アナログバイリンガル

 始発で朝帰りした姉と私は、駅の近くで男に刃物を突きつけられ、車に連れ込まれた。それ以来、六時間以上走り続けている。  私たちをさらったのは外国人の二人組だ。 「Let us go! All our family and friends are looking for us. You should release us now!」  バイリンガルの姉が英語でまくし立てる。前の座席の男たちは笑うだけだ。  私は窓の外を眺めていた。  車がどんどん寂れた地域へ向かっているの

【小説】置かれた場所で咲きなさい ~勇者一行の日常

「全部無駄だったな」  思わずこぼれた俺のつぶやきに対し、傍らを歩く賢者が、 「人生に無駄なことなんか一つもありませんよ、勇者殿。失敗も遠回りも、すべてはあなたを成長させ、いつか輝かせるための、貴重な礎……。『あの日、あんな経験をしてよかった』と思える日が、きっと来ます」 と、さわやかに答えた。  もし両手が空いていたら、俺はいら立ちのあまり髪をかきむしっていたことだろう。 「なんか良い感じにまとめようとしてんじゃねーよ。何日も準備してドラゴンに挑んだのに一瞬で負けた

君に贈る火星の

「準備は整った。あとは発表を待つだけだ」  俺は社長室で部下とテレビを眺めていた。火星総督府が、太陽系政府の首相の一人娘であるアイに、火星の命名権を贈ってから二か月。今日、アイの口から新しい火星の呼び名が発表されるのだ。 「普通なら『火星』では商標登録できないが……新しい火星の名前で商標を押さえておけば、とてつもない高値で売れる。大儲けのチャンスだ」 「アイ嬢が思いつきそうな全ての語句で、商標登録を済ませたんですよね、社長」  俺はうなずく。大学時代、アイと交際してい

しゃべるピアノ

 私のピアノは、おしゃべりだ。  私が母と喧嘩して、泣きながら部屋へ戻ってくると、ひとりでにポロロロ、と鳴る。私の好きなアイドルグループの「泣かないで」という歌の冒頭だ。 「有難う! わかってくれるのは、ピアノだけだよ」  私はピアノの古めかしいボディにすがりつく。  修理に出して、傷が見えないように直してあるけど、これは1945年8月に広島にあったピアノだ。遠い親戚の家から、うちへやって来た。それ以来このピアノはよくしゃべる。  ある夜、一晩中、ピアノがやかましく