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シンデレラコンプレックス

第5話 『その我慢は乙女の意志ではない』2


年頃になったラプンツェル(推定年齢12歳)は高い塔のてっぺんに閉じ込められ、浮世から離れた生活を強いられる。美しく成長したラプンツェルの行く末を危ぶんだ魔女が、世間の目に触れさせないためにとった最善策だった。

【ラプンツェル、ラプンツェル、おまえの髪をたらしておくれ】

毎日通ってくる魔女だけが頼りのラプンツェルにとって、塔の中だけが生きる世界。塔の外に自分とは違う生活があることを知らなければ、それほど不自由はなかったのかもしれない。王子さま異性に出会うまでは…。

ここでまた『眠り姫』に見られる矛盾が生じる。

ラプンツェルは受け身である。
やってきた王子を見て、とりあえず自分とは「違う」と思ったことだろう。ただ「異性に出逢った」というそれだけで、そのまま恋に落ちるだろうか?

だが現実は、どこをどう口説かれたのか、はたまたいきなり襲われたのか、ふたりは結ばれる。男女の悦びを知ったラプンツェルは、夜ごと王子を引き入れ逢瀬を重ね、やがて魔女の危惧した通り身籠ることになる。

おばあさん、なんだかこの頃洋服がきついの
言われるまでラプンツェルの異変に気付かなかった魔女は、女でありながら「間抜け」としか言いようがない。だがその裏切りは計り知れないものだったのか、怒りに任せ美しい髪を切り落とし、妊婦であるラプンツェルを荒野に放逐する。

下世話な結果ではあるが、純粋に「乙女の操」を守るつもりであったのなら基本に忠実、と言えないことも…ない?

愛はあとからついてくることもあるのかもしれない。
ラプンツェルの王子への執着、魔女のラプンツェルへの情動、愛が芽生えれば生き方も変わるのだ。


『理想の相手?』
『そう。店長さんの理想の相手はどんなタイプ?』

『ユナ?』
それはまだ由菜歩ゆなほが店に出入りし始めたころのこと。今ほど天嶺たかねを毛嫌いしていなかった当初、話のついでにすぐ傍にいた彼に声を掛けた由菜歩に、驚きの顔を隠せないナナ江だった。

『今まで、泣かせた女は数知れず…だったりして』
『そんな男に見える?』
『さぁ。でも解らないでしょ?』
『理想ねぇ』

目の前の会話のやり取りが、アルバイトの自分よりも親し気で、胸が痛んだのが始まりだったのだ。

(どうして?)
だれにでも気軽に声を掛けられる由菜歩を、これまでも「羨ましい」と思ったことは幾度となくあった。だが、この時ほど嫉妬したことはない。

そしてまた目の前で、そんな光景が繰り返されている。

天嶺と千佐…もちろん彼らの会話の内容は仕事だが、自分の知らない過去、自分の知らない顔をする店長を見るのは彼女という立場であっても辛い。
いちばん長い時間一緒にいるはずなのに、だれと比べても自分とのやり取りがいちばんよそよそしいと感じる瞬間がそこにある。

(こんな時、ユナだったら…)
そんなことを考えてみても、もう由菜歩は自分のために笑顔を傾けてはくれない。

そうしたのは自分。

これまではお店にいる時間がいちばんだったのに、今は針の筵だ。



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