寄り添うデザイナー でざいん姉さん インタビュー
可愛らしいイラストアイコンの『でざいん姉さん』ですが、デザイナーとして凄腕と聞いていたので中の人はどんな人なんだろうとビビってたのですが、実際話してみると仕事に関しては職人肌ですが、会話すると親しみやすく素敵なギャップを感じました。
インタビューは10の質問を通して、でざいん姉さんの魅力をいっぱい引き出すことに挑戦しました。最後まで読んでいただけると嬉しいです!
それではスタートです!
前哨戦
カヤバ
「お時間いただきありがとうございます!
やっとお会いできました!よろしくお願いしますー!😇」
でざいん姉さん
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
カヤバ
「ホンマさんからは、ピクセルパーフェクトでヤバい人と伺っております!」
でざいん姉さん
「えー!? 嬉しいー!!!
でも、何のことを言ってるんでしょう🤣」
カヤバ
「なんか、ピクセル単位で美しいデザインをする人なんだと聞きました!!🤩
響きがなんか凄そう!って感じで詳細あんまりわかってないんですが、ホンマさんが凄い人と言っている人は凄い人なんだと思っています😇」
でざいん姉さん
「ホンマさんがそう言ってくれてたんですか!!嬉しいです!多分、データのことですね!」
カヤバ
「ちょっと今日は、何が凄くて、どれだけヤバいのか、聞いていけるといいなと思っています😇
このインタビューは、10個の用意した質問に回答していただく形で進めていきますのでよろしくお願いします。」
でざいん姉さん
「はい!(ヤバいって何!?)」
1.自己紹介(フリースタイル)
カヤバ
「では早速なんですが、自己紹介をフリースタイルでお願いします😇」
でざいん姉さん
「でざいん姉さんこと、佐野五月です。
irohazumという屋号で活動しています。
福岡市在住で、長崎県佐世保市の出身です。
2008年に独立して、今年で14年目になりました。
2017年からirohazumという屋号で活動しています。
irohazumという屋号は、「いろは」と「はずむ」を組み合わせた造語です。「いろは」は、初心を忘れずいちからはじめるということ、「はずむ」は、生まれたクリエイティブに対する喜びや、ものづくりが心が弾むようなワクワクする体験になってほしいという想いを込めています。
この2つを合わせて「色が弾む」ようなクリエイティブができるように「irohazum」としました。
事業内容は、主にデザイン制作、アートディレクション、デザインパートナー(デザイン顧問)、さぽーと姉さんなどのご相談です。
個人事業主や法人の起業ツールであるロゴデザインから会社案内、ホームページ、販促ツールなど一式承ることが多いです。
私のスキルはグラフィックデザインとエディトリアルデザインが中心ですが、いろいろと幅広くやっています。
最近は書籍制作にも携わらせていただいてます。
印刷会社出身で、印刷の知識があるので、印刷や加工もいろいろご提案できます。
あと、ONLINE上司という上司ニシグチさん主宰のコミュニティで、グラフィックデザイン課のチーフをしています。こちらは、主にメンバーの皆さんのデザインフィードバックや、ご相談、毎月のチーフLTというセミナーに登壇しています。」
カヤバ
「ありがとうございます!(と、言いながら、専門用語が全く分からない、、、後で噛み砕いて説明してもらおう。。。🥺」
僕にはデザインの知識がなくて分かっていないところがあるので、残りの質問の中で徐々に掘り下げさせていただきますねー!」
2.アートディレクターってどんなお仕事なんですか?
カヤバ
「ちょっと僕、デザイナーさんの役職とかキャリアがよくわかっていないのですが、でざいん姉さんさんのやっているアートディレクターってどんなお仕事なんですか?」
でざいん姉さん
「簡単に説明すると、クリエイティブチームの指揮を担当することですね!ビジュアル表現をはじめとしたクリエイティブの品質をコントロールして、アウトプットとチームをまとめるお仕事です。
案件によっては、イラストレーターやカメラマン、デザイナーなど、いろいろなクリエイターとチームを組んで進行するんですが、各クリエイティブのトンマナを合わせたり、クライアントやチームが目指すゴールやビジュアルのイメージを統一させるように動いています。
以前からディレクターとデザイナーを兼任してきて、どちらもやることが多かったんですが、最近はアートディレクターのみでジョインすることも増えてきました。
ウェブデザインは、ウェブデザイナーさんに依頼することが多いですね。
因みに私がデザイナーになった頃は、ウェブの選択肢はなくて、途中からウェブデザインが出てきて勉強したんですが、結局、紙媒体が多いですね。
理由は印刷会社で培った、印刷や加工の知識や経験を活かした方がいいと思って。あと、単純に、紙や印刷や加工にワクワクします。
ウェブデザインもやるのですが、誰しも得意なことをやった方がいいし、ウェブの進化のスピードが速すぎるので、クライアントさんのことを思うと私がやるよりも、専門家であるウェブデザイナーさんやった方がいいと思っています。でも、ウェブデザインも好きなんですよね…ウズウズ…」
カヤバ
「なるほど!紙のデザインからスタートしているんですね!
紙と印刷を扱っていた経験があったから、ホンマさんが言うようにピクセルパーフェクトでデータが美しいって感じになるんですかね?😇」
※ピクセルパーフェクトが何かわかっていないので、ホンマさんが何を言っていたのかは、正確に掴めておりません🙏
でざいん姉さん
「印刷会社の経験が大きいですね。
ピシッとしたサイズや、誰が見てもわかるようなデータの美しさを求められたんですね。
ここがきっちりしてないと、後の行程に影響が出るんです。
なので『ピクセルパーフェクト』と言っていただけたのかもしれません。
私はデザインを作るときは正数で作るように意識してて、特にエディトリアルは絶対に整数ですね。
紙面の余白も見出しや文章のサイズや枠、オブジェクト同士の間隔も設計の意識で作っています。
データが美しいと、誰が見ても理解できるデータになるし、美しいデータを作る意識を持つことでミスが減るんです。
グラフィックデザイナーは整数で作らないという声をよく聞くんですが、人によりますねえ…
超駆け出しの時に、先輩に『そんな汚いデータを作ってデザイナーとして恥ずかしくないの?』と言われたことがショックで、そこからデータはピシッと美しく、他人でも扱いやすいように作ることを心がけています。なので『美しい!』って言っていただけるのかもしれません。嬉しいです。」
カヤバ
「あー!なるほど!ピクセルパーフェクトって整数で作るってことなんですね!🤩
(知識がなさすぎて分からないから、こっそり後で調べておこう。。。🥺)」
「ということは。。デスク周りとかも綺麗だったりするんですか!?」
でざいん姉さん
「そうなんです!
机の周りやPC内のデスクトップやフォルダも、アナログなファイルも含めて、仕事に関するものは全てピシっと整頓しています。
毎日ダウンロードフォルダの中身も片付けますね。
プロとして、デザインに携わらせていただいているなかで、仕事環境やパソコンの中身などの見えないところまでデザインすることを大事にしています。
そこまでしないと仕事する気にならないし、良いアウトプットが出来ない気がしています。散らかっていると、脳のノイズになるという感じですね。」
カヤバ
「佐藤可士和さんのインタビュー記事でそんな感じのことが書いてあった気がします!オフィスの椅子の位置が1ミリ単位でピシッと整頓されていないと気になるみたいな!!すげー!!!ヤバい!!」
でざいん姉さん
「私は全然すごくないですよー!w
本当にすごい方でいうと、DTP Transitの鷹野さんとか、ほんとすごいです!!!私にとって超レジェンドです!!!
2021年11月にDTP Transitさん主催の「クライアントと共創するロゴデザインのプロセス」というセミナーに登壇したんですが、その際に鷹野さんからたくさんのことを教えていただきました。
どうしたら伝わるのか、細部までしっかりデザインすることの大切さを学びましたね。
アウトプット全てに「きちんと伝える」という優しさがあるんです。細部までのこだわりがすごい。
きっと見えない部分まで意識されているんだろうと思います。
そのプロ意識に脱帽したし、感動の嵐でした。
それに、20代の頃からDTP Transitさんを見て学んでいたので、自分がDTP Transitさんのセミナーに登壇する日が来るとは思わなかったし、こういう機会をいただいて、鷹野さんのお仕事を間近で拝見できて本当に勉強になりました。」
カヤバ
「DTP Transit 名義のnoteをデザイン勉強しようといつも見させていただいていますが、細部までしっかりデザインするっていうの、やっぱりレジェンドの方はそこまでやるんですね!!」
でざいん姉さん
「そうなんです!!!
相手にきちんと伝わるように、細部まで意識したいですね。」
カヤバ
「むっちゃカッコイイですね!!デザイナーさんて!!
神は細部に宿るってこういうことなんですね!!!」
3. ブランド構築って具体的にはどんなことをするんですか?
カヤバ
「でざいん姉さんのTwitterプロフィールに書いている『ブランド構築』ってどんなことをしてるのか教えてください。」
でざいん姉さん
「いわゆるブランディングなんですが、事業や商品の「らしさ」や魅力や目的を、わかりやすく明確に伝えるための取り組みですね。
それに、想いがあってもどう表現したらいいのか分からない、ロゴとか必要だけど何も思いつかないというような『ふわっとした』状態からご依頼いただいて、コンセプトや世界観を作っていくのが私の仕事です。
クライアントさんが、何にも思いつかないところからご依頼いただくことが一番テンション上がります!『キタキター!』ってw」
カヤバ
「えー!それは、依頼する人からするとむっちゃ嬉しい受け入れ体制じゃないですかー!!!🤩
逆にしんどかったりしないんですか?」
でざいん姉さん
「全然そんなことないですー!とってもありがたいですね!
コンセプト作りから一緒にできるので。最高のお仕事です。
お客様の思考整理をしてる感じですね。それを私が形にしています。
ご依頼時には「何もイメージがない」と仰ってても、実際はあることが多いんですよね。形にしたり、言語化できてないだけで。」
カヤバ
「それって、コンサルみたいな感じも担っていますね!🤩」
でざいん姉さん
「確かに、コンサル的な役割もありますね!
例えばロゴデザインだと、ロゴがどんな役割を持って、どんな効果があるのかとかお伝えしますね。
そんな感じでロゴデザインは何かと最初にお伝えして、お客様と話し合います。
なので、単純にご要望のビジュアルだけを作っているわけではないんですね。事業や商品をどのように表現すれば伝わるのか、何を目指していくべきなのか、そこはしっかり話し合って提案します。
私はデザインしている時間よりも、お客様と話している時間の方が長いんです。お客様の要望を紐解いて、目標とするイメージが固まってからデザインをします。
目指すのはお客様にデザインを出した時に『そうそう!これだよね!』って納得していただくことですね。それがクライアントさんの感動体験になればいいなあ。」
カヤバ
「感動体験を提供して、クライアントの事業にも貢献できるというのは、かっこいい仕事ですね!🤩
そうはいっても、デザイン的には正しかったり、効果的であったりする提案をNOって言われたりすることもあると思うのですが、そういう場合はどうするんですか?🤔」
でざいん姉さん
「あります!あります!
私の仕事のモットーは「お客様にとってベストなもの」を提供して喜んでいただくことなんです。
使うのはお客さんなので。やっぱり気に入ったものを使いたいじゃないですか。
事業の方向性と違う場合はもちろん指摘しつつ、ご希望を伺いながら、ちょうどいい案配を探しますね。その時のベストを尽くせるように努力します。」
カヤバ
「僕もヤダヤダって無意識にやってそうですw」
でざいん姉さん
「大丈夫ですよ!ヤダヤダとなっても、事業の方向性とクライアントさんが求めるものを掛け合わせたものを作ります。そのために私たちデザイナーがいるので😊」
カヤバ
「ちょっとまた疑問が湧いたのですが、感性というかしっかりカッチリした進め方ではなく、直感を大事にしている方の場合でも発注できるんですか?」
でざいん姉さん
「もちろんできますよ!感性でやっている方とも同じように認識合わせをしていきます😊
例えば
お客様が『かわいい感じでお願いしたいんですが』とふわっとしたイメージの場合は、前後のやり取りや事業の雰囲気から『かわいいというのは親しみやすいってことでしょうか』というように、さらに具体的にしながらイメージのすり合わせをしていきます。そうすることで、お客様のふわっとしたイメージが明確になってきます。」
カヤバ
「やば!僕も感覚で捉えていることが多くて人に伝える時にロジカルにロジカルにと無茶苦茶苦労することがあるので、むっちゃいいなって思いました!🤩
ブランドとなるとデザインと一緒にコピーなどを考える時もあるかと思いますが、コピーも同じように言語化できるんですか?」
でざいん姉さん
「そうですね。お客様ご自身のエピソードにコピーが隠れていると思っています。例えば起業する理由や、その時の気持ちとか。
心の奥に隠れている想いを引き出したいんです。その想いを言葉にしてビジュアル化する。それが私の仕事だと思っています。」
カヤバ
「ペラペラのかっこいいだけのコンセプトやコピーとは違いますね!w」
4.今までのキャリアを教えてください。
カヤバ
「では次に、これまでのキャリアを教えてください。どこからさかのぼってもらっても大丈夫です!」
でざいん姉さん
「そしたら、中学校から遡ってもいいですか?」
カヤバ
「おお!!これは長編ですね!!🤩
もちろんです!!是非お願いします!!!」
でざいん姉さん
「あ、そんなハードル上げないでくださいよw
ではまず中学の頃の話からしますね。
中学編
でざいん姉さん
「中学は、長崎県佐世保市にある普通の公立中学校です。
親が離婚して母子家庭になって、いろいろと波乱の中学生活だったのですが、家庭の状況をみて高校に行ったら大変だと思って、母や先生には『私は高校行かずに働く』って言い張っていました。
それに私の地元は当時、女子は近くの商業高校にいくよねみたいな感じだったんですが、
商業高校に行って事務の仕事をする自分が全く想像できなかったし、単純に嫌でしたね。
高校に行かないと言ってる感じなんで、他の高校へ行く考えもなかったですね。」
カヤバ
「僕も結構な田舎だったので、ちょっと分かりますw」
でざいん姉さん
「母と先生に高校には行きたくないと頑なに言い張っていたある日、スケッチ大会があって。私は絵を描くのが大好きだったので、友達の分も引き受けて喜んで描いていたんですね。」
カヤバ
「えw 好きすぎますねそれは🤣」
でざいん姉さん
「でしょ?w
それを見た担任の先生から「そんなに絵を描くのが好きなら、佐賀県の有田町にデザインの学校があるから受験だけでもしてみない?」と提案されたんです。
公立だったし、通学に電車乗り継いで片道2時間かかりますが、何とか通学圏内でした。
これまでの人生とデザインが全く紐づいていなくて「デザイン」という言葉に興奮しましたね!デザイナーは遠い雲の上の存在というイメージでした。『私にもデザインできるの!?』って嬉しくなったのを覚えてます。
当時、県外の受験は合格枠が少なくて狭き門だったので、それからは毎日のように美術の先生にデッサンを教えてもらったり、5教科全部を先生にみっちり教えてもらう日々が続きました。
今思えば、あの時が人生で一番努力していた時期かもしれませんね。」
カヤバ
「(ドラマやん! 青春やん!)」
▼高校編
でざいん姉さん
「努力の甲斐あって、佐賀県立有田工業高等学校のデザイン科に入ったんです。
有田という地域が、陶芸の里ってこともあって、クリエイティブな意識に満ち溢れている街なのが印象的でした。
デザインの勉強は、理論と実技をやってました。ここで理論をみっちり勉強できたのは本当に良かったですね。
実技はアナログとMac。Illustratorのバージョンは5.5で、Photoshopは5だったはず…
殆どアナログの実技で、烏口で線を引いたり、文字も手書きでした。
先生方も「デザイナーとは」みたいに心構えから教えてくれました。
今思えば、先生なんだけど、職人って感じでしたね。
さらにクラスメイトの個性が強すぎて衝撃でした。個人主義だし、自分の意見を持っている。中学までの「みんなと同じがいい」とか「周りに合わせる」なんて微塵もなかったですね。「みんなと違うのがカッコいい」でした。例えば流行のJPOPよりも、みんなが知らない音楽がカッコいいとか、私服も髪型も(いい意味で)おかしいんですw」
カヤバ
「おお!楽しそうですね!」
でざいん姉さん
「そりゃもう!すっごい楽しかったですよ!
最初はクラスメイトの主張の激しさに驚いたりしたんですが、自分の考えを言う、自分の個性を貫くってこんなに楽しいのかと世界が広がりました。
クラスメイトともよく、あれじゃないこれじゃないって議論したりしたんですよ。
その環境にいると、だんだんと自分の中のクリエイティブ魂が刺激されて解放されていったんですね。
急に坊主にしたくなって、胸まであったロングの髪を自分で切って坊主ヘアにしたりしました。雑誌で見た奇抜なメイクをしたり、学校でもメイクしてましたね。先生から怒られてましたけど。
それに坊主ヘアにでっかいピアスをつけるとかわいいんですよね!女子に超モテました。
創作意欲もすごくて、毎日何か作ってましたね。
特に絵を描くことや服を作るのが好きで、あとはミニ四駆とか配線とかですねえ。
ゴミ捨て場から拾ってきた物を組み合わせて作るのも好きでしたね。
材料は何でもよくて、自宅のカーテンを眺めていたら突然何か沸々と湧き上がって、その瞬間にカーテンをもぎ取って、ワンピースに仕立ててみたりしました。坊主ヘアもカーテンも母が驚いて泣いてましたね。不良でもないのに親を泣かせてました。とにかく何でも作ってましたね。
見た目がわりと奇抜だったんで、地元では街を歩くと『なんだあいつ!?』ってジロジロ見られるんですが、その目線が気持ちよかったんです!
『私の感性がわからないのね』と思って、誇らしかったですね〜!」
カヤバ
「ヤバい尖ってますねー!w (これが、噂の高校デビュー?🥺)」
でざいん姉さん
「尖ってました。本当にw
ファッションでいうと、CUTiE(キューティー)や、Zipper(ジッパー)がバイブルでしたね。その影響で、東京へ行きたい想いがすごく強くて、親にも言いまくってて。
親戚や親に猛反対されて戦うんですが、最後には受け入れるんですね。心の中では母を一人にするのが心配で。」
カヤバ
「(多感な時期お察しします😎 ユキックスさんとこの時に会ってたりしたら、二人とも意気投合して凄いことなってそうだ🤩)」
はじめての就職編
でざいん姉さん
「高校を卒業して、諦めて地元の印刷会社に就職しました。実は4月入社ギリギリだったんですね。
直前まで東京に行きたい、地元で働きたくないとゴネていたので…
ここでも、中学の時のように担任の先生のご厚意で就職先を紹介してもらいました。
ほんと、先生に恵まれているんですよね。
でも、就職した会社の社風が嫌で嫌で…
なんか暗いんです。今でいう「昭和!」って感じ。お昼休みも雑談禁止で、ある日お弁当箱を開けて「おいしそう!」と思わず声に出したら、上司から「うるさい!」と怒られたり…
あとは、自由な身なりができないことですよね。
社会人として当たり前なことが求められるのは、当時の私にはとても我慢できないことだったんですね。個性が許されない感じ。
黒髪で普通のメイクして、普通の服装をしなきゃいけない。普通を求められることに、自分のアイデンティティがなくなっていくのを感じました。
高校とのギャップが大きすぎたんですよね。」
カヤバ
「むっちゃ真逆ですね!😱
高校で学んだデザインって活かせたんですか?」
でざいん姉さん
「高校で学んだことが活かせてると思ったのは、割と最近のことなんです。
高校で学んだ理論は、知識としてあっても深く理解はできてなかったんだと思います。
当時の私は「言われた通り作るのは面白くない」と思ってて、デザインの仕事が何なのか全く理解してなかったし、創作がやりたかったですね。
それで、仕事は面白くない、会社は嫌だ、創作活動ができない、個性がなくなっていくという不満が溜まっていって、東京にいきたい!表現したい!っていう「東京行きたい病」が発病どころか大爆発しまして、3ヶ月で会社を辞めてしまいました。
ほんと、高校の時の担任の先生や、会社の方に申し訳ない気持ちでいっぱいです。若気の至りですね。」
カヤバ
「えー!?東京行きたい気持ちがむっちゃ強かったんですね!そっから上京するんですね!🤩」
でざいん姉さん
「そうじゃないんです。
今だからわかるんですが、東京に行きたい!行きたい!と言っていただけで、どうやって行くとか具体的なことは考えてなかったんですね…感情だけ訴えてた感じ。ただの熱い人です。バカですねえ…
どうやって行けばいいのかもわからなかったし、みんなに反対されて誰も説得できなかったんです。周りも地元に残っている人ばかりで相談できる人もいなかったんですよね。とにかく頭も力も足りなかった。
ま、この経験はだいぶ後に活かされるんですけどね!」
サービス業編
カヤバ
「その後すぐに今の仕事になったんですか?」
でざいん姉さん
「違うんです。地元でいろいろバイトをしました。
約2年間バイト生活でしたね。
ホテルのレストラン、ワインバー、ボーリング場のスタッフ、魚市場の魚の仕分けとかスナックとか。いろいろやりました。
魚市場での魚の仕分けは、船からベルトコンベアーで魚が流れてきて、瞬時にサバやアジを手作業で仕分けていくんですね。サバにも種類があるので、それも分別する必要があって、サバの目の色と模様で瞬時に判断するんです。
太刀魚が流れてきた時は大変でした。大きいし、流れてくるスピードが速いんですよね笑
そういう単純でスピードが求められる作業は得意だったので、「速いし体力もある」と、パートのおばちゃんたちにかわいがられてました笑
バイトの中でもホテルのレストランのサービス業が楽しくて、当時は天職だと思っていました。
きちんとしたレストランだったんです。フレンチとイタリアン。系列店のお店を行き来してて、先輩方も有名ホテルで働いてきた方々で、プロフェッショナルでしたね。
きちんとしたレストランサービスは本当に面白かったです。
主にコース料理のサービスをやってて、オーダーもフランス語かイタリア語でした。
立ち居振る舞いや言葉遣いも指導されました。プロ意識の高い方ばかりで、本当に勉強になりましたね。
お客様の前でカッコ良くワインやシャンパンを開ける練習をしてて、先輩からソムリエナイフをプレゼントでいただいた時は嬉しかったですね!因みに、お皿の5枚持ちができます。今でも使えて便利です。
当時経験したことは、確実に今の仕事に活かされています。
コミュニケーションを大切にすることや、チームの士気を下げないとか、段取りや、臨機応変な対応とかですね。
スナックはホテルに入る前に、バイト掛け持ちでやってましたね。時代もあるし、長崎県は最低賃金が低いので、時給が安かったんです。昼のバイトが終わったら、スナック。
当時は昼のバイトが時給500円台だった記憶が…」
カヤバ
「思っているのと全然違うルートに進んでるんですけどw
どっかでデザインの仕事に方向転換するタイミングはあるんですよね?全く見えてこないです🤣」
でざいん姉さん
「大丈夫です!w しっかり行き着きますのでw」
カヤバ
「良かったーw 続きをお願いします!」
でざいん姉さん
「レストランで働いているとき、そのホテルのデザイン担当者が退職されて、「そういえば佐野さんってデザインの学校に行ってたよね?」という話になってホテルの印刷物を任されるようになったんです。
私はレストランのホールにいたので、お客様の動線がわかってたんですよね。それで「パンフレットはここに置いた方が目に留まるのでは」とか、「ここに置くならこの3つ折りパンフレットでは目立たないので、A4チラシに変更して、色を派手にして文字を大きくした方がいい」とか。
作るだけじゃなくそういう提案もセットでやってたんです。
これは、高校で学んだ知識と自分がデザインしたものをプレゼンしてた経験が大きかったです。
そうやって、ただビジュアルを作るだけじゃなくて、見る人がどう思うのかとか、どうしたら手に取ってくれるのかとか、会社の売上にどう貢献できるのかとか考えてデザインと向き合うと、ものすごく面白かったんですね。
あと、自分が手掛けたものを、実際にお客さんが手に取って見ていたのを目撃したんですが、それがものすごい喜びだったんです。
そこで一大決心をして、もう一度デザインと向き合うことを決意しました。それに、最初の就職でデザインの仕事から3ヶ月で逃げた自分が嫌いだったのも大きいですね。」
2回目の印刷会社編
カヤバ
「デザインの仕事はどんな業種から再スタートしたんですか?」
でざいん姉さん
「再度印刷会社に入社しました。
転職活動はまったく苦労せずにあっさりと決まったんですね。1ヶ月くらいで数社受けて、数社合格で選べる状況でした。
因みに、当時の地元にはデザイン事務所がほぼない状態で、デザインをやる=印刷会社みたいな感じだったんで、印刷会社なんです。
それで面接で一番面白そうと思った会社に入社したんですね。面接担当してくれた人が面白かったんです。実は社長だったんですがw
社風も明るくて居心地よかったです。
その会社では社長が凄腕のNO.1営業だったんです。
私は社長が請けてきた案件を担当することが多かったので、社長について回ることが多かったんですね。九州内を飛び回りました。
それで営業のイロハを教えていただきました。今思えば、その方が私の営業の師匠です。
大きい案件は社長と私が一緒に動いて、それ以外は社長からバトンタッチして、私が単独で進めていました。
デザイナーもクライアントとやり取りするのが社長の方針だったんですが、やってない先輩もいましたね。それは選べる感じで。
クライアントさんと一緒に仕事を進めることや、いろんな場所を飛び回れることが、とても楽しかったです。
さらに、製版も納品もやっていたので、印刷以外の工程はほぼやっていましたねえ…
昼間は打ち合わせ、夕方からデザインと製版みたいな感じでした。
小さい会社で毎日残業で夜中まで働いてたので、体力的にはきつかったんですが、社内はプロ意識が高い先輩方ばかりで、厳しくて大変だったけどすっごく楽しかったです!!
最初の方にお話しした『こんな汚いデータを作ってデザイナーとして恥ずかしくないの?』って言って下さった先輩もこの会社の方です。
工場の方も『佐野さんが頑張って作ったデザイン、綺麗に印刷したよ!』なんて言ってくれて、仕事のモチベーションがすごく上がりましたね!
カヤバ
「小さい会社でのバタバタ感にやりがい感じれる方にはいい環境ですね!」
でざいん姉さん
「そうですね。あの頃は、いっぱい働きましたねー!w
そういえば、初日からすごかったんですよ!思い出してきましたw
初日にいきなり社長から『佐野くん(当時20歳)、打ち合わせがあるから行ってきて』って言われて、言われるがまま一人で行ってきたというところからスタートでした。
けど、なぜか怖くなかったんですよね。若さもあると思うんですが、サービス業の経験があったからだと思います。レストランでの経験や、スナックでおじさんとやりとりしてたのが遂に生かされた瞬間でした!」
カヤバ
「OJTも何もない感じなんですね!w
人生に無駄なことなんて一つもないなんてよく言いますが、本当にしっかり身になっているというのが素敵です!🤩」
でざいん姉さん
「人生っておもしろいですよね😊
OJTも何もなく、良いのか悪いのか、経験で学べ!という感じでしたね笑
だからこそ失敗も多くて、最初の頃は先輩に怒られてばかりでしたし、でも、しっかり見守ってくださってた気がしています。
プロ意識が高くて厳しいけど、優しい先輩ばかりでした。
会食の場での打ち合わせも多くて、よく同行してたんですね。そこで経営者や企業のトップ陣の生の声が聞けたのもいい経験でした。
何で困っているとか、従業員はこう動いた方がいいとか、今後の事業戦略とかですね。
会食とか嫌だと思われる方も多いと思うんですが、私は喜んで付いて行ってました。
トップの声って普段は聞けないじゃないですか。自分が知らない話ばかりで、世界が広がってワクワクしましたね!
小さい会社でしたが、実は大企業との取引も多くて、大企業の担当者の方の話もすごく面白かったです。
社会勉強になりましたし、ビジネス視点が養われたと思っています。それに、これがデザインに活きてくるんですよね。
「クライアントが本当に求めているのは○○」が理解できるようになる。
デザインというのは、綺麗なだけだと成り立たなくって、実際に活用して何かを解決するためにあるべきなんだというのがさらに分かるようになりましたね。
いろんな話を聞きたいので、スナックでの経験を活かしました。
気持ち良くお酒飲ませて、話を引き出して聞いて…という感じですねw
スナックのママは、私の二人目の営業の師匠ですね。お客様に気持ち良く話していただくテクニックや傾聴の大切さを学べたことは本当に良かったです。」
カヤバ
「好きなことに没頭していたら、いつの間にか必要なスキルが身に付いていたんですね!理想的な寄り道になってますね!😇」
結婚編
カヤバ
「続きが気になって気になって仕方ないです!🤩」
でざいん姉さん
「ありがとうございます😊
次は結婚ですね。25歳で結婚しました。旦那さんはシステムエンジニアで忙しく、残業や転勤が多い職場でした。
私もバリバリ働いていたし、旦那もガンガン働いていたので、とても忙しくて、お互い2時や3時に帰ってきて、朝6時には家を出るみたいな日常だったんですね。
そうなると家事をする暇がなくて、『今日の替えの下着がない。明日着るワイシャツがない』ってなった日は忘れられないですね。
下着とワイシャツを手洗いしてドライヤーで乾かしながら『私は何をやっているんだろう』と夜中に一人で泣いたのを覚えています。
毎日が切羽詰まってて、コンビニで下着を買うとか、休日に予め大量に買っておくとか、そういうことが考えられなかったですね。休日もグッタリしてたんで。
これが新婚なんて悲しすぎますよね笑
この生活を長く続けるのは無理だと判断して、会社が大好きだったけど、26歳の時に退職しました。もっとホワイトな会社に転職しようと思ったんです。」
カヤバ
「ちょっとパニックになりそうな状態ですね。」
でざいん姉さん
「どちらも多忙だと困っちゃいましたね😭
旦那さんもすごく優しくて、県内で別支店へ転勤になった時も、私は働いてるし地元にいたいだろうからと、激務なのに片道2時間半の支店に通ってくれていたんです。
なので、次は旦那さんのために動きたいと思いました。
前会社を退職してから1年ほど、ホワイトな会社(定時きっちりで上がれる)で働いてみたんですが、家庭は落ち着いたものの、仕事はディレクターの指示を形にするだけの作業みたいな感じだったんですね。まあ、それが普通なんですが、前会社が、市内県外飛び回ったり、ディレクションも兼任したりと何でもやっていたので、面白くなかったんです。
クライアントと話させてくれ!と思うことも多かったんですね。私はとにかくクライアントさんと直接やり取りしたいんだと気付きました。
ただ、前会社のやり方はかなりイレギュラーだし、旦那さんの転勤を考えると、会社に所属せずに独立した方がいいと思いました。」
フリーランス 前編
カヤバ
「遂に!!フリーランスに!!🤩
繋がってきましたね!w」
でざいん姉さん
「お待たせしましたw
独立したのは28歳の時ですね。
独立した理由が、旦那さんの転勤や、クライアントさんと直接やり取りしたいというような、自分らしく働きたいというものだったんですが、もう一つ理由があって。ずっと働き詰めだったので、落ち着いて妊活をしたかったんですよね。
しかもその頃はもう結婚して数年経ってましたし、30歳になる前に授かりたいと焦ってましたね。
フリーランスの方は、大苦戦でした。
地元では『フリーランスって何?』って感じでしたし、そもそもデザインに予算をかけない考えが多くて、仕事はいただいても単価が低い。とにかく苦戦しました。
2008年だったんですが、当時はスマホは普及してなかったし、ネットは皆が使っているものじゃない時代でした。SNSもmixiかな。だから今のように全国から受注するみたいなことは、当時の私にはできなかったですね。やり方はあったんでしょうけど。
妊活も辛いし、仕事も辛いし、いつも家に一人で当時は辛かったですね。社会から切り離されたような気がしていました。
今では全くそんなこと思わないんですがw
そんな感じで過ごしていたある日、超お世話になった方から声がかかります。
それは『倒産しそうな会社を引き受けたので、手伝ってほしい』というものでした。
すごくお世話になった方で、いつか恩返ししたいと思っていたのでお受けしたんです。
でもフリーランスは続けたかったし、家庭も大事にしたかったので、いろいろ条件を提示した上で、常駐の業務委託で契約したんですね。
それが、とんでもないことになるんですねえ…」
カヤバ
「(え?え?え?!あれ?!?!結婚して、ハッピーサクセスストーリーの始まりじゃないの!?😱)」
でざいん姉さん
「ここの会社の話は内部のことなので詳しくは話せないのですが、ジョインしてすぐに、なぜ呼ばれたのか理解できました。とにかく仕事を回して回してという感じで、あれよあれよと結局夜中だったり朝まで働くようになったんですね。
私は『ピンチヒッター』みたいな役割だったんで、すごく頑張ってましたね。
きつかったのは、仕事量が多いことや働く時間が長いことよりも、人間関係や、クオリティ面での対立、プライベートより仕事優先の経営者の価値観ですね。
因みに会社の名誉のために伝えておきますが、今は改善されて、いい会社になってます。いろいろなことを乗り越えて、みんなが頑張った結果です。
私は経営者から誘われたピンチヒッターという立場から、一部からの反発もあったし、クオリティ重視の私は社内で完全に浮いてて、気難しい奴みたいな感じでしたね。とにかくクオリティの面でよく対立しました。私はきちんとしたものを納品したかっただけなんですが…
詳しく言いたいんですけど、ちょっとここでは言えないかな。あと、そんな状況で家庭もうまくいかなくなって、離婚することになったんです。」
カヤバ
「え。。。。ヤバくないっすか!?😱」
でざいん姉さん
「すごく、ヤバかったです。
体力も精神もギリギリの状態で仕事をしてある日、なんかフッと力が抜けて業務中にネットサーフィンしてたんですね。今ではネットサーフィンなんて普通なんですけど、当時の私には仕事中もプライベートの時間も全くやる余裕がなかったんです。
そこで、あるブログを見て、そこに書いてあったメッセージに衝撃を受けました。自由に働いている方のブログだったんですね。
新しい視点を得た感じがしたし、なんかこれまでの価値観がぶっ壊れた気がしました。
そこから夢中でネットでいろんなブログや記事を読み漁るんですが、衝撃的なことに気付くんです。私は数年間、止まったままだったことに気付いたんです。数年間、目の前のことだけを必死にこなしてるだけだったんですね。
世の中の変化にも気付けないほど、すごく狭い世界で生きていました。これではダメだと、すごく打ちのめされたんですね。
それで、離婚して一人になって何もないし、これから一生同じことを同じ場所でやりながら過ごすのか!?とか、どう生きていくかと自問自答していた時に、若い頃からの夢だった『都会でチャレンジする』ことを思いだしました。
福岡に移住して、フリーランス1本でやっていこうと決めたんですね。
この時に東京じゃなくてなぜ福岡なのかを話すと長くなるので割愛するんですが、その時、35歳。もうここを逃すと一生無理だと思いました。」
フリーランス 後編
カヤバ
「ちょっとこんなの聞いて失礼かもですが、家庭や家族関係もまずくなったのに、なぜやめられなかったんでしょう?🥺」
でざいん姉さん
「何で辞められなかったのかというと、理由はたくさんあるんですが、まず『社長への恩』ですかね。あと、若い頃に3ヶ月で仕事を辞めた経験や、周りの価値観もあって『すぐに辞めるような人間ではいけない』『仕事をきちんと続けるのが偉い』と思い込んでたんです。仕事をとにかく頑張るべきみたいな、そういう価値観だった。
今思うと本当にアホだと思うんですが、当時はそれが私の価値観だったんですよね。
お世話になった経営者を助けたい、私の力で恩返ししたい、会社も私が頑張ればなんとかできると信じていたんですね。私が辞めたら仕事が回らないとか、みんなに迷惑が掛かるって本気で思ってたんです。」
カヤバ
「それはまずいやつ。。。😭」
でざいん姉さん
「そうなんです😭
実際、自分の思い込みだったと気付く出来事があったんです。
辞めた後すぐに、一緒に働いていた方とランチをしたんですが、私が何も言ってないのに突然『あなたががいなくても会社回ってるよ』と言われて、めちゃくちゃショックで。
頭をぶん殴られたかと思うくらいショックでした。
ショックすぎて、数ヶ月引きこもって何もやらないという時期に突入します。」
カヤバ
「うおおおおお辛いいいいいいい😭」
でざいん姉さん
「本当に辛かったです。元気と愛嬌だけが取り柄なんで、まさか自分がそんな風になるなんて思ってもなかったです。
毎日布団の中で過ごす日々が続いたし、大好きなテレビも見なかったです。
IllustratorやPhotoshopのアイコンを見るのも嫌でした。
丁度同じ時に、別の辛い出来事も重なって、完全に引きこもってしまうんです。
でも今思えば、その立ち止まった時間があって本当に良かったんですよね。これまでの振り返りができたんです。
会社が良くなるように頑張ってきたのにとか、一緒に働いている人が早く帰れるように皆の仕事引き受けて、誰よりも長く働いてきたのにとか、家族も自分も犠牲にして働いてきたのにとかいろいろ思いましたね。
もう心の中は恨み辛みしかなかったです。
でも、ある時気付くんですね。『誰も求めてなかったのに私が勝手にやってたんだ』『そこから離れなかったのは、自分が決めたことだ』と。それで他人や環境を恨むなんておかしくて、全て自分が選択したことで、その結果が今なのだと気付きました。
すると次は後悔です。なくしたものも、時間も戻らないことに絶望しました。
毎日、本を読んだりブログを読み漁ってました。今の自分を変える答えやきっかけを探してたんでしょうね。
あるブログで『これまでの自分を褒めてあげてください』という言葉を見て、衝撃を受けました。
よくよく考えてみると、自分を褒めたことなんてなかったんですよね。
中学の頃の辛い家庭環境、それに耐えたこと。周りに心配かけまいと笑顔でいた自分、受験勉強を頑張った自分、仕事を頑張った自分とか過去の自分に向けて一つひとつ、心の底から褒めました。
頑張ったね、よく耐えたねって。」
カヤバ
「僕も引きこもりだったり、超ブラックな働き方していた時期があったりで。。。😭
ハリーポッターの本だけが支えの時期があって、、、重なって。。。良かった。本当に。。。。すみません泣いちゃって、、、😢」
でざいん姉さん
「本当によかったです😭」
カヤバ
「そっから今に至るんですか?」
でざいん姉さん
「はい😊
1ヶ月後には福岡に移住していました。動かない理由はもう何もなかったですね。引きこもり前は福岡移住に反対していた両親も、応援してくれました。
仕事がないまま福岡市に移住したんですが、フリーを続けていくことは決めていました。でもまずは1年間腕試しで派遣で働くことを決めていたんですね。ずっと地元でしか働いてなかったので、自分の腕が通用するのか試したかったのと、福岡市のクリエイティブを知りたかったんです。
仕事のやり方は問題なかったので、移住してから1年後にフリー1本でやっていくことにしました。
その際に、これまでの屋号はやめて、今の屋号をつけました。irohazumです。
「いろは」と「はずむ」を合わせた造語です。
●物事の始まりを意味する「いろは」
●クライアントも自分も、心が弾むようなワクワクする体験になって欲しいという想いを込めた「はずむ」
二つ合わせて「色が弾む=irohazum」です。
「いろは」は、初心を忘れずクライアント様と向き合う意図もあるんですが、私自身の心機一転の気持ちも込めています。
クライアントさんと共に、色が弾むようなクリエイティブができたらいいなと想いを込めました。」
カヤバ
「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!これが本当のコンセプトですね!!!!
むっちゃ想い伝わるし、ストーリーとも繋がっている😭」
でざいん姉さん
「ありがとうございます😊
福岡で生まれ変わった気がしています。
福岡に来てからたくさんの方に優しくしていただいたんです。それで考え方がすごく変わりました。人に感謝できるようになったんですね。
派遣先の企業もすごくいい会社で、これまで私が訴えてきたことは間違ってないと、肯定してもらうような出来事もたくさんありました。これにも救われました。
専門学校で講師の経験ができたのも良かったです。教えることは全く勝手が違うので、すごく勉強になりました。
今でも、当時の生徒さんとランチに行ったりするんですよ。
これまで一匹狼でしたが、一人ではできないことがたくさんあることを知って今があります。今では本当に周りの方に感謝しています。感謝感謝の日々です…。
これまでの出来事は、ホンマさん主催のセミナーでお話して、Yukariさんがまとめてくださったnoteがあるので、ぜひ読んでみてください!」
Yukariさんのnoteはこちら
↓↓↓
カヤバ
「その記事!知らなかったです!読んでみます!😇」
でざいん姉さん
「ここまでが私のキャリアの流れなのですが、妊活と仕事の両立などについても、話たい所なんですが、すごく長くなるので今回は省略させていただきます🙏」
カヤバ
「え!?むっちゃ興味あります!ギルドプロジェクトのまるカリさんという人が、女性の仕事とプライベートの両立の話題に興味あるので、是非これとは別にお話し伺わせてください!」
でざいん姉さん
「是非是非!😊」
5.サポート〇〇ってなんですか?
カヤバ
「いやー、ちょっとストーリーの熱量とボリュームで変な感じのテンションになっておりますが、次の質問はライトなものを用意していたので、よかったです😇
あの『サポート〇〇』ってなんですか?ホンマさんが確かサポート兄さんっていうサービスをやっていた気がするのですが、シリーズ物なんでしょうか?🤔」
でざいん姉さん
「あー!あれは『〇〇姉さん』と、私が勝手にシリーズ化してるんです。
名前が『でざいん姉さん』なんで。
ONLINE上司でも『経理姉さん』とか『ロゴ姉さん』とか何でも『姉さんシリーズ』にしてるんですよ笑」
カヤバ
「あー!でざいん姉さんはシリーズの一環だったんですねw」
でざいん姉さん
「○○姉さんにした方がわかりやすいと思ってw
Twitterで、親戚や近所の姉ちゃんのように慕ってほしくて、でざいん姉さんと名乗り始めました。
ホンマさんの『サポート兄さん』は、私の相談サービス『さぽーと姉さん』を暖簾(のれん)分けしたものなんですw」
カヤバ
「暖簾分けw 家系ラーメンみたいなノリなんですねwww
謎が一つ解けました😎」
でざいん姉さん
「よかったです😊」
6.これからこうしていきたい理想の働き方はありますか?
カヤバ
「今も十分に充実した働き方をしていると思うのですが、これからもっとこうしていきたいというような理想の働き方はありますか?😇」
でざいん姉さん
「ありますー!!
これまでは、クライアントさん主体の仕事をやってきました。今後は自分がやりたいことを絡めながら仕事したいと思っています。
コロナ禍で家にいて、フラストレーションが溜まっていたのもあって、移動して旅するデザイナーをやりたいなぁと思っています😆✨
旅が仕事になればいいなぁ。車中泊できるように車オフィス作って、出張さぽーと姉さんや、これまでの経験を伝えるirohazumのセミナーとかやりたいなぁって色々考えています。」
カヤバ
「旅するデザイナーってなんかかっこいいですね!
実現しそうですか?」
でざいん姉さん
「現実を見ると、すぐにとは行きませんね🥺
近隣の駐車場は2万円/月する地域で結構高いんです。
駅近で徒歩圏内に何でもあるので、実際は車とかいらないんですよね。
現実も考えながらゆるりと色々考えて行きます。」
カヤバ
「現実と歩調合わせるの大事ですね!
他には何かありますか?」
でざいん姉さん
「後は、妊活や家庭と仕事の両立とか、女性の働き方で悩むことがあったので、伝える仕事をしたいですね。
デザイナーとして、デザインの勉強をするのはもちろん大事なんですが、それ以外にも大切なことがあるんですね。
例えばメンタル管理。私は過去の経験からメンタルをすごく意識していて、常に平常心を心掛けているんです。アップもダウンもしないように。仕事に良くも悪くも影響するんですよね。
怒ったり落ち込んだり感情が揺らいでいると、いいアイデアが出てこないし、いい仕事はできないと考えています。チームの輪も乱しますしね。
パソコンのデスクトップの整理整頓と同じで、心も一定の状態を保つというのが大事かなと。」
7. 属しているコミュニティはありますか?
カヤバ
「属しているコミュニティってありますか?🤔」
でざいん姉さん
「チーフで参加している『ONLINE上司』ですね。
上司ニシグチさん主宰のコミュニティです。
あと、masaさんのD学やシナカフェにもちょこちょこお邪魔しています。」
カヤバ
「ONLINE上司はどんなコミュニティなんですか?」
でざいん姉さん
「ONLINE上司は一言でいうと、大人の落ち着いたコミュニティって感じですね!落ち着いてるけど和気藹々とした感じです✨
主にグラフィックデザイン課、ウェブデザイン課でのデザイン添削や、皆さんのご相談が中心です。
特徴は『みんなで何か一つの目標に対して活動しない』ってことですね。メンバーさんが自由に動ける感じです。積極的に発言してもいいし、情報収集のROM専でもいいし。自分主体でOKって感じですね。
私はこう見えて、人と群れるのが苦手なんで、落ち着いた雰囲気ですごく助かっています。」
カヤバ
「わかりますー!僕はウェイウェイなコミュニティってなんか苦手なんで、仲良い方がやっていてもお断りしています😭」
でざいん姉さん
「ww
私もONLINE上司に入る前は一切コミュニティに参加してなくて、上司ニシグチさんから『チーフとしてジョインしてください』と誘っていただいてなければ入ってなかったと思います。
けど、必要性も分かるんです。フリーランスってすごく孤独なんですよね。
それに、デザイナーが会社に一人しかいない環境も多いようで、上司やデザイナー仲間がいない方も多くジョインされています。
ONLINE上司の中にはいつも接している皆さんがいて、本当に安心します。
何かあったときに質問できたり、悩みを共有できる場があるって大事ですよね。」
8. Twitterをやっている目的は?
カヤバ
「ここからは、Twitterについての質問が続きます。
でざいん姉さんってTwitterをどんな目的で使っていますか?」
でざいん姉さん
「2つあります。
1つ目 irohazumの広報として使っている。
『でざいん姉さん』って佐野五月とはイコールというよりも、でざいん姉さんっていう人なんですよね。irohazumの広報担当なんです。
私だし、発言も私の言葉なんですが『でざいん姉さん』だから伝えれることがあって。」
カヤバ
「わー!それありますよねー!!!🤩
僕は、中の人がクズで口悪くて、人とすぐ喧嘩するし、人と話すことが苦手ですぐ引きこもっているタイプのダメ人間なんです😭
けど、カヤバアキヒコ1031はプロジェクトの一環で使っている部分があるし、投稿内容も100%を1人でやっているわけではないので、もう一人の自分って感じなんですよね😇」
でざいん姉さん
「わかりますー!!!!
以前、アイコンを数日間、実写にしてみた時があるんです。」
カヤバ
「ありましたね!5日だけじゃなくなったの!?ってびっくりしたの覚えてます🤩」
でざいん姉さん
「リアクションいただいてましたね!
やってみたんですが、でざいん姉さんのアイコンに戻したんですよね。
いつものようにツイートができない。ダメだって思って。
あと単純に、タイムラインに自分の顔並んでいるのが気持ち悪いんですよねえ🤣」
カヤバ
「え!?w」
でざいん姉さん
「実写だと何かしっくりこなかったんですよね。私の顔なんですけどw
逆に偽物感があるというか笑
それよりも『姉さん』の方が、私の気持ちをきちんと伝えれる気がしたんですよね。それくらい、でざいん姉さんの存在には助かっています。真面目なツイートとか実写ではしたくないです。照れちゃってw」
カヤバ
「でざいん姉さんのアイコンってかわいくて親しみやすいですもんね!」
でざいん姉さん
「えー!?嬉しいですー!😆✨
でざいん姉さんのアイコンって、ロゴの考え方と同じ手法で作っているんです。あれはイラストじゃなくてロゴなんです。
目指したのは親しみやすさと、覚えやすさです。一度見たら記憶に残るようなアイコンを目指しました。
親しみやすさを考えた時に、アンパンマンを思いついたんですが、小さいお子さんがまずアンパンマンを好きになる理由が、丸やシンプルさに親しみを感じるようなんですね。
なので、でざいん姉さんのアイコンは殆ど丸を使って構成されてるんです。色は柔らかいピンク。親しみを表現したくて。個人的にピンクが好きというわけではないんです。」
カヤバ
「そんな想いが籠もってたんですね!確かに!むっちゃ親しみやすいです!!
というか、僕はゆるい姉さんから入っているんで、リプもしやすくて、より親しみやすかったです😊」
でざいん姉さん
「そうだったんですね!すごく嬉しいです!!」
2つ目 思考の整理と文章の練習
でざいん姉さん
「2つ目は、思考を整理したり、言語化の練習のためにやっています。
実は、タイムラインを積極的に見てなくて、リストでたまに見てますね。単純にSNSに時間を使いたくないのと、無差別の情報をインプットしたくないのもありますね。メンタルを保ちたいんで。
カヤバ
「ホンマさんも同じようにやっているって言ってましたw
クリエイターの方はそういう使い方する人がいるって言うのを知れることは楽しいですね!!」
9. Twitterで繋がりたい人はどんな人?
カヤバ
「Twitterで繋がっていきたい人っていますか?😇」
でざいん姉さん
「『新しい視点をくれる方』ですかね。
よく、クリエイターがTwitterを使う時に、クリエイター同士で繋がりがちなんですが、界隈を越えて広げていきたいです。もちろんクリエイター同士で繋がることが悪いっていうことじゃないですよ?w
デザインを実際に見ている人、使っている人の行動や、何が好きかとか、何に困ってるかを知りたいですね。
例えば『主婦の方の視点』とか『学生の視点』とか、むっちゃ勉強になるじゃないですか!作るデザインはさまざまなので、仕事に活かせますよね。
その他の理由は、単純に知識欲ですね。知ること、学ぶことが大好きなんです。
職業も年齢も関係ないですね。自分にない視点を持っている方と繋がれると嬉しいです😊」
10.最後に一言
カヤバ
「次でいよいよ最後の質問です!
もっと聞いていたいのですが、最後に一言ここまで読んでくださった方に向けてメッセージを自由にお願いします!😇」
でざいん姉さん
「今すごく悩んでいる方に伝えたいです。
今回のインタビューを読んでいただいてわかるように、すごくダメな時もあったし、たくさん回り道をして今の私がいます。
デザインや仕事から逃げたこともあるし、人や環境を恨んだこともあります。
私から言えることは、時には落ち込んでもいいし、立ち止まってもいいってことです。
そんな辛い経験をしたから得られることがあります。
他人と比較せずに、自分を信じて一つひとつ積み重ねてください。
たまには自分を褒めてあげてください。自分を大切にして欲しいです。
このインタビューの内容が、何かのヒントや、きっかけになれると嬉しいです。」
カヤバ
「はい!むっちゃグッってきました😭
僕は、でざいん姉さんに勝手に似ている部分、共感している部分を感じて、むっちゃ励みになりました!
僕も、引きこもりだったり、会社員なれなかった時に挫折したんですが同じように『過去の自分を超えてやる!』ってだけでなんとか生きて来れました😇
素敵なメッセージありがとうございます!🙏」
でざいん姉さん
「こちらこそ!インタビューが初めてだったのですごく楽しかったです!ありがとうございます😊✨」