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サーカス

わたしの幼少の頃のアルバムに、サーカスのバイクショーの鉄球の写真が貼ってある。あれはいくつくらいだっただろうか…3歳下の妹がようやっと歩き出した頃だろうか・・・・

あの頃は今より動物のショーが多く、まだまだ怖いもの知らずだったわたしは、猛獣を見ても「怖い」とは思っていなかったかもしれない。なにせ舞台と客席は離れていて、向こうは柵の中。両親の保護が絶対だったあの頃、危険なことなど「どこにも存在しない」のだと信じて疑わなかった。子どもの親に対する絶大なる信頼は、無意識に感じる「愛」なのかもしれない


車での移動中、タクシーの後ろを走ることもしばしばで、時折サーカスの開催スケジュールが書いてあるステッカーを見掛けた
ずっと忘れていたけれど「サーカスを観たい」と思っているのに、足を向けようとは思わなかったのはなぜなんだろう?
高校時代、電車の車窓からサーカスのテントを眺めて通った時期があった。あんなに近くに来ていたのに、なぜ「行こう」と思わなかったのか…記憶が幼すぎて、興味がどこかにいっていたのだろうか

何度かタクシーのおしりを追いかけるうち(意図してではない)、幼い頃の思い出がよみがえってきた
実は鉄球の中のバイクショーは、わたしにはよく見えていなかったのだ。大きな廻るジャングルジム(正式名称はグローブジャングルというらしい)のような鉄球の中で、バイクがぐるぐると回っているのだということは理解していたけれど、暗くてわたしの目にはよく解らなかったのだ。なんとなく、あれがもう一度観たいと思っていた

昨年末、旦那さまに誕生日には「サーカスを観に行きたい」といってみた。どうも冗談に受け止められていたらしく、それをプレゼントしてくれることはなかったのだが、信号機で止まった際に、タクシーのおしりをよく見てみたら、行けない場所ではなかった。だからもう一度、ダメもとで言ってみたら、ようやっと本気にしてくれたらしく、チケットを取ってくれた

思い出の中のサーカスは「暗いテントの中で観ていた」という記憶しかなく、その光景を手繰り寄せるに、あの頃のわたしはピエロを怖がっていたような気がする。動物は多分「像」とか「ライオン」「犬」…も、いただろうか。でも、なにをしていたのかはまったく覚えていない
鮮明に覚えているのは、ショーが終わったあと「みんなで踊ろう」だったか「みんなで歌おう」だったか、子どもだけをステージに呼んで(あげて)、だれかを囲んでなにかをしていた…という記憶。わたしはステージに行きたくてうずうずしていたように思う。無邪気な頃のわたしは怖いもの知らずでなんでもやりたがりの好奇心に満ちていた。自らステージに向かうなど、今なら考えられないことだが、あの頃のわたしは両親に、迷わず「行ってきていい?」と聞いたのだ

子どもって、本当に未知だな~と今は思う。だから、なんでも挑戦していたあの頃が懐かしくもあり、羨ましい
どういう経緯でサーカスを観に行ったのか、自分がせがんだのか、物珍しさに親が連れて行ってくれただけなのか、記憶はあいまいだったが、それはまるで夢の中のように、そこだけ切り取られてわたしの脳裏に焼き付いている

あまり覚えていない思い出を呼び覚ますわけではないが、大人になった今、何十年ぶりかで「サーカスが観たい」と思った
あの頃感じた高揚感など微塵も残ってはいないが、今のわたしがどのように感じるのか、とても興味がわいたのだ。それはまるで、子どもの頃に読んだ本を開いて、あの頃と同じ思いを抱くのか、まったく違う印象を受けるのか、試してみたくなる気持ちと同じだった


サーカスは相変わらずテントの中。でもそれが子ども心に戻してくれる。暗がりでわくわくしながら待っていると、ピエロが出てきてとぼけた動きでこちらを引き込んでいく。煌びやかな光がテント内を照らし始め、もうわくわくが止まらない
そこからはもう異世界に飲み込まれたかのように、わたしの目は釘付けになった。だれにも邪魔されたくないのに、隣の旦那さまが時折体を寄せて話し掛けてくるのがうざい。でも彼は「サーカス」自体が初めてで、見るものすべてが物珍しくて仕方がないらしい。「黙れ」といいたいのを我慢する。そう、彼は珍しくはしゃいでいた

バレリーナのような恰好をしたキレイな女性たちの舞。こちらの好奇心をあおるように次から次へと様変わりしていく。彼女たちも同じ人間なのに、なぜか機械仕掛けのお人形さんのように見えてくるから不思議だ
天井から降ろされた布にくるまりクルクルと廻る。ピンっと伸ばされた手足もブレることなくしなやかに、軽やかで鮮やかな演舞。イリュージョンではステキな紳士がレオタードの美女に早変わりしたり、美女がライオンになったりする。そうそう、サーカスってそういうところ…頭の中で幼い記憶が8mmビデオのようにカタカタと動き出す

やる気がないのか、演出なのか、なかなかいうことを利かない動物たちや、失敗も演出なのか、わざと失敗しているように見せかけているのか、すべてが完璧な舞台。合間に出てくるピエロのコミカルな動きに笑いが零れ、こちらの興味を離さない
ピエロの女の子がものすっごくキュートで、彼女から目が離せなかった

いよいよ待ちに待ったバイクショー。目を凝らしてよく見る。どうしてぶつからないのか、あんなに高速でクロスしながら狭い鉄球の中で光を散らす。2台で終わりかと思えば、3台めまで…!? 子どもであったらわくわくで済んだことが、大人のわたしにはハラハラどころか少し怖い
すごい、すごい! やっぱりサーカスはすごい!

いつも舞台を観ると「自分ちいせぇな」って思うけど、サーカスの舞台はまた違う興奮を与えてくれた。お土産にライオンのぬいぐるみを買ってしまうほどに、わたしは夢中だった
帰りの車の中、興奮冷めやらぬままに喋りまくれば、今度は旦那さまがうざそうに受け応える。自分だってはしゃいでたくせに(。-`ω-){子どもみたいにライオンを買わされたのがおもしろくなかったらしい

また行きたいなぁ・・・・思いの外楽しかった。いや、それ以上だった。もう少し冷静に、冷めた大人の気持ちになるかと思ったけれど、あの時間のわたしは、アルバムに収められている頃のように無邪気だった



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