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実業団合宿での一日と私の仕事

カーテンの隙間から陽の光が差し込み、部屋に明るさが灯ると目がさめる。5時半にセットしたアラームよりも少し早い目覚めだ。

学生時代はこの時間に起きるのが地獄のようで、目が覚めてから身体を起こすまでにしばらく時間がかかっていた。しかし今では自然とこの時間に目が覚めるようになっている。

ランニングの用のハーフパンツに着替え、上はジャケットを羽織り外に出る。空気が少し冷んやりとしている。ここ菅平高原の朝の気温は10℃前後。普通に過ごすにはやや寒いが走るにはちょうどいい気温だ。

集合場所に向かうとウォーキングや軽めのジョギングをしながら選手達が集まり出す。

それぞれが楕円形の輪を作るように並び、全員の集合が確認されるとキャプテンの「おはようございます」の一言が。体操開始の合図だ。

2022年3月より月1,2回ほど短期の滞在で花王陸上競技の合宿に帯同している。トレーニングにより選手のコンディションを整えるのが主な目的だ。朝は選手とともに約10km程度のランニングを行う。

高校、大学の時は「合宿=ハードな練習期間」という認識があり、朝練習からピリつく雰囲気でペースも気を抜いて走れるような速さではなかった。

しかし意外にも実業団になると朝のペースはゆったりとしている。朝練習がスタートする前にじっくりアップをしていた学生時代とは異なり、いつものジョギングに出かけるような感じでのスタートだ。(チームによって状況は異なるので実業団全てがそうとは言えない)きちんとした1列とは言い難いが、列を組みその日の先導役の選手がリードして走る。

学生時代には当たり前のように走っていた集団走も、今では合宿に参加した時だけの経験なので懐かしさと少しの新鮮さを感じながら走る。スタート前は少し肌寒かったが、次第に身体も温まり終盤にはやや汗ばんでくる。
最後まで心地よいペースでゴール。そのまま少し長めに走る選手達は止まることなく進んでいく。

部屋に戻りシャワーを浴びる。朝のランニング後はさっぱりして気持ちがいい。時計を見るとまだ時刻は7時前だ。

7時半になると食堂に向かい、朝食をとる。「いただきます」の合唱の合図で食べ始めるのだが、学生の時のように全員がきっちりと揃ってからではなく、ある程度揃ったらだ。ちらほら遅れて食堂にくる選手もいる。そこまでの厳密さはないようだ。


席はスタッフ、年長順に並んで座る。外部指導の私は監督、コーチ陣と選手の間だ。

縁とは不思議なもので目の前の席に座るのは大学時代の同期で、現在陸上部では最年長の選手だ。大学卒業から10年後、またこうして合宿の場で、立場は違うにしても、一緒に食事をとることになるは思ってみなかった。振り返れば大学時代もよく同じ席で食べたものだ。

そして近くには私が陸上を始めた頃に日本のトップを走っていた高岡監督、入船コーチらが並ぶ。今だに信じがたい状況だ。

朝食後に少しゆっくりすると、スケジュールを確認する。トレーニングは個別で行うため、その日に予約の入った選手の状態を確認してメニューを組む。ここで行うコンディショニング指導だが、筋トレや補強という呼び名と混同される。厳密に違いを定義するメリットがあるのかは分からないが、シンプルにいうと選手の身体のコンディションを良くすることだ。その手段として筋力強化や関節の可動域の向上、バランスを整えることがある。

一般的に「どんなストレッチ、筋トレが良いのか?」と考える人は多いようだ。しかし走るトレーニングにしてもストレッチや筋トレにしても、「どんな練習が良いのか?」と考えるよりは、個人の問題を理解し、その改善に向けてトレーニングの手段を当てはめていくことが大事だと思う。前者の例で言うなら選手がトレーニングに合わせる。後者は選手にトレーニングを合わせる考え方だろう。

前者の考えの危険性は個人の状況を無視して「これが良いから」と理由だけで練習を行なっていまう点だ。もちろんそれでうまくいく人もいるだろう。しかし適切な方法とは言い難い。

速い選手の例を見るとついつい真似したくなるものだ。私も学生時代に自分の必要な練習を無視して速い選手がこれをやっているからと理由で練習を真似たことは何度もある。たとえば誰かがジョグの最後はペースを上げて終わると言えば真似してみたり、月間〇〇km走って成果が出たと聞けばその通りにやるなどだ(足にやや痛みがあったり、疲労度が高くてもお構いなし)。
時に効果が実感で調子が良くなることもあったが、行き着く先は疲労困憊で調子を落とす、故障するがほとんどだ。

コンディショニング指導をするときも最初は「筋力強化の理論はこうだから」とか「〇〇の選手、チームはこんなリズムでやっている」とかを先に考えがちになっていた。

もちろん参考にはなるが、ランニングであれ、コンディショニングであれ、まずは相手の置かれた状況、身体の状態を理解することが先決だ。

野球の名コーチ、ヨギ・ベラの
「理論的には理論と現実の違いはないが、現実的には違いがある」
という言葉が、指導を始めてすぐに実感することになった。

もちろん理論が意味ない、使えないというわけではない。理論を実践に移すのではなく、実践の中で見つかる問題に応用できる理論を使うということだろうか。


ダイエットなどでも同じだと思う。理論上は摂取カロリーよりも消費カロリーが上回れば痩せるのだ。だから、すごく痩せた人が「〇〇ダイエット法」と言えばすぐに飛びつく人達がいると思うが、毎回違う理論が出て、飛びつく人達がいると考えると大抵がうまくいっていないのだろう。原因は一つの要素(運動、栄養にしても)ばかりを気にかけ、目的に向けた要素間の繋がりを無視してることにあると思う。一つの要素と結果を一対一の関係で考えると極端な方法に飛びつきやすくなってしまう。しかし現実はいろんな要素(運動、栄養、生活、人間関係含め)が相互しあっているので一つの原因を特定するのは難しい。

そのため二次的影響の存在を忘れてはいけない。いろんな要素が相互しあっている場合、何か一つを変えればそれに伴い他にも変化が出るのだ(良くも悪くも)

デッサンクラスで立方体を描いている時の出来事。少し右の面を小さくしたくて、一つの線の角度を変えればいいだろうという安易な考えで修正してみたら、他の線との角度の関係がズレて、全体のバランスを損ねてしまうことに。余計な介入がかえってバランスを崩してしまったのだ。
一つの線(要素)を変えると他の線との位置関係が変わり、角度、面の大きさに影響が及ぶことを全く考慮できていなかった。二次的影響を忘れた安易な介入は全体のバランスを崩すということはある。

自分の失敗で済む話なら大きな問題ではないが、自分の失敗が他人に影響を及ぼす場合はそうも言ってられない。
第一に指導する相手に「害を与えない」ことを忘れないこと。

そのため学生や一般の人にはランニングからコンディショニングまで含めた指導をするのだが、花王陸上部にはコンディショニングの指導に特化する。他のことへの余計な介入はかえって害になるので、「何をやらない」かを明確にする必要性をつくづく感じる。ただ選手のランニングの練習のスケジュールとの調和が大事なので、もちろんどのような練習、レーススケジュールで進んでいるのかは確認している。

ポイント練習(よく陸上競技経験者の間で用いられる言葉。簡単に言うなら強度の高い練習をすること)の時は帯同するときもある。特に何かするわけではないが、選手に動きの特徴を見ておくと、気になる動きとコンディショニングの場での動きに関連性に気づくこともある。


各自のジョグの前には集合がある。毎回集合することへの疑問を抱いた時期もあったが、最近は指定の時間に集まるメリットを感じている。


いつも何か行動を起こす前に集合に対しめんどくささを感じていた。「いちいちこんなに集まらなくても自分でできるだろ」そんな思いは学生時代に頻繁に抱いたものだ。しかし一度そんな環境から離れると行動のスタートを切ることがいかに難しいかが分かる。特に自分が慣れていない行動についてはそうだ。ランニングの練習で一番難しいのはある意味、スタートを切ることかもしれない。

高校生、一般の人への指導を開始し思うのは待ち合わせ時間を決めることがスタートを切ることに大きな貢献をしていることが分かる。
私自身もデッサンの練習は1人ではやらないが、やろうと思ってもいつもスタートを切れない。しかしレッスンの日には重たい腰を持ち上げてスタートを切る。集合があるとスタートを切ることにモチベーションに頼る必要がないのだ。やる気があろうがなかろうがまずはスタートを切る。モチベーションはその後だ。

そんなこともあり、今では「集合がある」ことに賛成している。

午後の練習が終わり、18時半には夕食の時間だ。
食事中は競技の話にはあまりならない。〇〇の美味しいお店や有名なお菓子、遠征先であった珍事件などを聞かせてもらっている。

夕食後にはゆっくりするだけだ。お風呂に浸かり、色々と頭の中を巡る思考と向き合うこの時間は好きだ。しかし長風呂ができないので入浴時間はいつも短い。

お風呂を上がり身体も冷めてくると就寝モードに身体は切り替わる。
寝る前に本を少し読むのが習慣だ。最近のお気に入りはギリシャ神話だ。
数ページ読むと次第にウトウトしてくる。
時計は9時を過ぎた頃だ。目覚ましを5時半にセットする(だいたいはアラーム前に起きるが念のため)
寝落ちモードになり始めると部屋の電気を消して寝る体勢に入る。(消灯時間の決まりがあるわけではなく、合宿に来ても起床就寝時間はいつもと変わらない)

また次の朝がやってくる。


日常からの学び、ランニング情報を伝えていきたいと思います。次の活動を広げるためにいいなと思った方サポートいただけるとありがたいです。。