勉強すること=言葉を覚えること

勉強すること=言葉を覚えること

知らないことを知ったり、わかったりするとうれしくないですか? ぼくはすごくうれしいです。だからぼくの知らないことを知っている人と話をするのは楽しいです!!!

だいたい1歳半前後から子どもは言葉を話し始めるみたいですが、ぼくは言葉を話すようになったのは2歳を超えてからでした。言葉を話し始めるのが遅いことを両親は心配したみたいです。その所為か今ではその半年を取り戻すかのように、いやそれ以上にお喋りになってしまい、普段はくだらないことばかり話しています。

私たちは勉強だけでなく、仕事や普段の生活で新しい言葉を覚え続けています。仕事で必要とされる専門用語、技術の発展で産まれた新しいサービスや製品の名前、流行の芸能人の名前、流行語なども含め、様々な単語を覚えています。私たちが覚えている言葉はそれぞれの生活環境や世代によっても違いますし、その量も異なります。同じ日本語を喋っていても、すべて同じ言葉を話しているわけではないのです。例えば、関西では「いらない」という不要の意味を表す言葉を「いらん」と言います。ただし、同じ関西でも奈良では「いらん」は不要以外に「嫌だ」の意味でも使います。兵庫県に住んでいたときには「いらん」=「不要」の意味だったので、奈良では「嫌だ」の意味で「いらん」を使うことに衝撃を受けました。

これは小さな1例にすぎませんが、文章表現の世界になると、持っている言葉による表現の違いは顕著に現れます。その人が普段接している世界や、好きな表現などが滲みでるのでしょうか。特に詩となると、これほどまでに表現が違うのかと思うことがあります。本屋で詩集をいくつかめくってみてください。詩人ごとに表現が大きく違うことに気がつくでしょう!

ぼくはもともと国際関係が専攻で、その後大阪芸術大学で文芸を学びました。それまでに詩の朗読をちょくちょく行っていて、人それぞれ持っている言葉が違うことにはなんとなく気がついていました。大阪芸術大学で文芸を学び始めると、人それぞれ持っている言葉が違うことに確信を持つようになりました。そして色々なものに人間が名前をつけていたことにも気がつきました。あまりに当たり前すぎてスルーされていると思うのですが、人間はそれが何かを定義づけることでそれが何かを認識できるのです。

例えば病気の名前がそうです。昔は何かの祟りや呪いと考えられていたものが「病気」として認識されるようになったのは科学の発達にともない医学が発展したからです。医者が病名を作り病気を作るという方が世の中にはいるみたいですが、実際は異なります。今までその症状がなんなのかわからないものに「名前」をつけることによって、病気としてとらえ課題を具体化しているのです。だから過去に病名がなかったものが「病気」として定義づけられ、医者や研究者が日夜その治療法の開発に取り組んでいるのです。

勉強することとは知らないことを知ることであり、知っていることをさらに知ろうとすることです。通信教育のみならず、勉強をすることで様々な言葉を知りましょう。それは無駄にはなりません。たとえその言葉を使わないとしても、どこかであなたの思考を助けるものになります。知らないことを知ることであなたの「できる」範囲を広げることができます。言葉とは知識です。知識の獲得方法と整理方法、そしてそれを相手に伝える方法はレポートの作成で身につけることができます!

レポートなんて面倒くさいしやっても意味がないと思っているのなら、もったいない話です。レポートの作成で身につく技術はどんな分野でも利用できる技術です。そしてそれは誰でも身につけることができます!!!

次回の通信教育制レポートの書き方(3)は7月28日更新予定です。

読んでくださりありがとうございます。また、よろしくお願いいたします。


「通信制大学生へ贈るレポートの書き方(1)」

「通信制大学生へ贈るレポートの書き方(2)」


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