たくやぐみかんぱにー

昭和の忘れ物                                     …

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昭和の忘れ物                                      https://lit.link/takuyagumicompany

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消費されるボクたちは

日常をザクっと切り取ってストーリーにして シェアしてライクして明日には泡と消える 日々を切り貼りして、切り売りして ボクたち消費ピープルが作ったカルチャーは カウンターカルチャーが現れて、いつかは廃れて 皆が忘れた頃にリバイバルされる デジタルの中の共鳴/エコーチェンバー 15秒のストーリーの連続が人生というならば あなたの見ているものはボクの1日の0.02%にすぎない 預金の金利以下のボクを見たところで なにがわかるというのだろうか 消費ピープル いつからかボクたち

    • 知らない街

      程よくゆるい夕暮れと温いビル風に押され ふらふらと歩いていると 幹線道路沿いの牛丼チェーン店から甘ダレのいい匂いがする 傍らを通り過ぎる車のエンジン音が心地よい 出張ではじめて訪れた街 人々の喧騒と少しづつ点灯するネオンが ボクの心を高揚させる 今日の仕事はすでに終わっていて ビジネスホテルに帰る途中 一先ず資料でパンパンに膨れ上がった このカバンを部屋に置いて 一息つけて散策したい 心なしか足取りは 半歩先を踏みしめている 知らない土地にひとりでいると とてもソワソワ

      • マヌカン

        思わせぶりな態度 そんなつもりはなかったけど そう言われてしまうと 妙に意識してしまう 寂しい時とうってかわり 忙しい時に限ってラインは渋滞 なかなか返信できずに 仲良かった関係性は重体 理想に変身できずにいた 青かった二十代 こんなはずじゃなかったなんて あとでいくらでも言えるのにね だれが悪かったとか 運が悪かったとか そういうことではなくて どれだけもがいて どれだけ叫んだかということ あの時は何も知らなかったんだ なんでもない日の 何でもない時に 涙が止まらな

        • 走り書きされたもの

          もう一度お逢いして、その時、いやならハッキリ言って下さい。私のこの胸の炎は、あなたが点火したのですから、あなたが消して行って下さい。私ひとりの力では、とても消す事が出来ないのです。

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        記事

          Little Happy

          幸せとは、人生において非常に貴重なものです。 どんなに大きな成功や財産を手に入れても 内なる幸せがなければそれは意味を持ちません。 しかし、現代社会では、ストレスやプレッシャー、 複雑な人間関係などが影響して、 日常的な幸せを見つけることが難しいものになっています。 そこで今日は、「ちょっとの幸せ」をテーマにエッセイを書きます。 「ちょっとの幸せ」とは、私たちが日常的に体験できる、 小さな幸せのことを指します。 例えば、朝日を眺めること、笑顔になってくれる人と会うこと、 気

          はんぶんこ

          ヤクルトはやさしさ半分とぎこちなさ半分 小さい頃はヤクルトのおばさんっていうのかな おばさんというのは失礼か もといヤクルトのおねえさんが ヤクルトを乗せたカートを押して 町内を周って配達していた ちょっと余分に在庫をもっているらしく 声を掛ければ道端で購入することもできた ヤクルトレディというらしいけど 生保レディとかレディ・ガガみたいでいやだな LGBT+Qの昨今はジェンダー符号がない方がいいと思う 子どもの頃は乳製品の甘いものに目がなくて ヤクルトもそのひとつだった

          マスターピース

          もし人に色というものがあるならば 自分はどんな色をしているのだろう 色彩は多種多様な人の内面と同様に数多の色が存在する 赤、黄色、オレンジ、緑、青、紫、黒 人が大まかにカテゴライズした括りでは表現できない程 現存するカラーコード以上に色は存在している 色は太陽光の反射が視界に入っているだけの現象 可視光線の範囲内でのお話しだ 太陽がなければそもそもボクたちは色を認識できない 色と人の相関性があるとして 人の色を決定づける媒体としての太陽は何になるのだろうか 耳障りの良い安直

          懐かしいけど新しいこと

          埃や土が春風に乗り舞う歩道 あまり使われていないと思われるだろう道は ボクの生まれ育った街ではちょっと違う 人通りが多い道ほど踏み固められて凍ってしまうので 凍結した路面に滑り止めとして冬の期間に砂利を撒く それが雪解けとともに砂利が残って 春風に乗って舞い上がる 雪国ならではの春の風情だ 年々ロードヒーティング施工された道が増えてきて 徐々に快適にな環境になっているものの 自然の猛威にはまだまだ太刀打ちできなく 昔ながらの砂袋BOXがあちらこちらに点在している 個人商店が

          懐かしいけど新しいこと

          息吹を込めて

          ほげほげと日々を過ごしたいなと願いつつも ちょっとセンチメンタルでナードな文章を書くことがエモいぜ なんて考えて気がついたら 自分の中の深淵と向き合っているなんて結構あること 目が合えばそこで足を引っ張られ 奈落の底に落ちてしまうか それとも一晩寝て忘れてしまうか 圧倒的に後者が逃亡者っぽくて好き 三十六計逃げるに如かずといったのは かの有名な兵法の孫子 ちなみに「ほげほげ」とは茨城の方言で満ち足りているということ 人は満ち足りた幸せを目にすることは好きだが 手前の端末にあ

          √-1

          こころの瘡蓋を剥がしては怪我してる こころの底から後悔してる こんなんじゃいつまでたっても治らないよ それでも、きっと、もしかしたらって信じて でも全然ダメで、それでも駄目で 今日も血だらけで転んでる 信じるものは足を掬われる 貰ったチョコはまだ残ってるよ 少しずつ食べて充電してる チョコで世界は平和になるみたいだけど 平和はあとどれくらい続きそう? なくなる前にあなたと仲直りしたい 渡してきたくせに お返しさせてくれないて どんな仕返し あたりまえで気がつかなかった 左

          忘れてしまうから

          ふとした時20年前のことを思い出した 偏に20年と言っても今のボクから言えば人生の約半分だから それなりにかなり昔のことなんだけど 不思議なことにすごく過去の事だと思う部分と ついこの間の事のように 現在も当時の気持ちのままの部分がある気がする 同じ時間軸で二つの感覚が共存するなんて 人の頭ん中の記憶や時系列なんてものは 案外適当で不確実なものなんだろうな 思い出すってことは 忘れていたからできることでさ ずっと覚えていることを思い出すことはなくて いつか思い出すために忘れ

          忘れてしまうから

          マイルストーン

          新生活とか謹賀新年とか引っ越しだとか そういう大きな節目じゃなくとも クラス替えだとか部署移動だとか いつもの定食屋のメニューが変わっただとか ボクは新しい環境に触れると ちょっとの不安と、どこか冒険しているみたいで 心臓のBPMは120オーバー 新しいこと 未開の地に歩みを進めることは 人類が太古の昔からパイオニアとして実践してきた歴史がある ホモサピエンスのDNAには道を切り拓いていく要素と 開拓モチベーションがあるんだと思う いざゆかん、ニューワールド ボクの名前にも

          たるる~

          言葉ってすべて二項対立なんだとさ フェルディナン・ド・ソシュールの構造言語学を学んでも 世の中の対立構造の中で戦っている人たちには響かないし 世界平和も環境問題もフェミニズムもどこか歪な部分が見え隠れして 正しいことが正義だとか、事実が全てだとか 真っ当な事を言っているようで何も言っていない人はたくさんいるし 見たいものを見て、言いたい事を言っているだけで 何と戦っているかわからないのに傷だらけの人を見て とてもとても残念な気持ちになります それもこれも「世の中あるある」の一

          あの日はドーナツのように

          いつからか年賀状は郵便局と保険会社からだけになって 年に一度の近況報告というものはFacebookにとって代わられ 日本の古き良き風習なのか資源の無駄遣いなのか よくわからない存在になってきたな 「あけおめことよろ」と8文字で済ます社交辞令 短縮言葉が盛んに使われるのは 情報化社会の影響でボクたちの周りに情報が多すぎるから 言葉も圧縮ファイルにしないと日が暮れてしまう いつのまにかプリントゴッコのCMも見なくなった 現代ティーンは自宅で版画の要領でインクで年賀状を 作ってい

          あの日はドーナツのように

          grace trip

          人生の最後に見ると言われている走馬灯 人は最後の瞬間に人生の振り返りをするわけだ 人生はスポットで見れば悲劇、ハイライトで見れば喜劇と云ったのは かの喜劇王チャップリンだ すべての人は最終的に喜劇で幕を閉じるらしい ただ、人生の多くを構成するのは 走馬灯で省略されるシーン達なわけで そう思うと何をもって人生を人生と呼ぶのか 最後にもう一度見ることができない日常を ディレクターズ・カット版として 見つめることはできないものか フォーカスを当てるのは足元でいい 忘れていたあの

          ナラティブをもう一度

          紫煙を燻らせながら過去を思い返すと ふと当時にタイムスリップするんだ 風景や声、そして出来事、さまざまな想い ゆっくりと時間をかければ、それなりに思い出せる 過去の記憶に浸るうちに その時の自分と一体化したような感覚になって 懐かしいなと思う気持ちの右隅あたりに 消えてしまっていたはずの感情が芽吹き始める まるで忌野清志郎もびっくりの デイドリームビリーバー 遡れる過去があるということは 生きてきた証拠 ただひとつ不思議な点が 過去の映像が上から見た鳥瞰的な第三者視点

          ナラティブをもう一度