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30歳になる頃、人生で初めて高級革靴を買った。英国を代表するブランド”クロケット&ジョーンズ”。黒革の鈍く光る様子や、しなやかな履き心地に魅了された。

さすがは高級品。10年履き続けても色艶はまったく衰えない。しかしついに、甲の履きジワがひび割れてしまった。これで最後かもしれない。覚悟を決めて修理品を受け取りにいく。

お店に着くと、50歳ほどの男性職人が、伏し目がちにボソボソ言いながら渡してくれた。すぐに確認・・・やっぱり割れたまま。
「もう寿命ですよね?」。諦めをつけるつもりで訊いてみた。すると職人は、無言で靴を手に取り細部までじっくり眺めると、突然、ぱあっと少年のような笑顔になった。
「まだまだ履けますよ。イギリス靴はここからがしぶといんです」。
私の靴は、靴職人が笑顔になる靴だったんだ! 何だかとても誇らしくなる。

そして私は、今もクロケット&ジョーンズを履いている。ひび割れを見るたびに、この靴を買った喜びを噛み締めながら。

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