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人生の毒味役

わたしは両親どちらの家にとっても最初の子どもで、いつも新しいものばかりを用意してもらってはいたけれど、本音はおさがりが欲しかったし、だれか(兄や姉)のあとについて歩く(人生)ことをしたかった

一番最初の子どもって「お姉ちゃんだから」とか「いちばん大きいから」って我慢させられることはもとより、なんでも最初にやらされて、学校に行くことも含め知らないことの最初の一歩はいつもわたしで、それはまるで人生の毒味役をしているようだった

好奇心が旺盛だとか、なんにでも首を突っ込みたがるとか、最低限の子どもの興味を持って生まれてきてはいるけれど、でも、最初に生まれたからといって頼もしいわけでもなければ、しっかりしているわけでもない。生まれ持つ才能は選べないし、期待されるままにそれを積極的に実力行使できるほどの度胸は、わたしには備わっていなかった


いちばん最初が嬉しいのは新雪に足を踏み入れる瞬間だけ・・・・

わたしはお姉さんお兄さんがいる生活にずっと憧れていた。よくある話、ないものねだりね。母親に「お兄ちゃんを産んでくれ」といったくらい
子どもでもそれが無理なことは解っていたけれど、どうにかして年上の援護を受けられる立場になりたかった。まぁ、ちょっと自分に過保護過ぎるきらいはあるけど、それだけわたしはいつも不安だったし、それ以上に長子に求められる頼もしさ逞しさを持ってはいなかった

そんなわたしに母は、結婚するときに「兄弟のいるひとのところに行けばいい」といった。結婚相手に兄か姉がいれば問題は解決。でも悲しいかな、長女というものは長男やひとりっ子に惹かれがちで、それもかなわず・・・・そうこうするうちいつしか仕切られることに窮屈を感じるようになっていたから、子どもの頃の憧れはあっけなくあきらめることができた

大人になったらなんでも平等になるもの…と思っていた。でも大人になったからといってそれまでの関係がリセットされるわけではなかったし、わたしはいつまで経っても使えない「お姉ちゃん」であり頼りない「長子」だった
大人になったら平等ではなくても、ある程度共通の最低限の知識は身についている。だから、大人になってから初めの一歩がやってきたからといって、わたしがいちばんにそれをする必要はないのだ。ないのだが、そんなところだけ頼られる。逃げ口上、また毒味役がやってきた

そしてわたしも大人になった。とても見栄っ張りな大人になった。はじめの一歩を「できない」といえない大人になった。面白いことに、不安は軽減されることはなく未だ残っておりますし、時間で解決することもあれば、時間で責任の伴うこともあり、大人になったからといえども堂々となんでもこなせるわけではないことも知った。そして、頼られたところでやり切れる自信もないのに「できない」といえないどころか、できる振りができる大人になった。大人になるというのはおかしなものだ

子どもの頃に想像していた「大人」はもっと、頼りがいがあって、なんでも知っていて、できないことはない完璧な人間なのだと思っていた。よくよく考えれば、それぞれに性格も違えば、生活も職業だって違うのに、ある一定の年齢になったら皆横並びになるとさえ勘違いしていた。なんでも経験してみないと解らないものですね。そしてわたしは、よほどのんきな子どもだったと言える。いつまで経っても大人になれないなぁ・・・・

わたしの人生、あと何回「毒味役」があるのだろう?


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