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恋愛体質:étude

『カフェテラス』


4.smartphone

「セーフ!」
全速力で走ってきて、勢いよく助手席のドアに手を突く。明らかに怒っているであろう運転席の顔には気づかないふりで、後部座席のドアを開ける。
「イヤぁ講義が長引いちゃって」
と、言い訳しても、
「なにがセーフだ、待たせやがって。そもそも今日は午前中で終わりのはずだろ」
こちらを見もせず毒づくのは、先ほど話題に上っていた「めんどくさい兄」重音かさねだ。
「ちょっと遅れただけじゃない」
リュックとバイオリンケースを静かに並べドアを閉める和音。素早く助手席に乗り込むと、いつも通りの小言が始まる。

「こっちだって仕事の途中なんだよ。呼び出しといて待たせるとか、もっと時間を有効に使えよ」
「ハイハイ、ごめんなさい。これから気をつけま~す」
こちらもいつものこと…と、軽口を叩く。
「友だちとのランチだって、学生には大事な時間なんです」
「三羽ガラスが」
舌打ちまじりに車を発進させる兄は、なんだかんだと言いつつもいつも味方だ。それが解っているだけに、小言も気持ちよく受け流せる。

「来月のロビコン、来てくれるよね?」
そして学生は、自分のことしか話さない。
「来月?」
「え~言ったじゃーん。冠山荘のロビーコンサート。今回はちょっと大きくやるからさ」
「あ~」
「あー忘れてるー」
「忘れてねーよ。行くよ、タダだろ?」
「残念。今回はチケット制なんです。何枚買ってくれる?」
「チケットばっか買ったって、頭数にならねーだろ」
「いいから、いいから、妹を助けると思って! ね!」
ため息をつかれても、結局買ってくれることも知っている。

「ねぇ、電話なってるよ」
センターコンソールに伏せて置かれた震えるスマートフォンに手を伸ばす。
「あぁ。あとでかけ直す」
そう言われながらも、救い上げたスマートフォンの着信画面を見るや否や、和音は指を滑らせ、
「もしもし? ユウヤ!」
明るく甲高い声で受け応えた。
「おい!」
腕を伸ばしてくる兄を交わし「久しぶり~元気だった?」と、勝手に話し始める。
それを横目にため息をつく重音。

「なになに、あたしとは会ってくれないのに、お兄ちゃんには電話までするのー?」
必死にあれこれ話し掛けるも『かけなおす』としか返ってこない。
「ねー今なにしてるの? あ、あたしと電話中かー。やだ~相変わらずいい声」
めげずに話し続ける和音から、車を停めスマートフォンを奪い取る兄。
「あ~もう、お兄ちゃん!」
「だーってろ!」

「もしもし、わりぃ。そしてタイミングもわりぃ」
電話の向こうからは笑い声がこだまする。
「なんだよ、BBQ? あぁ土曜だっけ? 日曜? 月曜…マジか。祝日ね」
淡々と済ませて電話を切る。

「おまえ、他人の電話に出るのは無断で郵便物開けるのと一緒だぞ!」
怒りをあらわにするも、そんなことは和音の耳には入っていない。
「あたしも行く! ユウヤとBBQ!」
「はぁ? BBQなんて言ってねーぞ」
「聞いた。お兄ちゃんが今、言った。祝日ね、絶対行く! BBQなら女手も必要だよね、藍禾あいか結子ゆうこ連れて絶対に行くから! もうなにも聞かなーい」
そう早口に喋ったあとはプイっ…と窓の外を見、一切口を噤んだ。

そうなると和音は頑として譲らない。
そして重音は深くため息をつく「いやな予感しかない」と。



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