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連載『あの頃を思い出す』

    3. いくつかの片想い・・・8


「はぁ」
 買い物袋の中身は、以前から双子が食べたがっていたがなかなか手に入らないコンビニのさくらんぼのシュークリームだった。
「まーま、おなかすいた」
「けいちゃんせんせいのたべたーい」
 子どもとはなんて親の立場をひっくり返してくれるのだろう。はらはらと行き先をあぐねる。
「とりあえず、夕飯作るね」
 ありさの目から逃れようと立ちあがるが、そうしたところで瀬谷とありさがどうできるであろう。このまま沈黙を続けるわけにも行かない。
 思い空気が充満する。
「尚季(ひさき)さん、俺、帰ります」
「あぁそんな、邪魔しません。わたしが帰ります」
「ありさちゃん、別にわたしたちそういうんじゃないの、ただ…」
 ただ…なんと言えばいいのだろう。
「俺が、尚季さん付け回してるだけなんで…」
 瀬谷が口を開いた。
「付け回す?」
「もう、だから…」
「あたしってーワリと勘はいいほうなんですけど…そうかぁそうだったんだ。道理でなびかないわけだ」
「なびかない?」
 経場(けいば)のことを言っているらしい。
「ありさちゃん、誤解しないで、別にそういうんじゃないんだから」
 なにを言われるかわかったものじゃない。しかし口を開けば開くほど、墓穴を掘り下げていっているようで気が気じゃない。かといってどう言い逃れよう。
 瀬谷はただ黙ってみている。尚季の反応を見ようとでもいうのか。
「そういうんじゃないって言ったって、買い物袋ぶら下げて待ってるってことは、そういうことでしょう」
 瀬谷と尚季を行ったり来りと見据えるありさ。
「俺、やっぱり帰ったほうがよくないですか?」
 いつになく気難しい顔の瀬谷。
「え、あたしのほうが帰りますよ。ごめんなさい気が利かなくて、いてください」
 立ちあがろうとするありさ。
「まーま、ごはん」
「おなかすいた~」
「ゴメン! ふたりとも帰って」
 耐え切れずに口にする尚季。ありさに説明しようとすると瀬谷に悪い気がするし、かといって瀬谷をなんと言って紹介したらいいものかわからない。この場は逃げ切りたかった。
「せっかく来てもらってなんだけど、あたし。あ~ちゃんとあとで説明するから、別々に。てか、今日は」
 こんな言い方もふたりに対して充分失礼かとは思うのだが、今の尚季にはいい加減な言葉で片付けられるほど冷静な感情を振り絞る気力がなかった。まさにパニックだ。

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