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第2話 フレークシール

 可愛いものを身に着けるのは緊張する。だって私には似合わないから。
 気の良い友人はその話をする度、「誰かのためじゃなくて自分を上げるためにやるんだよ」と言う。

 理屈はわかる。でも、難しい。
 少なからず生まれ育った家庭環境に原因があると思う。人のせいにするなんて自分でも卑怯だとは思っている。でも、私がそう感じていることは紛れもない事実だから。

 兄と弟は、私が可愛いものを手にする度、私をからかった。家はいつもお金に苦労していた。それなのに「女の子だから」という理由で新しいものを買ってもらうことを、兄弟は快く思っていなかった。
 投げかけられた言葉は呪詛のように、しっかりと私の深い部分に根を下ろした。その頃には兄が家を出て、弟が思春期で私と話さなくなったのだから、本当、皮肉なものだ。

 私は変わりたかった。
 可愛いを享受したい。可愛いが傍らにある人生を自分に許可したい。
 幸いにも、今の私は働いていて少しだけ自由にできるお金がある。それに、最近は誰にも見えないところなら、コンプレックスを気にせずに可愛いを取り入れられることに気がついた。

 例えば手帳。プライベートの塊。家族であっても覗き込んだりはしない。
 今持っている手帳自体はとてもシンプルで、黒のカバーに、中もシンプルなマンスリーとウィークリーのページが続く。
 そこに彩りを添えるのがフレークシールだ。安価で、種類が豊富で、自分好みのページにカスタマイズしていく過程に気分が上がる。チェーン展開する雑貨店や100均の文具コーナーでビビっと来た出会いを楽しみ、お迎えするのも嬉しいひととき。

 この日は仕事着用のシャツを買ったついでに、気になったお店をチェックしていた。
 先週まで空きスペースだった場所で、服と雑貨の両方を扱うショップが新たに営業を始めていた。明るい色の木材の棚に並んだ北欧のインテリア雑貨は、私の乙女心をくすぐる。
 おしゃれな店に入るのは緊張する。だけど、休日ということもあって人が多く、店員さんも忙しそう。話しかけられるのが本当に苦手な私にとって、これはチャンスだ。そろりそろりと憧れの空間に足を踏み入れる。

 アパレルコーナーは素通り。サイズがないのはわかっている。185センチの身体を縮こませながら、本命の雑貨コーナーへ。
 柔らかい色のモビールは微細な空気の流れを汲み取って回り、ターコイズブルーの食器と木製スプーンはうっとりする手触りをしていた。大変盛り上がって参りました。
 高鳴る鼓動を胸に抱きつつ奥へ進むと、隅の棚にミニ便箋があることに気が付いた。もしやと思い、私はその近くの回転式の棚を見る。

 あった、フレークシール!

 しかもカップやティーポット、ホットケーキ、チュロスなどの飲み物や食べ物がクレヨンタッチで描かれている。私は食べ物系の可愛いにとことん弱い。これはもう買いの一択だ。

 意気揚々とレジへ向かう。底抜けに明るい店員から会員アプリの登録を勧められて、しどろもどろになったけど、何とかお迎えすることができた。

 家に帰って、早速封を開ける。
 青空色のマグカップのシールを摘む。フィルムを剥がして、手帳の右下に貼ってみる。
 いつか本物の青空色のマグカップでお茶をしてみたい。臆病者の密かな野望は尽きない。

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