見出し画像

連載『あの頃を思い出す』

    3. いくつかの片想い・・・4


 瀬谷を迎えに来た…と言う日から、なにも知らない経場(けいば)は頻繁に図書館に訪れるようになっていた。尚季(ひさき)はそのことを瀬谷には伝えていなかった。なにをしに来ているのかは別として、改めて報告するようなことでもなかったし、また、それは経場自身尚季と同じと言えるだろう。瀬谷がいない時間帯に現れるのはただの偶然か、暇つぶしなのか、尚季にとっては胸撫で下ろすところではあった。
 本など借りもしないのに、気紛れに訪れては真っ直ぐと尚季を目指し、2、3くだらない話をしては帰っていく。他愛のないホンの数分のことではあったが、話のネタには充分過ぎる光景でもあった。対し、ありさが騒がないことが唯一の救い。
「なぁ、ここっていっつもこんななの? ものすごく閑散として見えるけど」
 その日は午前中の訪問で、時間に限ったことではないが人の少ないことを指摘しての開口一番だった。カウンターに肩肘ついて寄り掛かり、のんびりと館内を見回す。
「仕事とか、ないの?」
 新規利用者のコンピューター入力の最中で、忙しく画面を目で送りながらキーボードを叩いている尚季は、本当に迷惑そうな口調であしらう。
「こんなところにいていいわけ?」
 相変わらずの冷たいもてなしに、だが、経場は引き下がらない。
「あぁオレ、営業成績いいから」
「サボってんの言いつけるわよ」
「言わなくてもわかってるでしょ」
「でしょうね」
 小憎らしい態度と、170センチ以上はある身体を折り曲げてカウンターに影が差す。それが尚季には重苦しい。
「なぁ、頼みがあんだけど」
「あたし忙しいの。見てわかると思うけど、仕事してるのよ」
 画面をにらみつけたままカタカタとキーを打ち鳴らす。時々手元に重ねてある用紙を捲りながら、打ち込みは繰り返される。
「よくそんなに指が動くな。つらないの?」
 真顔で尚季の指先を追う経場。イライラとキーを叩く音が力強く響いてくる。
「なぁ」
「あっ…」
 じっと見られているプレッシャーからか、打ち損じる尚季。
「いい加減にしてよ、もう」
 矛先は当然経場に向けられる。
 キッと目線だけを動かし、経場を睨み付ける尚季。しかし、すぐさまその眼は画面に向けられ、再び打ち込みは続けられた。月末とあってかなり焦っている様子。
「なぁ?」
「リクエストならそこの用紙に記入してお持ち下さい」
 いい加減付き合うのも煩わしく、かなりの怒り口調で営業に徹した。
 ぴたりと経場の減らず口はやみ、少しやりすぎたかと思いながらも、だが忙しいのは事実、そんな考えは一瞬のうちに消し飛んだ。すっと、尚季の視界から経場の気配がなくなり、帰ったのかと安心するも束の間、今度はリクエスト用紙がカウンターの上に差し出された。

いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです