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シンデレラコンプレックス
第5話 『その我慢は乙女の意志ではない』3
「ねぇ、付き合ってくれるの、くれないの?」
就業間際、普段ならとっくに帰っているはずの千佐が、天嶺を追って入ったカウンター奥のバックヤードから出てこない。
「おまえちょっと、しつこいぞ」
「ちっとも聞いてくれないから」
「つき合う必要なんてあるか?」
「あるから言ってるんじゃない。それより、なんで声ひそめるの? 聞こえたっていいじゃない、別に。それともなにかやましいことでも?」
「いい加減にしろ、職場だぞ」
バックヤードのカーテンを開け、ようやっとふたりが顔を出す。
「だって、最近のあなたつまらない。すっかりおじさんになっちゃって」
肩をしならせ、天嶺の腕を小突く。
「オレはまだ28だ」
「四捨五入すれば30。それにもうすぐ誕生日じゃなかった?」
言い捨て、店内にいるナナ江に視線を走らせた。
「はぁ…」
疲れる…と口の中でぼやいて足元に目を移すと、カウンターの隅に小包が転がっているのが見て取れた。
「おい、これ…」
この日は1日、千佐がカウンターに立っていた。
(検品漏れ…)
ため息まじりに拾い上げるとそれは、本社からの荷物だった。先日ナナ江と残業の際、伝票を処理した由菜歩の客注商品だった。
(アクセサリー?)
中身を取り出すと、2色のレザーコードと羽の形を模したシルバーのトップに天然石がついたものだった。
一緒についていた伝票を見ると「赤・黒」「緑・黒」と2種類の注文になっている。
(ペア…?)
だが、中に入っているのは赤と黒のレザーコードだけだ。
もうひとつは…と辺りを見回していると、いつの間にか隣に立っていた千佐が、
「あぁ、それ。こないだのちょっとかわいい男の子のやつね」
そういって、客注ボックスの中からもうひとつの緑と黒のレザーコードを取り出して見せた。
「あぁ」
ふたつの商品を取り「贈答用」と書かれているそれらを確認しようと袋を開けた。
「なに、自分で包装する気? 彼女にやらせればいいじゃない、そんなの」
そういって取り上げようとする千佐の手を阻む。
「なによ」
恨めしい目つきをする千佐に、
「いいから自分の仕事をしろ。もうとっくに他の店舗に移っていいはずだろう」
皮肉を吐く。
「いいのよ、ここが最後だから。じっくり見定めないと」
なにを見定めに来ているのか知らないが、いい加減「うんざりだ」と顔をしかめる。
「そんな顔してもダメよ。つき合ってもらうから」
「わかったからもう、帰れ」
根負けした天嶺は、さっさと「ひとりになりたい」と思った。
「約束よ? じゃ明日」
したり顔を見せたかと思うと、そそくさとバックヤードに戻る千佐。
(はぁ…めんどくせぇ)
「藤井…ちょっと」
ようやく解放され、やっと仕事に戻れると思った矢先、当然のことながらこちらも、不機嫌な顔を隠さない。
「なにか」
ナナ江はそれほど「女の顔」を見せないタイプだと思っていた。だがどうやら、女というものはだれしもいろんな顔を持っているのだと、改めて認識する。が、
「飯でもどうだ」
いい加減、窮屈だと思い始めている。
いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです