群青

短編連作小説をいくつか走らせています。

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短編連作小説をいくつか走らせています。

マガジン

  • もの語り

    「もの」の視点で語られるショートショート

  • 田中さんのひとくち

    田中さんが飲んだり食べたりするお話。

  • 狐と狸の和気あいあい

    訳あり狐と狸の女の子がルームシェアしながら人間社会で生活していく話。

  • ボクとコムギのさんぽみち

    おしゃべりなぬいぐるみとお散歩に行くお話。

  • kawaiiを享受したい

    「かわいい」に強烈な憧れとコンプレックスを抱きながら生きる女の子のお話。

最近の記事

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ただ合わなかっただけ

 最近、古本屋に行くのが楽しい。  気になったタイトルを見つけたら手にとって表紙を眺める。食事をテーマにした小説が好きなので、食べ物がタイトルに入っていると高確率で目に留まる。表紙に美味しそうな料理が描かれていたら嬉しくて仕方ない。買い物かごに入れて別の本棚をチェックしていく。  少ない予算でたくさんの物語と巡り合えるのは有難い。面白かったら同じ著者の新作を新品で購入する。ちゃんと好きな作家さんを応援する気持ちだってある。古本屋はきっかけに丁度良い場所だ。  ただ、古本屋に

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ただ合わなかっただけ

マガジン

  • もの語り
    1本
  • 田中さんのひとくち
    4本
  • 狐と狸の和気あいあい
    4本
  • ボクとコムギのさんぽみち
    2本
  • kawaiiを享受したい
    2本
  • エッセイ
    15本

記事

    リュックサック

     初めてのお仕事は、おきがえとタオルを運ぶこと。  れんらく帳は一番上の小さなポケットに入れて、ボクよりも小さな背中におんぶされてたんだ。  しばらくすると、小さな背中は少しだけ大きくなった。  ボクの仕事はなくなった。  真っ黒でピカピカのアイツが、教科書やら筆箱やら詰めて、毎日キミにおんぶされている。  勉強机のイスにぶら下がっておるす番はあきたよ。  またキミとおでかけしたいな。  ある日の夜、キミはボクの口をいっぱいに広げて、ビニールシートを入れた。それからポケ

    リュックサック

    ガラスのコップ

     私は結婚式の引き出物としてこの家に来ました。  持ち主の名前が刻まれているので、基本的に他の方は使いません。  明るい。引き出しが開いたみたい。  手が伸びる。私を掴む。最近は出番が多くて嬉しいです。  ガシャガシャと音がしたと思ったら、カラロンと氷が身体の中に入ってきました。中が冷えると部屋の空気が余計に暑く感じます。ガラスの肌に汗が垂れていきます。  持ち主は近くにあった布巾でサッと私を拭いて、トクトクトクッとお茶を注ぎました。いい香り。今日はアップルルイボスですか。

    ガラスのコップ

    第3話 ネイルオイル

     指先に痛み。右薬指の腹にすーっと赤い線が走っていた。商品に血がついてしまっては大変。滲む前にエプロンのポケットから絆創膏を取り出す。  本屋で働くようになって、指の水分が紙に持っていかれるので、常に乾燥に悩まされている。ひどい時は今日みたいに切れてしまうから、絆創膏が欠かせない。 「こればっかりは仕方ないよね」  仕事帰りのドラックストアで独り言ちる。無香料タイプのハンドクリームと絆創膏をカゴに入れてレジへ向かった。  途中、ネイルコーナーの前で思わず立ち止まる。

    第3話 ネイルオイル

    第4話 親子丼

     帰宅して早々玄関に座り込む。  今日は疲れた。雨のせいなのかダルかったし、週末はお客さんが多くて、いつもより忙しかった。  こんな日は栄養なんか二の次。今食べたいものを食べるのが一番。自分の心に「ご注文は?」と問いかけてみる。  卵が食べたい。卵焼きじゃなくて、もっと緩くてトロトロの卵。でも卵かけご飯じゃ物足りないかも。それなら── 「親子丼だな」  そうと決まったら、気が変わらない内に動き出す。  勢いよく立ち上がり、トートバッグをソファに投げて、キッチンへ向かった

    第4話 親子丼

    第2話 コインランドリーとふたり②

     コインランドリーの駐車場は、雨ということもあって混んでいます。運よく1台分のスペースが空いたので、滑り込むことができました。 「奈子の日頃の行いが良かったからだね」 「お役に立てて光栄です」  傘を差しながら、えっちらおっちらと布団を運びます。猛烈な熱気にお花の香りが混じっています。柔軟剤の香りでしょうか? 店の外壁を見るとダクトがいくつもあって、そこから噴き出しているようです。  自動ドアを潜ると、店内はちゃんと冷房が効いていました。いつもならこういうとき、はぁ~涼

    第2話 コインランドリーとふたり②

    第2話 三拍子

     しとしと雨の中を歩く。ガードレールの足が一本、また一本と通り過ぎるのを眺めていると、思い出すことがある。 「小学生の頃、朝は姉ちゃんと一緒だった。お母さんが一緒に登校しなさいって言ったから。でも、姉ちゃんは仲の良い友だちとおしゃべりがしたかった。弟の面倒なんて嫌だったんだよ」  独白のようなボクの言葉だって、ポーチの中の君は聞いてくれる。だからボクはそのまま話し続ける。 「ボクは姉ちゃんの友だちにいっぱい話しかけた。姉ちゃんは生意気だって思ったみたい」 「人の友だちを

    第2話 三拍子

    第2話 フレークシール

     可愛いものを身に着けるのは緊張する。だって私には似合わないから。  気の良い友人はその話をする度、「誰かのためじゃなくて自分を上げるためにやるんだよ」と言う。  理屈はわかる。でも、難しい。  少なからず生まれ育った家庭環境に原因があると思う。人のせいにするなんて自分でも卑怯だとは思っている。でも、私がそう感じていることは紛れもない事実だから。  兄と弟は、私が可愛いものを手にする度、私をからかった。家はいつもお金に苦労していた。それなのに「女の子だから」という理由で新

    第2話 フレークシール

    第3話 デラウェア

    『みるくに食べてもらいたいから』  休憩中に届いたメッセージに顔がほころぶ。送り主は大学の同期であり、今も変わらず交流のある友人だ。  その夜、友人は仕事帰りにわざわざ私の家に寄って、葡萄を届けてくれた。無性に葡萄が食べたくなったけど、一人で食べるには量が多かったらしい。  ビニール袋の中を見ると、一房のデラウェアがいた。葡萄と聞いていたから勝手に大粒のものを想像していた。いや、友人は間違っていない。ただ私が頭の中でデラウェアを「葡萄」ではなく別のカテゴリーに分類していた

    第3話 デラウェア

    第2話 コインランドリーとふたり①

    キャラクターの紹介はこちらからどうぞ。  ◇ ◇ ◇ ◇  山を下りて人間のように生活し始めてから、雨が憂鬱になりました。  梅雨の時期は、特にお洗濯が大変です。突っ張り棒を駆使して部屋干しされた洗濯物たち。エアコンを除湿モードにしてサーキュレーターを使っても、晴れの日のようなカラっとした渇き方はしません。  節約のためエアコンをつけるのは居間だけ。いつもは自室で執筆する梨花ちゃんも、この時期は居間にノートパソコンを持ってきてカタカタとさせています。  コーヒーのおかわり

    第2話 コインランドリーとふたり①

    第1話 ビニール傘

     6月、梅雨到来。今日も雨が降っている。それでも、毎日散歩は欠かさない。散歩はボクの生活の大事な一部だ。  レインシューズにはこだわりがある。爪先を滑り込ませるだけで履けるものがいい。だから流行りの靴紐タイプはなし。色はどんな服にも合わせやすい黒。ちょっと高かったけど、色々見てから買ってよかったと思う。大切に使っていきたい。  あと、傘にもこだわりはある。ビニールタイプで周りが良く見えるもの。こちらはコンビニなんかで買える安価なものでもオッケー。どこにでもある傘だとお店の

    第1話 ビニール傘

    第1話 パウダーコンパクト

     私、早乙女桃(さおとめもも)は、可愛いものが好きだ。ふわふわで、カラフルで、まんまるころんとしていて、見ると心がキュンとするものが好き。  ただ、それが似合うかどうかは別の話。 「……でけぇ」  すれ違った男性の呟きが嫌でも耳に入ってしまう。気の良い友人が隣にいたら、「無視すればいい」と言ってくれただろうけど、コンプレックスというのはそう簡単に拭えるほど甘くない。  中学で死を覚悟するほどの成長痛が私を襲い、18歳となった今では185センチとなっていた。しかも学生時代

    第1話 パウダーコンパクト

    第2話 博多ラーメン

    「お好きな席へどうぞ〜」  店員は食券に素早く「かため」と書き込んで、厨房のスタッフに向かって元気な声で注文を復唱する。  昼時には少しだけ早い時間帯ということもあって店内はガラガラだった。でも、おひとり様という己の身分を弁えてカウンター席に座る。  重ねられたコップのタワーからひとつだけ抜き取り、お冷を注いだら、もうやることがなくなってしまった。ラーメンが来るのを待っている間、濡れたズボンの裾の水気をハンカチに吸わせてみる。  今年の梅雨はどうやら激しいみたい。傘を差して

    第2話 博多ラーメン