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危険な日曜日

アリススプリングスその3 旅の楽しみは、何も世界遺産とかの名所・旧跡に限らない。訪れた土地のショッピングセンターをのぞくのも、面白い。エアーズロック・リゾートのスーパーマーケットでは、冷凍庫にカンガルーの生シッポが無造作に積んであったし、オーストラリア各地でもカンガルーの肉は普通に売られていた。スーパーマーケットに入れば、現地の生活が見える。
 ずっこけ豪州30日も後半に入り、出費を減らすために夕食を部屋で済ませる日を増やしていった。ハムやチーズとパン、リンゴ、それにワインさえあれば十分である。オーストラリアの物価は日本より高いが、果物類は安い。アリススプリングスは荒野に開かれた小さい街だが、ショッピングセンターにはほとんどの都市と同じく、二大スーパーが大きな店舗を構えていた。日本ならイオンとヨーカドーに当たるウールワースとコールスだ。これらの看板を見ないで済ませることの方が難しい。

またまたボトルショップを探せ

 ただし、アキボーとは違って、キョウコは生活臭のする所では、あまり機嫌が良くない。長年、主婦として生活してきたため、旅行中ぐらいは---との気持ちも分からないではない。規模や品ぞろえは日豪で違うものの、カートを引く買い物客の目線や、レジの機械音と支払う人の沈黙は、全くと言っていいほど変わらない。
 オーストラリア人はお金に細かい。おしゃべりが始まると、物価や料金の話題が自然と出てくるようだ。ヨーロッパ系の人たちその傾向が強いように感じるのだが、誤解だろうか。
 オーストラリアのショッピングセンターの店構えも、日本とあまり変わらない。むしろワンパターンすぎると言ってもいい。スーパーを核に、ドラッグストアーや衣料品店、カフェ、ベーカリーなどのテナントが、まるで右にならえと号令されたように並んでいる。地域の個性が感じられない。ただ、例外なく小さな寿司バーがどこにでもあるのは、洋食に疲れた胃腸にはありがたかった。

▽写真はゴールドコーストのホームセンター。広さに圧倒された

 そして、もう一つうれしいことに必ず酒屋=ボトルショップもあった。アキボーとキョウコは、シドニーの街中でボトルショップを探して迷走したが、地方都市ではショッピングセンターに行けば、一角をボトルショップが占めている。「BWS」という店が多く、Beer、Wine、Spiritの頭文字をとった分かりやすい店名となっている。

 その日もスーパーで晩飯を買って、アキボーらはBWSへ向かった。しかし、どうも様子がおかしい。買い物客がまばらで、閉まっている店が多い。頼みのボトルショップも閉まっているではないか。店頭には曜日ごとの営業時間が表示してあり、日曜日は「Close」。「えーっ、今日は日曜やったんや」。旅行中は曜日を忘れてしまう。がっくり!
 暇そうにしていた警備員に、日曜でも開いているボトルショップがあるかどうか尋ねるたら、まあまあ近くにある、とのこと。Googleマップでも確認してアリススプリングスの街へ、さ迷うことになった。

のどが渇いたラクダ

 日曜の午後、街の人出はぱったり途絶える。こんな人気のない街外れに、ボトルショップはあるのか?
 Googleマップのルート検索が自動車モードになっていて無駄足を踏んだのはご愛敬。シンプルな街なのだが、微妙に細い通りがあったりして土地勘がつかみにくい。通りの向こうでキョウコが何やら道を尋ねている。通行人が少なく、地元の人を捕まえるのが手っ取り早いのは分かるが、アキボーはアレッと思った。
 キョウコが話しているのはイスラム教のスカーフをかぶった女性だった。「ボトルショップはあっちでしたか」と質問するキョウコに「私はお酒にを飲まない」と、案の定、少し引いた表情を見せた。しかし、キョウコの切羽詰まった様子に気圧されたのか、大変親切に道案内を買って出てくれたのだった。

 たどり着いたその店名は「Thirsty Camel」(のどが渇いたラクダ)。ラクダが描かれた張り出しテントの一角を車が忙しく出入し、酒屋は活気にあふれていた、というか殺気立っていた。本当に砂漠のあちこちから、渇いたラクダが集まるように。
 筋肉隆々の腕にタトゥーを彫った大男たちが、四駆で乗り付けては30本入り缶ビールの箱を軽々と持ち去っていく。ボーッとしていると、どんどん先を越されてしまう。大抵はのんびりしているオージーだが、ここでは別人だ。気後れしていたアキボーを尻目に、キョウコは素早く缶ビールとボトルワインをつかんで、ドーンとレジに置いた。

△アリススプリングスで見かけたキャンピングカー。旅客機の形に改造されている。オーストラリア人のアウトドアライフへのこだわりは生半可ではない

神秘の岩と砂

 アリススプリングス周辺は、ウルル(エアーズロック)に劣らず神秘的な砂漠の景勝に満ちている。
 ただ、脚を伸ばそうとすると軽く数百キロは覚悟しなければならない。日本からシドニーやケアンズ経由でオーストラリア中央部まで飛び、さらにこの辺りを観光しようとすれば、勤め人にはまず日数の壁にぶつかるだろう。ノーザンテリトリー(北部準州)の旅は、リタイアしたシニアの特権かもしれない。いくつかの現地ツアーもオーストラリア政府観光局のホームページなどに紹介されている。
 確かにアリススプリングスでは、アジア系の旅行者をあまり見かけなかった。キャンピングカーに乗ったオーストラリア人の家族やシニアのカップル、若者のバックパッカーが多かった印象だ。
 レンタカーを借りていたアキボーらは、往復で2時間もあれば十分なシンプソンズギャップとデザートパークに出かけた。興味を引かれるポイントはいくつかあったが、「オフロードに注意」とか「なるべくツアーで」といった所が多く、安全を優先した。
 実際には大雨が降らない限り、未舗装道路を普通車で走っても問題はないと思う。ただ、レンタカーの場合、オフロードでのトラブルは保険の対象外となるケースもあるらしく、慎重にならざるを得なかった。

△ウエストマクドネル国立公園にあるシンプソンズギャップ。巨大な岩の切れ込みの下には水たまりがあった。観光客は少なく、岩を切る風のほかは、静寂が支配していた

△砂漠の動植物を手軽に見ることができるデザートパーク。レッドセンターの呼び名にふさわしく赤い砂の色が強い印象を残す。写真はアロマテラピーに使う精油でも知られるユーカリ・ブルーマリー

地図は靴に入ったか?

 突然だが、開高健の小説に(旅先で)「---少なくともこの国の地図だけは靴に入るはずであった」(『輝ける闇』)という表現がある。訪れた先をどれだけ自分のものとして旅をしたか、を「地図が靴に入る」と書いた。既に知られている成句なのかどうか知らないものの、心に残る言葉である。
 ウルルからアリススプリングスへ。6日間ウロウロしていれば、少しぐらい「地図は靴に入った」か?
 旅先の光景や情感が生きて胸に残れば、平べったい地図に立体的な奥行きが立ち上がる。「地図が靴に入る」とはそんな感覚を言うのかもしれない。

 アリススプリングス空港で返却したレンタカーは約800㎞を走り、フロアマットは砂漠の赤い砂ですっかり汚れていた。時間待ちの間、空港のカフェで一息つくアキボー。キョウコはグラスワインをゴクリ。相変わらずハエはたかってくるが、2人とも、もはや気にならなくなっていた。
 次は空路約2時間、約1300㎞南のアデレード、Airbnbの民泊に初挑戦である。

△アリススプリングス空港のフロア。アボリジニアートのカーペットが敷き詰められていた

シニアの旅に挑戦しながら、旅行記や短編小説を書きます。写真も好きで、歴史へのこだわりも。新聞社時代の裏話もたまに登場します。「面白そう」と思われたら、ご支援を!