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乾家の子どもたち

そこがどこという道標は存在しない。
ある時は霧深い森の中にひっそりと佇み、またある時は名も知れぬ山の中のまほろばなのだと囁かれ、そしてある時は海の見える小高い丘に聳え立っているのだと噂された。
そこはとても奇妙な集落で、そこに住まう人々はみな血縁で、どんなに家屋が建ち並ぼうとも、一軒であるということだった。


とある場所に、とにかく好色な男がおり、代々世に影響を及ぼすような役職にある高貴な家柄にもかかわらず、その家にはなかなか跡取りになる男児が「誕生しない」という不運な一族があった。よってその一族の当主になる者は皆「好色」を正道とし、愛人やら妾やらを身分構わず手元に引き込む暴挙が許された。そして見事、男児を出産できた女親には、一族の一員としての身分が与えられ、唯一の跡取りと共にそこに住まうことを保証される。そうしてその後の余生は「一生遊んで暮らせる」だけの約束を交わされるのだという。仮にその跡取りに兄弟姉妹がいようとも、本家に住まうのは母ひとり子ひとりと定められ「子宝」の名のもとに、それはそれは珍重されるというのである。

それゆえ、歴史に名を遺すほどの影響力を持つその一族には、家系図に名を刻むこともままならない所在の危うい女児ばかりが誕生し、由緒ある者は支度金を持って出奔し、身元のはっきりしない末端の者はそれなりに扱われ切り捨てられていく。そうしていつか散り散りになって消えていくたくさんの女児とその母親等は、一族の名を語ることなく全国各地で身を潜めて生きているのだという。

その一族の名を「いぬい」といった。

だれもが存在を認めてはいるものの、実際に権力を振りかざし豪気に世に名を知らしめられるのは当主のみ。その歴史といったら戦国の世をも揺るがしたとも、ひいてはひとがこの世に息づいてから続く因縁のようなものだと語られることもあり、ちょっとした文献にも記されているという。


知り得る限りで現当主は、代々地方代議士の家系と目されてはいるが、やはり女癖が悪く婚外子が多く存在するらしいということだ。

現当主の名は乾 歩時ほとき(64歳)。亡き正妻の子は3人。だが全員が娘ですでに嫁に出ていた。
長女佳歩よしほ(32歳)、次女詩歩うたほ(29歳)、三女史歩ふみほ(26歳)。仮にこの娘たちに男児が生まれた場合には、黙って家督は譲られることになるのだが、意図してのところか、運命のいたずらか3人が3人とも男児には恵まれずに今に至る。

昨今、認知されている婚外子は後妻の子が3人と、元愛人の子がひとり。そして現愛人の子がふたりの6人である。そのうち男児は3人で、この3人が家督候補になっている。

後妻には長男歩多可ほたか(20歳)、次男歩須巳ほずみ(16歳)、長女真奈歩まなほ(15歳)の3人があり、この女と子どもらは、同じ敷地内にある別宅に居を構えて暮らしていた。しかし、お家騒動に興味のない長男は高校自分から、屋敷を離れて暮らしている。

元愛人と目される女は既に他界していたが、後妻と同時期に屋敷に引き込まれ、後妻の長男と同齢の娘がひとり由菜歩ゆなほ(20歳)。この娘は女児でありながら唯一、屋敷内での生活を許された婚外子であった。が、表向きは乾の血を引く縁者を頼って出奔を願い出たとされている。しかしその実態は母親と死別後に後妻の手によって無一文で放り出されたのだった。

現愛人の子はまだ幼く長女和歩かずほ(13歳)、長男歩稀ほまれ(10歳)のふたりであるが、家督争いには「巻き込まれたくない」と早々に屋敷を離れ、援助を受けながらも住まいを転々として暮らしている。

本来ならば、認知されている子らとその母親は平等に屋敷内に招き入れられてしかるべきなのだが、後妻の手酷い仕打ちに、同じ敷地内での安寧な暮らしを望めずに、ひとりは死に、ひとりは未だ命を危ぶまれ隠れて暮らしているという状態だった。
今の後妻は大変に狡猾で、加えて目に余るほどのやきもち妬きらしく、自分が男児を出産したその日から、当主が引き入れる女を次々といびり倒しては追い出す…を繰り返し、ついには後妻の座を得たと言われている。


これは、そんな数奇な家に生まれついた子どもたちの行く末を見守る物語である。










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