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シンデレラコンプレックス

第7話 『現実に生きる乙女はたくましい』1


少女が大人になる時、だれもが夢みる「お姫さま」。
たとえお姫さまに憧れを抱かなくとも、ブラウン管の中や身近なだれかに、
だれしも「あんな風になりたい」と目指す見本はあるものだ。

純粋に夢みた頃が、だれにでもあったはずなのだ。
自分はいったいどんな理想を抱いていたのか…幼い夢は壮大で愚かしい。しかしながら、あまりに遠くて思い出せない。

子どもの頃、女の子がおよそ通るであろうおままごとやお人形遊びの類は、母親から聞かされるお話だけに留まり、実際に経験することはなかった。娯楽といえば絵本を捲る日々。外からの情報は、物心がついた頃屋敷にやってきた歩多可ほたかから得る知識だけだった。

母親が健在だった頃の由菜歩ゆなほの生活は、乾の屋敷の中でしかなく、本人が認識していないだけの監禁に近いものだった。それゆえ小学校低学年程度の学習までは、すべて母親と養育係から学んだ。
テレビを見るでもなく、どこかに出掛けるでもなく、ただひたすらに限られた場所で母と養育係の3人で過ごした。

その頃の乾家に男児はなく、歳の離れた本家のお姉さま方は、気まぐれに相手をしてくれることもあったが、奥様がお亡くなりになると途端に冷たくなり姿を見ることもなくなった。
物心がつき、敷地内の別宅に男の子の存在を認識したのは、それから暫くしてのことだった。それはおそらく歩多可の弟が生まれる頃だったように思う。

『女は嫌いだ。女はすぐ泣くし、いつも意地の悪い顔をしている』
とは、初対面での歩多可の開口一番だった。
今となっては偏見だといえなくもないが、なんでも素直に受け止めてしまう幼心には、とかく響いたものだった。

『ユナは泣かないもん。それに、意地悪もしない』
半べそで小陰に隠れていた由菜歩の、それが精一杯の攻防だった。あの日から、なにがあっても絶対に泣かないと心に誓った。

(意地悪なのはおばあさんと、魔女だもん)
母親の手製の服を着て、衣食住に困らなかっただけで、それ以外の不便を感じることはなかった。実際、なにもしらない当時の由菜歩は、母親がいるだけで充分だった。母親に聞かされたおとぎ話の中で安穏としていた頃は、世間の冷たい風など知る由もなかった。
だが突然の母親の死のあと、年齢を重ね自分の立場を目の当たりにすると、途端に、意地悪なのはおばあさんや魔女ではなく、自分と同じ人間で、自分のような子どもを擁護してくれるはずの大人たちなのだと身をもって知ることになる。

『おまえはなんにも知らないんだな。バカじゃん』
『バカじゃないもん。ちゃんとお勉強してるもん!』

そんな夢見がちな頃、自分は小さな「おやゆび姫」で、父という名の「カエル」に自由を奪われ、養育係という肩書の「ネズミのおばさん」に生かされているのだと知った。そしていつか、ツバメが自分をどこか正しい場所に運んでくれるのだと期待していた。だが、ツバメは、姿を見るたびに罵声を浴びせる継母が仕込んだ養育費を目的とした親類という名のまがい物だった。


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