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ヒーロー裏表

俺はヒーローもののアニメが嫌いだ。勧善懲悪を高々と謳いながら、いわゆる「ヒーロー」側の人間を当たり前のように「善」とみなし、サクセスストーリーを描くからだ。

そもそも神羅万象には表と裏の2つの側面があるのだ。ヒーローにはヒーローの善があり、悪役には悪役の善があるのだ。どちらが正しいとか断ずるのは言語道断で、そこには公平な議論があって然るべきなのだ。

小さい頃からもれなくヒーローものの番組を見て育った俺だったが、ブラウン管の中で描かれる善と悪の戦いにつねに疑問を抱いていた。学校にいても、自分に向けられたありもしない憎悪に怒り、皆を導く正義を疑った。今思えば変わった子供だったのだろう。

そんな両極端の感情に挟まれながらも、高校生活は楽しかった。入った部活では友達もできた。クラスの中で目立っているわけではなかったが、格別浮いてるわけでもなかった。何もクラスで目立たなくてもよい。普通が一番なのだ。友達がいて、アイスを食べながら一緒に帰る、そんなサイコロサイズの幸せが俺の高校生活を充実させていた。


そんな小さな幸せを享受していた高2の夏、事件は起きた。



それはカラカラに晴れていて冬将軍ならぬ夏閣下が猛威を振るっていたあの日だった。なんとなく周りに流されて入り、なあなあで続けていた部活が終わりを迎えようとしていた夕刻、体育館に足音が響いた。




コツ、コツ、コツ。




あの音だ。俺が憎んでやまない男、顧問。アイツの足音だ。アイツの理不尽は俺の心を蝕み、また俺の大事な仲間の心を蝕んでいた。ストレスがたまるとそのストレスをそのまま生徒にぶつけていた顧問は生徒から目の敵にされていたが、憎悪に勝る恐怖が、顧問に歯向かうのを留めていた。

友達はいつもそいつに怯えていた。顧問という恐怖に支配されていた。次はいつ、どのように怒られるか分からない。何を言っても怒られる。そのような理不尽と向き合う友達の姿を見るのは辛かったが、自分が関与すればその理不尽の矛先が自分に向けられるのではないかという恐怖もあり、自分から積極的に関わることはしなかった。



コツ、コツ、コツ。




セミの鳴き声と顧問の足音が不気味な不協和音を奏でる。今流れている汗は運動によるものなのか、恐怖によるものなのか判別ができなかった。

「おい。」

ガクガクガク。歯が震える音が聞こえる。音の先を見ると友達が真っ青になって震えていた。それほどまでに顧問は友達にとって「恐怖」の存在なのだ。


思えばあの日俺は暑さに頭をやられていたのかもしれない。


恐怖にとらわれる友達の姿を見た時、俺の震えは止まった。時間が止まっているように感じた。これがゾーンに入るということなのだろうか。何も聞こえない。何も感じない。ボーッとする。俺は死ぬのか・・・?


「バンッッッ!!!!!!!!!!!!!!」


ハッと我に返ったとき、俺はラケットを力強く投げ捨てていた。相当大きな音がしたのか、顧問が振り返る。




「部活やめます。」




自分でも何を言っているのか分からなかった。自分で自分をコントロールできていないような、ところが何処かで自分が自分を俯瞰しているような感覚だった。

クラスで出しゃばることをするタイプではない。前述の通りこの高校生活で良くも悪くも目立ったことはない。でもたまには良いだろう?友達のために自分の正義を尽くすなら1回くらい常識から外れたことをしても咎めはないだろう?今日くらいは俺にヒーローを演じさせてくれ。

俺はそのときヒーロー番組を思い出していた。きっと俺と友達にとってのこの「善」は、顧問や学校にとっては「悪」なのだ。でも仕方がない。俺は仲間のために自分の正義を生きて、相手も仲間のために相手の正義を生きればよい。

いつしかガクガクと恐怖に支配されていた友達の震えは止まってこちらを向いていた。感謝などいらないのだ。俺はただ自分の正義はつくしたのだ。何が恐怖政治だ。もう恐れる必要はない。俺たちの善は勝利を収めたのだ。自信を持って胸を張って良い。俺は笑顔で友達の方へ振り返る。





友達は冷めた目で俺を見ていた。痛いヤツを見るような目で俺を見ていた。

周囲も俺を覚めた目で見ていた。顧問も冷めた目で俺を見ていた。

どこにも正義はいなかった。
帰って夜ご飯をいっぱい食べて14時間寝た。

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