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トランスジェンダーというカルト14 賛美

トランジション開始からたった数ヶ月で、私は普通の人なら縁のない不快感を散々味わった。毎日毎日、性別に関する侮辱をされ、心はボロボロだったと思う。では、なぜ私は彼から離れなかったというと、ビザの問題があったからだ。

私は彼の配偶者として英国に移り住んだので、ビザのルートは英国籍の配偶者となる。当然、夫婦関係が終われば、私は日本に帰らなくてはいけなくなる。もちろん、外国から移り住んでくるのは配偶者だけではないので、他にも永住権への道はある。例えば雇用主がスポンサーとなる就労ビザに切り替えて、5年間英国に滞在すれば永住権を申請できる。しかし、私は既に彼の配偶者として4年間過ごしていたので、就労ビザに切り替えたらそこでリセット。それからまた5年間待たなければいけない。

私は日本から離れたときから、一生戻るつもりはなかった。中学生くらいの時には既に、自分は日本の社会で生き抜くことはできないだろうと考えていたし、物理的に家族と離れなければ自分のメンタルは絶対に回復しないと分かっていた。今でも実家とは一切連絡を取っていない。大学卒業と同時に渡英してから、生活の基盤はずっとこちらにある。日本に帰ることになったら、また全部ゼロになってしまう。日本はイエ制度が色濃く残っている国だ。連帯保証人がいなければ家すら借りられない。何かにつけて手続きには戸籍、住民票が必要で、世帯主とのつながりは死ぬまで、いや死んでからも途切れない。

日本人に生まれた以上、イエという箱庭から出られることはないが、その箱庭を意識しない環境にいることが精神的にどれほど重要か、私は移住して学んだ。またあの地獄に戻るのか、と想像しただけで身震いした。この恐怖は家族がいる人には分からないと思う。当時、私はコロナ禍で無職。なんとか元夫のご機嫌をとって残り2年を乗り切るしかない。

私は彼が本来どういう人だったかに気づき始めてから、理解を示しているフリをするのをやめた。彼が何かにつけて「自分は女だ」「君と性別が一緒だ」と主張する度に露骨に嫌な顔をしていたと思う。しかし、彼は今や社会的弱者、マイノリティであり、彼の意向にそぐわないものはすべて彼に対して「否定的」となる。彼は気に入らないものをすべて不寛容、理解が足りないと解釈し始めた。

彼の母親は当初、私をサポートしようとしてくれた。結婚してさほど時間が経っていないのにこんなことになって可哀想に、と。しかし、彼はその母親の行動が気に入らなかったし、そこに私の「理解の足りない」態度も乗っかって内心、怒りに満ちていたと思う。カムアウト直後のハネムーン期が過ぎると、周囲が積極的に彼を支えようとしない状況に苛つき始めた。

ひどく自分勝手な人だと思った。両親をはじめ、周囲は困惑している。すぐに受け入れた仕事仲間や医療関係者はただの他人だ。彼を大切に思っていればいるほど、困惑度は上がっているというのに、彼にはそんなことどうでもいいらしい。とにかく注目されたい、心配されたいという願望でいっぱいだった。本当の自分を見つけて、こんなに大変なことを乗り越えなければいけないのに、なぜ自分をサポートしてくれないんだという気持ちしかなかった。

私にはとてつもなく可愛がっている愛猫がいる。結婚してからすぐに飼い始めて、何よりも大切な存在だ。猫飼いカップルあるあるだと思うが、愛猫に話しかけるときは自分のことをママ、元夫のことをパパと呼んでいた。しかし、彼のトランジション開始以降、この呼び方も今やミスジェンダリングになる。いつものようにパパと呼ぶと、すぐにやめろと言われた。そして私の愛猫に「君にはママが2人いるんだよ」と話しかけた。今まで隠そうとしていたが、私はそこで初めて彼の目を見て軽蔑した。愛猫は私にとって子供同然だ。子供に思想を強制するなんて信じられなかった。

それ以降、私は彼の機嫌が急激に悪くなっていることに気がついた。無職の私にもっと生活費を払えと要求したり、買い出しに連れて行くのを渋るようになった。これ以上彼の機嫌を損ねたら、何をされるか分からないと思った。そこで私はいらなくなった服や余ったスキンケア用品を彼にあげて、女扱いしているように見せかけた。久々の買い出しに行った際には「女になったから重いものが持てない」とぐちぐち言うので、帰宅して冷蔵庫に物を詰めているとき、猫に向かって「この家に男手はあなた1人しかいないんだから、手伝ってよ」と冗談のつもりで言った。すると、彼は露骨に嬉しそうにして「そうだそうだ」と私の発言に乗っかってきた。そして「正確には彼(猫)は去勢しているから、もう女の子かも。トランス猫。」と言う。

やはり私には彼のご機嫌取りは無理だと思った。これからどうなるかなどどうでもいい。悪魔に魂を渡すようなことはできない。ここまでくると、現代のジェンダー論は鎖国時代の絵踏みと同じで、嘘をついて助かるよりも、事実を話して自我を保ったまま焼き殺されたほうがマシだとすら思う。踏めば助かる。けれど、踏んだ時点で自分でなくなるのなら、踏まない方を選ぶだろう。

「去勢しているから女の子」と言っておきながら、彼は愛猫をheと呼び続けた。動物は去勢しても性別は変わらないのに、人間はそうじゃない矛盾に気づいたらしい。もちろん愛猫を「ミスジェンダリング」しておいて、彼から謝罪や後悔はひとつもない。

私は彼と一線を置いているつもりだった。彼も私の心が離れていっていることに気づいていたはずだ。しかし、プライドの高い彼はあくまで離れていったのは私ではなく、自分ということを強調するための行動を起こし始める。

(次の記事に続く)


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