見出し画像

俺と同じ業を、生きて下さい。

「俺とこの先同じ業を生きて下さい。美咲さん」
サークルの打ち上げの二次会で、大学入学以来の後輩にサングリア片手に言われて、普段なら聞き流せるのに、とっさに何も言えなくなった。

彼──竹井くんは出会った当初、やたらと骨格はしっかりなのに体が薄く頼りなさげで、口数も多くない上に人見知りだった。まず目立たなくて、ワイワイ騒ぐよりも1人で飄々と飲んだり動き回ったりしてるタイプ。

好きになるのが話し上手でニコニコした「よく笑う太陽みたいな人」人がタイプだった私にとって、まあ完全なるノーマークだった。竹井くんって太陽ではないし。むしろ月って感じ。

そんな彼が、単なる先輩の、サークルしか接点ない私に?同じ業を生きろって?これから先って?え、もしかして結婚とか?
ないないない。恐らく。

出会いというにしても、不本意極まりなかった。
5年前のサークルの、夏休み前の打ち上げの日。
竹井くんが話していた男の子の事がタイプだった私は、その子だけ連絡先聞くのは気まずく、彼とも連絡先を交換したのだった。ちなみに本命の彼からは結局振られたんだけど。

竹井くんのことは、(あ、思ってたよりも話せる人なんだ)ってくらいには思ったけれど。まず目が合わないし(なんかシャイ?)、同い年なのが分かっても敬語だしで、変に古風というか……

ぶっちゃけ固いな〜という印象を受けた。服も真っ黒なジャケットに暗い灰色のカットソー、靴まで黒で地味な上にかっちりしてたし。

その後、竹井くんとはよく顔を合わせるようになり、LINEでも話すようになった。
彼が私を呼ぶ時に使う「美咲さん」っていうさん付けと、ですます調の敬語は5年間変わらずなわけですが。あ、あと必ず毎回最初に「お疲れ様です美咲さん」ってのが付くことも。
LINEっていうか、ここだけ文通よね。

私と竹井くんは「先輩と後輩」だけど同い年で、後から誕生日も近い事が分かった。
2人とも天秤座で、血液型はAとB。なんとまあ、合わない組み合わせだわ……って思った。それか口に出したかもしれない。彼は「僕は占いとか信じないんですけど」って、ハニカミとも苦笑いとも言えない表情をしていた。

彼はと言えば、ここ数年筋トレに打ち込んでいたらしく、3年前に会った時はシルエットが様変わりしていた。髪色が明るくなり、服も自分で選ぶようにしたそう。カッチリさは全く抜けていなかったけれど。

「僕、柄物とか分かんなくて。でも、外国のアーティストみたいにカッコよく着こなしたいんです。シンプルめのが欲しいんですよね。」とか、
「出来れば黒か白で、値段はそこまで張らないのがいいなあ。美咲さん、どう思いますか?」とか言いつつ、服の写真を見せてくる。

不思議。
ちょっと前まで「服ですか……知らないうちに母が買ってくるから、ブランドとか全然知らなくてすみません。」って言っていた「垢抜けない竹井くん」の面影はどこへやら。

何だかちょっと寂しくなってしまった。
聞くところによると、何人か彼女も居たらしい。ガラッと印象が変わったのはそれかしら。

誰かと長く知り合っていると、
「こうも人は変わる」
「変えられないものがある」
という、『二面性』を目の当たりにする。
良くも悪くも普遍的な反応だと思う。
竹井くんも私もそうだけど。
人は誰しも、付き合う相手の趣味や好み、考えを無意識に(もしくは部分的に)受け入れている。
例えば、誰かと付き合った時に
デートスポットを慣れない手つきで探したり、
心をこめてプレゼントを用意したりするように。
例えば、スポーツや勉強に全力で打ち込んで、
心と体のあり方もおのずと変わってくるように。
自分が出会ってきた「誰か」の
口癖や仕草を通して、自分が話しているように。

そんな私は、何人かとお付き合いしつつ
お別れもしつつ、趣味や嗜好も相変わらず。でも確かに、誰かに対しての思いの伝え方や感じ方は変わったのかもしれない。ないかもしれない。

それからは特に連絡を取り合わなかった。
私が就職活動を本格的に始めたのと、竹井くんがインターンを始めた時期が重なったのもあり、
彼が他県に居ることをFacebookで知った。

昨年やっと互いのスケジュールが落ち着き、
私が友達の集まりに竹井くんを誘った時のこと。

竹井くんはその時何冊か分厚い本を持っていて、そこには「占星術」「星座のつながり」「天体とハウス」みたいなワードが並んでいた。彼が以前信じていないと言った占いにハマって、なおかつ熱心に勉強していることが衝撃的だった。

その時は、私の天秤座の説明と、人の持っている星座は他にもあると彼が教えてくれて、月星座?ふーんカワイイという感じで終わった。あとは、丸い円──大きな1枚のピザみたいに部屋が分かれたホロスコープ(って呼ぶらしい)ものがあることも教えてもらった。車輪みたい。

1から12までの12部屋があり、それぞれ人生に影響を与えるらしい。くるくる回って目が回りそうなくらい、ポツポツと色んな記号が並んでいる。私は、もしも怪しいものだったら……と半信半疑だったので、つい身構えてしまった。

「このさあ、天王星?ていうんだっけ、何かフォークみたいだね、こっちの太陽?は何か目玉焼きみたい。へえ、これ全部覚えてるの?うっそお」
「え、これはこれは?火星?Mars?」と私。

「それは全て名前と役割があって、一つ一つは天体です。並び方を天体の配置って呼んだりもします。フォークよりもツノですね、見た目。美咲さん、こういう基礎が1番大事ですよ。ちゃんと聞いてます?」と竹井くん。

ハーイ、と私。
ふむふむ、こんなに饒舌な竹井くんはお初だ。
それに、仕組みを説明されたらそういうものって飲み込めた。教えるモードの時の竹井くんは、
ほっといても話してくれるからラクである。
夢のある勉強だな、と微笑む私。

マイブームである「占いとはなんたるか」「どう使うべきか」を話す時の竹井くんは、珍しくイキイキとしており、楽しそうだった。
竹井くんって笑えばえくぼが出るのに、もったいないなあと私、ひとりごちる。

「いきなり言われても、はあ?って感じですよね。最初は分からないのが当然です。」「もう少し説明出来るようになりますね。俺頑張ります。見ていてください。」と語る彼の、主張に反して淡々と読み上げる口調とのギャップにツボったため、後半はあまり覚えていない。

終始真面目モードな彼は、キュッとしかめっ面をするのが面白い。竹井くん、ここからぐでんぐでんになったりふにゃふにゃになったりする事ってあるんだろうか?と想像する。

話を聞きつつ、考えていたこともある。
竹井くんはそんなふうに唐突に、ガラリと自分の考え方や好みを変えてしまう所がある。
一度コレと決めたら早い。
躊躇わず学び、直す。磨く。磨く。磨く。
「山篭り」とか「鍛錬」って言葉が
しっくりくるレベルだ。ほんと、いつの時代よ。

のほほんと友達に合わせて過ごす「ザ・事なかれ主義」の「争い痛いのムリ絶対」な私からしたら対照的で、彼の姿は「凄く羨ましい才能」として映った。

何かに長け、さらにそれを極めるタイプの人は、それだけ道中で壁にぶつかる人だ。
数ある衝突や研磨を繰り返しながら、
「いかに余分なものを手離し生まれ変わるか」
に価値を見出すタイプだからだ。
『努力し続ける事こそコスパが良い』だなんて、言葉が足りないにも程がある。
なんてリスキーで、なんて果敢なんだろう。

という訳で、それを成し遂げた竹井くんはもう、本物のスーパーマンである。一人で居ることに、何らネガティブな気持ちを抱かない。あくまでも目の前のタスクをこなす。次々とこなし続けて、ある時一山築く。

要するに彼は「孤高の探検家」であり、
あるいは「地に足の着いた空まで飛ぶ人」
であり……彼自身というだけで、もう強いのだ。

そして何より、彼はルーティンに強い。
たった一人で目標に向かって歩む彼の姿は、
私には到底真似できないものだった。
たとえば登山やトレーニング。
地味だけど数をこなす必要のある雑務、とか……


ある時竹井くんに秘訣を尋ねたところ、
「美咲さんもいったん習慣にすれば出来ますよ」「毎日やればいいんですから」と、ケロッとした顔で言われたことがある。

そもそも普通の人はソレ、出来ないのよね。
途方もない距離を、あたかも
「毎日の散歩」ですよ〜という顔をして、
サラリと歩くことの不思議さ。
何かを毎日すると決めて、実際にこなせる
継続力のなせる集大成であり、真骨頂でもある。
何より、そこに疑問を抱かない素直さもある。


ジコケンサン?て言うんだっけ。
自分で黙々と進めて成果を出すこと。
それがもし私だったらすぐに寂しくなって、
耐えられない。きっと泣いてしまう。
なんならSNSで弱音吐く。トホホ……

筋トレのルーティンから始まり、
生活リズム、好きな服の種類と素材まで……
他人である私ですら暗記するレベルで
変わらないのに。他の人の助言ひとつじゃ、
頑として変えないのに。

肝心な見方や感じ方みたいな
「こころの内側にそびえ立つ氷山」の
「海の中に隠れた真髄の部分」を、
竹井くんはいともたやすく
「溶かして」、「再び築いて」……ついには、
そっくりそのまま覆してしまうのだった。

こんな人となら、飽きずに長い時間を過ごせそうだなあと思ったけれど。竹井くんは悲しいかな、完全に後輩ポジション。私の好みは年上なので、改めてここはノーマーク。

と、なんやかんやで時は過ぎ、今年の夏のこと。
いちばん初めの『ドッキリ告白事件』に戻る。
私は「言ってる意味がわかんない。ていうか……業を生きるって何?竹井くん。もったいぶらないで教えて!」と、食い気味に詰め寄る私だった。我ながらオトナゲない。

竹井くんは、いつもの「いやその通りですよね、すみません」も、「びっくりしますよね。ごめんなさい」も言わなかった。「はい。説明させてください。」とだけ。

私はまじまじと見つめてしまった。
やけに意志の強そうな太めの眉、鋭利な
黒曜石に似た瞳、キッと結んだ血色のいい唇。
ワイングラスがぽきりと折れそうな、大きい手。

モサモサと伸びたままのキノコ頭から
変えたらしい、切りっぱなしのセンターパート。
横は綺麗に刈り上げてある。あれれ?
今日の彼、整っている。
変に迫力があるせいか、イタズラがバレた時の
猫の如く、私はその場で座り直してしまう。

そこで竹井くんは説明を始めた。
前に話してくれた「ホロスコープ」っていうものの12番目の部屋に、引っくり返したスマイルみたいなマークがある。逆Uの字みたーいと茶化した私に、ドラゴンヘッドですよ、と竹井くんの真面目なツッコミが入る。

これがどうやら私と竹井くん、「一緒の場所」に、「ピタリと重なるように」あるらしいという事だった。そこは見えない業──カルマ──を示す部屋でもあるらしく……なんだか怖い。

彼の静かな喋り方もあるせいか、その場の空気がオカルトみを帯びてきた。「重なるという場合もありますし、正確にはコンジャンクションって言います。合とも呼びます。」と彼が続ける。

コンジャンクション……てことは結合?
ナニソレ、と私は脳内で直訳しつつ遊び始める。結合、接続詞、「合」の字から連想して会合っていうのもアリかな、なんちゃって。

「美咲さん、今ボーッとしてませんでしたか?」と竹井くん。「え?してないしてない。合でしょ?ゴウ」と慌てて追いつく私。フーン、と目を細める竹井くん。あーあーあー、サングリアの味しないんですケド。

ふと気づくと、私たちは二人きりだった。
私は話を聞きつつ、ぼんやり思った。竹井くんは熱弁するけれど、ソレが「重なった」として何だっていうんだろう。話は難しいし。

何人も同じ「重なり」を持つ人なんて、
ごまんと居るだろうに。血液型や干支もそう。
隣を歩く人が偶然、たまたま同じブランドの
バッグを持っていた……的な、
よくある話じゃない。あ、竹井くん
寝癖ついてる。真面目な顔しちゃって。

上の空な私を、竹井くんが現実に引き戻す。
「で、俺と美咲さんはほぼ天体の配置が同じなんです。ドラゴンヘッドが12ハウスで重なるし、リリスと6ハウスに持つ天体も同じなんです。」

はい?ハッキリ言ってちんぷんかんぷん。
え、あのピザの切れ端ってハウスって呼ぶわけ?リリ……え?魔法少女の名前みたい。ドラゴン、ねえ……ドラゴンよりかは鎖じゃない。

竹井くんからの情報がドドドドッと流れてきたせいか、何杯目かのサングリアのせいか、頭の中がはてなマークでパンクしそう。寝そう。
ええい、まだるっこしい。

「ストップストップ。要するに、何がその業を生きるってことなわけ?肝心のアンサーを私に教えてくれないじゃない。で、なに?あなたはどうしたいの。」と私。途端に無言になる竹井くん。

こういう無言ってめちゃくちゃに気を使うから苦手なのよね。フォローしてあげるか。

「12ハウス?てところで重なるって貴重なのね?そしたらそれをどうして教えてくれようとしたの?竹井くん、他に何か言いたいことあるんじゃないの?」「ほら、そんなに急に無言になったら心配しちゃうからさ、私。」
……この子は案外、手のかかる子だわ。

そこで竹井くんは、12ハウスが「目に見えないものの流れやそれ自体を司る」ものだ、と噛み砕いてくれた。「気の流れ」や「エネルギー」に関するところらしい。何だか面白い。

じゃあ勇気、元気、インスピレーションってのもエネルギーだねって言ったら笑っていた。
で、私はまだ答えを貰っていない。

「で、竹井くん。スピリチュアルっぽさの頂点〜みたいな部屋の説明はもう十分伝わったからさ、ところで結論は?」

「あっ美咲さんすみません。俺は単純に、すごいと思ったんです。お互いの持つ天体が重なるって奇跡だから。それにこんな、俺なんかの話に乗ってくれる美咲さんに教えたくて。」

「うんうん。そうね、あなたの熱量からして納得のいくレアさってのは分かったわ。」

「はい。その通りです。あと俺前から美咲さんのこと好きだったので、お付き合いしてくれませんかって言うための時間稼ぎです。」

最後まで聞かないうちに、私は氷が残るサングリアのグラスを握りしめてしまった。

うっそでしょ。
今までに教えて貰ったホロスコープやら、星座やら、今ので飛んじゃいますけど。嘘です、良さは凄く伝わった。焦って沈黙を破る私。

「ええっと、それは、私が応えなきゃね……それにしても竹井くん、いきなり同じ業をなんたら〜っていうのはビックリするよ。はは、私が驚いて逃げるタイプじゃなくて良かったね。」
告白は嬉しいけど、人の目を気にして変な返し方しか出来ないんでした、私。

「はい。美咲さんなら最後まで聴いてくれるのを知ってたので。という訳で俺はこのまま、美咲さんからの返事を待つことにします。とりあえずはお代わりでも頼もうかな。」と竹井くん。

なーんか彼、口元が緩んでいる。
持ち前の刺すような、探るような目で私のことをチラッチラッと見てくる。何よ。

まあまあまあ。悠長にスマホのアプリで「お得なポイント還元率まとめ」なんて見ちゃってまあ。私があまのじゃくな事を分かった上で、あえて言う時の顔だ。彼、仲良い人に意外といじわるするタイプなのよね。まあいいや。

返事自体は、ひとまず待ってもらうことにした。その場のノリだと思われてもあれだし、酔ってて嘘でしたなんて言われたら気が動転する。

そのあとは近況報告と、お互いの好きなアーティストの共有と、「もう働きたくないねえ」「全くです。って言うだけですけど。」「この流れいつもよね。」なんて言いながら過ごした。

ラストオーダーも終わって、どちらからともなくお会計を済ませる。二人揃ってご馳走様でした〜と言って店を後にしつつ駅へ向かう。

竹井くんは執事も驚くジェントルマンさながら、(使う路線が違うにもかかわらず)律儀にお見送りをしてくれる。いかにも彼らしい。
今日はありがとう、また今度ね……とメッセージを打ちながらふと思う。

コレってもうイエスって言ってるようなもんじゃない?あれ、そうなのかも?あれれ?
書いて消してを繰り返し、どうにか薄目を開けてエイっと打ったが最後。未読。
そういえば彼、早寝早起きなんだった。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?