獅子の挽歌012
目が覚めると、見慣れない天井が見えた。
俺はぱっと起き上がり周囲を見渡す。
そうだ、ここは徹真会館の群馬支部だ。
今日は出稽古に来て、そして…倒されたんだ。
「お、目が覚めたか」
声の方を向く。
佐倉がバツが悪そうにこちらを見ている。松下と塚島もいる。俺が倒した毒島はベンチに腰掛けながらまだ首に氷嚢を当てている。
「大丈夫か。吐き気や目眩はないか」
松下が心配そうに言う。大丈夫です。と答える。
「いや、悪かったな。チョンファくんが結構つええからさ。顔面膝なんて道場じゃ中々使わないんだけどよ」
佐倉が苦笑いを浮かべながら言う。
そうだ。思い出した。腹部に膝を効かされて、次に何かを貰い気絶した。顔面膝だったのか。全く見えなかった。
俺はすこしふらつきながら立ち上がる。
「佐倉さん、ありがとうございました。あの、顔面膝教えて頂けませんか。」
俺がそういうと佐倉はキョトンとしていた。
そして、ふふふと松下が笑い出す。
佐倉と塚島も釣られて笑う。
「いや、いいね。今倒されたばっかだっていうのに、倒された相手に倒された技教えてくれって。どんだけ強くなりてえんだよ」
佐倉が笑いながら言う。
「昔の誰かさんみてえだな、佐倉、塚島」
松下が佐倉と塚島を見る。
「こいつら、ゾクの頃にここに道場破り来てよ。俺が相手したんだが、佐倉は後廻し、塚島はローキックで倒したんだよ。そしたら、こいつら教えてくれ教えてくれって。まず正拳突きと柔軟やれって言ってやったよ」
「昔の話はやめてくださいよ」
塚島が照れ臭そうに言う。
すこしチャラけたところがある佐倉はともかく、塚島が暴走族だったとは意外だ。
「まあ顔面膝教えてやるよ。構えてみろ。」
そう言われ、佐倉を前に構える。
「チョンファの場合はサウスポーだからな。絶好だ。相手の前足の外を取って、ボディに膝をまず入れる。」
俺に軽く蹴りを入れて、佐倉が実演してみせる。
「このポジション取られてるの嫌な感じしないか?」
「はい。相手の動きが見づらいし、自分の攻撃は打ちづらいです。」
「そういうこと。この時の膝蹴りのポイントは、真っ直ぐ蹴らずに、少し回すように蹴る事だ。この膝でボディを蹴っといて、同じモーションで顔面膝を蹴る。単純だが効果的だ。できれば、それ以前にもボディを効かせておくといいな。」
なるほど、と感心した。
俺は佐倉から習った膝をサンドバッグで反復する。
一撃一撃、相手をイメージして打ち込む。
「ほらモーションが大きいぞ」
時折佐倉から声がかかる。
懐かしいな。
こうして誰かから教わるのは久しぶりだ。
30分ほど経った頃、松下がもう良いだろう。と声をかける。
「ここらは住宅街だからな、22時過ぎると近所がうるさいんだ。みんな上がってくれ。チョンファ、飯でも行くか」
「押忍。是非ご一緒させてください」
出稽古に来て食事に誘われるとは思いもしなかった。もっと殺伐としている物だと思っていたが、それは毒島だけだった。
そういえば、いつの間にか毒島はいなくなっている。帰宅したのだろう。
「お、師範の奢りすか。」
佐倉が言う。
「馬鹿野郎、お前と塚島は割り勘だ。遅いからチョンファは自転車を俺の車に載せろ。俺の家も前橋だからな。送っていく。」
「押忍、ありがとうございます。」
そうして、道場から程なく歩いた所にあるお好み焼き屋を訪れた。
「佐倉と塚島は試合もないしビールか?俺も代行で帰るとするか。チョンファは?」
「じゃあコーラを」
「なんだチョンファ、酒ものめねえのかよ。俺と塚島なんか学校でも飲んでたぞ」
佐倉がニヤつきながら言う
「じゃあ、一杯だけ…」
俺がそういうと、三人ともおーー、と声をあげる。なぜか田舎の大人というのは子供に酒を飲ませたがる。
「今日は歓迎会だ。徹真も桜獅館も関係ない。チーム群馬で徹真の全日本を獲るぞ。」
押忍、と言いながら四人で乾杯する。
塚島がお好み焼きを8枚ほど頼む。見た目通りの大食漢だ。
そして、空手の話
佐倉と塚島の暴走族時代の話
松下の現役時代の話
色々な話を聴かされた。
俺は飲み慣れないビールをもう一杯飲む。
楽しい夜だった。
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