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時計の電池が替えられない

ウチには時計が3つある。
けれど、どれも正確な時刻を指していない。
一つは電池が切れている。もう一つも多分切れかけていて、ズレながら進んでいる。
最後の一つは最近手に入れたもので、あとの二つがアナログ時計だからデジタル時計があってもいいかなと思って、カタログギフトの中から選んだものだ。これに関しては中身を確認しただけで、動いたことすらない。

どうしてこんなことになっているのか、答えは明確。電池を入れるのが面倒くさいのだ。ひとえに私の怠惰ゆえにこのような状況になっている。
電池なんてコンビニにいくらでも売っている。私の家の目の前はコンビニだ。ちょろっと電池を買いに行って、入れ替えるだけでいい。10分もあれば部屋の時計を動かせる。なのにそれがどうしてもできない。

だから時間はスマホで確認している。肌身離さず持っているから、部屋の時計が動いていなくても、特に困ったことはない。
電池買いに行かんとなあ、と思いながら、2秒後には、まあいいか、また気が向いた時に、とベッドに寝転がるのが日常になっている。

もし、今隕石か何かが落ちてきたら、あたり一帯が焼け野原になるだろう。しかし、隕石に含まれる原因不明の物質の影響で、この辺りは長い間立ち入り禁止となる。
何十年、何百年と経ち、やっと立ち入りが許可された時に、調査隊がここらを調査する。
そして燃え残った家具の中に、時計がいくつか転がっている。それらはすべて、違う時刻を指している。
こうなってしまえば、研究家たちはきっと混乱するだろう。隕石が落ちてきた正確な時刻はいつなのか、議論がなされるはずだ。そうなるとどうなるのだろう、他の家にある時計が指す時刻から、正確な時刻が割り出されるのだろうか。
そうなったら、なぜこの家の住人は違う時刻を指す時計を置いていたのか、何か意味があるのではないか、と私の人物像に焦点が当てられてしまうかもしれない。
なんてことだ、私が怠惰なばかりに後世の研究家を混乱の渦に陥れてしまう。

そうなってしまうのなら仕方ない。電池をきちんと入れなおして、正確な時刻を指す時計を置こうではないか。そう決まったら明日、電気代を支払うついでに電池を買ってこよう。

そう心に決めた時、時計の針が動く音がした。
カチッ、カチッ、と正確に動く秒針の音が部屋に響いている。
ウチにある時計は3つ、一つは動いてすらおらず、一つはズレている。しかもこの時計の秒針の音は鳴らない。
それなら、残すはもう一つ。完全に止まっている時計しかない。

焦りながらその時計を確認する。しかし、やはり動いていない。
音がする辺りをしばらく探ると、腕時計があった。
そうだ、ウチにはまだ時計があった。この腕時計は出かける時にいつも付けているのだが、外でも聞こえるぐらいはっきり秒針が動く時計なのだ。
この時計は買った頃から止まらず動いていて、正確な時刻を指している。

良かった、この音だった。
まあでも当たり前だ。すでに止まっている時計は5年ほど前に買ったもので、単三電池1本で動く。そんなものが今動いているはずがない。


ちょっと待て、じゃあ何で、もう一つの時計は動いているんだ?
あれも5年前に買って、単三電池1本しか入れていないはずだ。ズレているとはいえ、そんなに長く動くのか?
というかあの時計、2年ぐらい前に、もう止まっちゃったのかってがっかりしながら確認しなかったか?

急いでその時計を確認する。時計は21時30分を指している。
スマホで今の時間を確認する。21時20分だ。
10分ズレている。朝見た時は違う時刻を指していたはずだ。
確実にこの時計は進んでいる。そして今は、正確な時刻より10分進んだ時刻を指している。
電池ってこんなにもつものなのか?前に止まったと思ったのも勘違いだったんだろうか。
時計を手に持ったまま動けなくなる。
なんなんだこの違和感は。
心臓がうるさい。どうすればいい。
何も考えられない。
ただ秒針の音が部屋に響く。それは少しずつ大きくなっているようだった。
時計を手に5分ほど立ち尽くした時、突然、外が明るく光った。


というところで目が覚めた。

夢だった。
なんだ、よかった。
もし今隕石が落ちてきたらなんて、くだらないことを考えていたらいつの間にか眠っていて、そのせいで変な夢を見たのだ。
ほっと息をつく。
スマホで時間を確認する。21時20分、20分ほど寝ていたらしい。

夢のせいでぐっしょりと汗をかいていたので、冷房をつける。嫌な汗だ。
リモコンを手に取って、そこにも時計が表示されていることに気づく。
しかし、これも私の怠惰のせいで正確な時刻を表してはいなかった。


21時30分。


10分ズレている。

部屋には腕時計の秒針が動く音だけが、やけに響いていた。


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