教習所に9ヶ月間いた俺が、免許取得までの道のりを説明する【番外編】
その日は何てことない、就活用のスーツを受け取りに洋服屋のA店に足を運ぼうとしていた火曜日の昼下がりのことであった。
流石に自転車でスーツを運ぶのは少々億劫であった為、私はこの日のために秘策を用意していた。
その秘策とは、登録しているカーシェアリングの車でスーツを受け取りに行くという大技のことである。
何を隠そう、私はこの時既に免許を取得していた。つまり、公道を一人で走ることが許されていたのである。(今にして思えば、子供に核ミサイルのスイッチを持たせるような暴挙であるが)
(私の教習生時代については、上記URLに詳しく記載)
鼻息荒く軽自動車へと飛び込むと、私は車のキーを刺した。
シートベルト、サイドミラー、バックミラーと一通りの確認済ませ、
「いざ行かん!」とアクセルを踏むその直前に、ここで一つ大きな問題が発生した。
足で踏むサイドブレーキだけが、一向に外れないのである。
↑こういう奴
可能な限りの力で踏みつけては見るものの、ペダルは大仏のように重く、ビクリとも動く様子はない。
いかに私がC級ドライバーと言えど、これが車の整備不良であると言うことは想像に難くなかった。
数ある中で、なぜよりにもよってこのパーツなのかという疑問は置いておきながら、ダッシュボードからマニュアルを取り出し、一通りトラブルシューティングを図ったものの、解決する見込みはない。
どうしたものか。
困りあぐねていた所、そのマニュアルの端にサポートセンターへの電話番号が記載されているのが視界に映った。
私はその一縷の望みに懸けることとした。
第一ラウンド
TeLLLLLL…
業者業者「はい。○○コールセンターの者です。本日はどのようなご用件でしょうか」
私「すみません、お宅のn番の車で外出しようとしているのですが、サイドブレーキが外れないのです」
業者「なるほど…それでは少々お待ちください」
そう言い残すと、電話越しの彼は保留を押し、車内に『エリーゼのために』が響き渡った。私はため息をついた。
実はと言うと、私はこのコールセンターという代物があまり得意ではない。というか、正直好きではない。
理由は主に二つ。
①困っている内容を視覚的に表現することができないため
②コミュニケーションに必要以上の時間を要するため である。
実際、「コールセンターに電話をかけた結果、何度もナビダイヤルにたらい回しにされた挙句人間が現れなかった」という経験に身に覚えがある方は、少なくないのではないだろうか。
しかし、背に腹は変えられない。
この場で対応を仰げるだけでも感謝しなかれば、などと思っていると、保留が解除された。
第二ラウンド
業者「お電話変わりました。○○コールセンターの者です」
私「はい」
業者「本日はどのようなご用件でしょうか」
なぜ先ほど伝えた事情が何一つとして伝わっていないのか、少々の苛立ちを覚えながらも私は再度説明した。
苛立ちを感じた時こそ平常心である。
その術をカイジからご教授いただき、学園中Oにて有難く実践演習を賜っていたので、私は取り乱すことはなかった。
私「~~という経緯で、サイドブレーキが外れないんですよ」
業者「なるほど」
私「はい…」
業者「それでは、担当の者に代わります」
どうやら彼は ”””担当の者””” ではなかったらしい。
彼の正体は"仲介者"。顧客と担当者を繋ぐ仮初の存在なのである。
思わぬ事実の発覚に、車内に衝撃が走った。この衝撃でサイドブレーキが外れてくれないかと思ったが、残念ながらそんなことは無かった。
私「!?」
業者「あっ…あのやっぱり…!」
私「あっ…はい!」
業者「こちらから折り返しお電話させていただいても良いでしょうか」
私「はい。(もうどうでも)いいですよ!」
業者「失礼します」
主役は遅れてやってくる。
""真の担当の者"" とは、どうやらほんの保留一つで呼べるような軽い存在ではないらしい。
向こうからかけてくるというので、私は仕方なく、本来はドライブ中に流す予定であった『トンデモ未来空奏図』を聞きながら座席で待つことにした。
↑自分で買った人生で二枚目のCD。今でも家で流すくらいの名盤である。
サビの一番いいところで、電話が返ってきた。
Finalラウンド
私「…はい」
業者「大変ご迷惑をおかけしております。コールセンターの者です」
ほう。しかし、どうやら悪いことばかりでもないらしい。
そう。このやり取りを始めてから、その日初めて「ご迷惑をおかけしております」という謝罪の言葉を耳にしたのである。
前の二人から解放される喜びに、私は胸を膨らませた。
知性と道徳を兼ね備えた真の担当者に私は全幅の信頼を置き、
あふれ出る涙をこらえて、彼に思いの丈を全てぶちまけた。
私「どうもありがとうございます。実は、~~という経緯で、全くサイドブレーキが外れないのですが…」
業者「そうなんですね…ちなみに、サイドブレーキは踏んでいただけていますか?」
私「はい…」
それからは一頻りの状況調査が行われた。私は全てを打ち明けた。
業者「かしこまりました。少々お待ちください」
最早恐れるものは何もなかった。
私は最強の味方を見つけたのである。
鼻歌交じりにTwitterを閲覧していると、
幾十秒の沈黙を、私のiPhone6sが破った。
業者「大変お待たせしております。それでは…」
私「はい!」
業者「もっと強く踏んでください・・・♡」
まだまだ恐れるものはたくさんあった。
どうやら私の身体は、知らぬ間にSM倶楽部へと転移されていたようだ。
↑『NARUTO』より、奥義「神威」(詳しい説明は下記URLより)
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/31223.html
天才忍者カカシの奥義から抜け出した私は、返事をするのがやっとだった。
私「…えっと」
そもそもナニをどう踏みつければいいのか理解に随分時間を要したが、
それがサイドブレーキのことを指すと私はようやく理解した。
私は割れんばかりの力でサイドブレーキを踏みつけた。
私「あの、十分づよく、踏みつけているのですがっ……!!」
私「……」
業者「……」
私「踏みづけでいるのですがっ……!!」
業者「…そうですよねw」
全ては幕を閉じた。
コールセンターに電話をかけようとする時に、今でも私はこの日のことを思い出す。
そして、いつも思うのだ。
あの日の私にとって最もブレーキになっていたのは、あのコールセンターだったのではないかと。
おわり
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