「貨幣と活字」💚上海故事~Shanghai Story~💚
写真はおととしの夏、上海の街中での朝ごはん
左・生煎饅頭 右・餛飩
中国・上海市に住んでいたことがある。
その後も定期的に行っているが、昨年からストップしている。
中国では、1995年まで、貨幣が2種類あった。
中国人が使う「人民幣(RMB)」と、外国人専用の「外貨兌換券(FEC)」(通称外幣)である。
現在の中国は、現金などすっかり見かけなくなり、アリペイ(支付宝)などでピピっと支払いをするが、まだそんなものもなかった頃のお話。
当たり前だが日本円をそのまま使えないので、銀行やホテルで、
外国人専用のお金、外貨兌換券(外幣)に両替してもらう。
外国人は「人民幣」に両替してもらえないのだ。
「外貨兌換券(外幣)」と「人民幣」の額面価値は等価だが、大きな違いがある。
外幣でしか買えない外国製品などがあるため、外幣が欲しい中国人が多く、闇両替人が出没するが、あやしい人が両替をしているわけでもない。
一般的に、外幣の、およそ1.5~1.8倍の人民幣と取り替えてくれる。
ウンと言わないと、ありがたいことに、もうちょっと上乗せしてくれる。
普通に暮らすには、人民幣に両替してもらったほうが断然お得なので、
たまに両替してもらうこともあった。
しかし、外国人の私は、人民幣では払えないこともある。
規模の大きなお店は、レジが「外国人用」「中国人用」に分けられている。
一度、自分で人民幣で支払いをしてみたいと思い、ケンタッキーフライドチキンに行った。
🎈分けられていない店では、普通に人民幣で買い物をしていた。
人民幣支払いの方のカウンターに行き、上海語で、
「チキン○ピースとコーヒー○個」と注文する。
普通語(プートンホァ=北京語・標準語)で話すと、中国のどこの田舎の人?と思われてしまうので、上海語で話した。
カウンターのおばさん、私をチラっと見て、黙って外国人専用カウンターを指さす。
「私、上海人よ(サンヘィニンヤ)」と言うが、相手にしてもらえない。
「你是日本人(あなた、日本人よね)」
………。
ペラペラではないけど、上海の3歳児と同じくらいは話せるのよ。
しばらく応戦したが、負けた……。
貴重な外幣を、つまらないことで使う訳にはいかないのだ。
訳あって、日本円をたくさんは持っていなかった。
お金がないのではなく、手持ちの「円」がないのだ。
当時、日本に帰る選択肢はゼロに近かった。
日本円が恒久的に手に入る保証もない。
円がなければ、外幣が手に入らない。
領事館でのビザの延長等、各種手続きには人民幣が使えない。
飛行機・船のチケットも、人民幣では買えない。
その他で困ることもあった。
「必要」かと言えば、そんなものはなくても生きていけるのだが。
当時、日本の新聞・雑誌は、数日遅れの物がホテルで買えた。
人民幣は使えない、外幣でしか買えない。
しかも、日本で買うより数段高い。
貴重な外幣で買ってはならなかった。
月刊 中間小説誌
街中の大きな書店に日本語の本はあったが、売っている本ときたら、
「美空ひばりのなんとか」だの「イタリアの〇〇家の家系図」だの、
まともな本がない。
人民幣は使えるが、とにかく高い。
それでも、知りもしないイタリアのなんとか家の、家系図だけが延々と書かれたものを、真剣に読んだ。
おもしろいおもしろくないの問題ではない。
切実に、日本語の書籍を欲していた。
普段は、日本の小説家の作品を、中国語に訳した本を買っていた。
たいていは既に読んだものだったが、他にないので仕方ない。
中国語の読み書きは問題なく、スラスラとまではいかなくても、
スラスくらいには読める。
中国語なので「ひらがなが ない」というだけで、漢字は書いてある。
でも「日本語ではない」のだ。
もともと1日1冊以上読んでいたのに、これはもう苦行としかいえない。
決しておおげさではなく、一種の刑罰でしかない。
ある日、ビザの更新かなにかで上海領事館に行った。
待っている間、心地よいソファーに座りあたりを見回すと……。
日本語の本!!
あの中間小説誌が、いくらかボロっとした感じではあるが、マガジンラックのすみっこで、私を見つめていた…………。
さて、ここでじっと考えた。
ここを出る時間は刻々と近づいている。
言わなきゃ。
勇気を出さなきゃ。
恥ずかしいとか、言いにくいとかはもう言ってる場合ではない。
読みたい!!!
心臓はドキドキを通り越して、ドスンドスンと音を立てている。
「言うは一時の恥、言わぬは一生の恥」という諺もあるではないか。
いや、違うから、それ。
手続きが済んだあと、顔見知りの男性の職員(恐らく上の方の人)に、
「あの雑誌、もし差し支えなければお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、どうぞどうぞ、もう読んじゃったので返さなくて結構ですよ。
お持ちください。日本の雑誌や新聞、和平飯店で売ってますよ」
……知ってるよ。買えないから言ってるのよ。
そんなこと言われちゃったら、次回はもう借りられないじゃない……。
うれしいけど、次はもうないんだと言う、気落ちもするような複雑な気分で、その雑誌をいただき、帰った。
……………読んだ。
一字一句もらさず、ていねいにていねいに、繰り返し繰り返し。
広告のページまでも。
「文豪が愛したお茶の水、山の上ホテル、おいしいお水を提供~~~」
その後しばらくして、
上海の街中の書店に河出文庫などが入るようになり、
刑罰の時は去った。
帰国後、神保町の山下書店や東方書店で
今度は中国語の本を買いあさるとは
予想もしなかった頃のお話
💚上海故事~Shanghai Story~💚
ー不定期で続きますー
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