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「絶望を希望に変える経済学」ベーシックインカム編

引き続き「絶望を希望に変える経済学」より「ベーシックインカム」について。

本書を読んだ結果、ベーシックインカムの有用性は理解できるものの「現実的に考えても先進国においてはもっとやるべきことがあるな」という、これまでの私の考えは変わりませんでした。

結論的には著者の場合は、

【発展途上国】
全国民に生活費の一部を支給するという「ウルトラ」ベーシックインカムは、社会政策として現時点これ以上のものはない


【先進国】
わざわざ現行制度を変えてまで導入する意味はない


という見解。そしてベーシックインカム含む無条件受給制度で何よりも大事なのは「助けてもらう人の尊厳を踏みにじってはいけない」ということです。

■ベーシックインカムは怠け者を生むのか

私がベーシックインカムに後ろ向きなのは、日本の生活保護受給者の実態を知ってから(詳細は、以下書籍参照)。生活保護ケースワーカーは、生活保護受給から脱却してもらうためには「受給開始から100日までが勝負だ」と言っています。100日を過ぎてしまうと、途端に受給者の就労意欲が減退し、長期受給者になってしまうといいます。

つまり日本の生活保護制度下では100日を過ぎてしまうと、受給者は「もうこのままでいいや」となってしまい「怠け者」を生んでしまうのです。

ところが世界的には、これまでのベーシックインカム含む無条件給付の事例や実証実験でも「怠け者」は生まれなかったと著者はいいます。

■発展途上国におけるベーシックインカム

特に発展途上国では、現金給付によって生活が向上するのはもちろん、労働意欲も促進させるといいます。先進国ではどんなに貧しい人でも、選り好みさえしなければ大体の仕事は見つかるはずです。日本でもアメリカでも。。。ところが発展途上国ではそういうわけにはいきません。本当に貧しくて現金をもらって初めて職探しができるような人ばかりです。

【例えば著者がガーナで行った実験】
ヤギを与えた女性と与えない女性の双方に別の仕事で働いてもらいました。この結果、ヤギを与えた女性は、生活の心配から解放され、仕事だけの女性よりもやる気が出て活動の幅が広がり仕事にもより集中してできるようになりました。というのも、現金給付などの所得保証は、その安心感から対象者の仕事のモチベーション向上を推進するきっかけを作ってくれるのです。

また、発展途上国では先進国と違って長期の安定した仕事が多くありません。おおよそは非正規雇用がメインか、個人事業主が大半なので、彼らの生活は仕事中心に組み立てられていないし常に不安定。したがって生活費の一部をウルトラベーシックインカムとして現金給付することで生活が安定するのです。

加えて重要なのは、ベーシックインカムは、制度が簡素で事務負担が少ないこと。日本のマイナンバーのような個人番号を基準に毎年定額を全国民に振り込めばいいだけです。特に発展途上国は役人が勝手に「中抜き」してしまうので、できるだけ簡単なしくみが重要。

ベーシックインカムは、先進国のように「条件付き」や保険制度などの複雑な仕組みを作る必要がない、まさに発展途上国に最適な制度。そしてノーマルなベーシックインカムでは財源の工面が非現実的になってしまうので、生活費の一部を補填する「ウルトラベーシックインカム」が現実的ではないか、と著者は提言しています。

■先進国におけるベーシックインカム

実は先進国の事例でも「怠け者」は生まれませんでした。アラスカ州の永久基金年間2000ドル受給、アメリカ先住民チェロキー族へのカジノ配当(※)年間4000ドル受給(インディアンの平均所得の半分)の事例があり、非対象者との比較実験では労働意欲に変化はない上に、教育への好影響があったという結果。

※チェロキー族のカジノ配当
インディアンカジノと言ってインディアン居住区は特別な自治区なので独自にカジノを合法化できる。詳細は以下参照

他の事例やアンケート調査でも、現金給付されても仕事を続けたい人が大半。

したがって、先進国ではベーシックインカムは「仕事のある人、なくても意欲のある人」には影響を及ぼしませんが、「仕事のない人でかつ意欲のない人」には、悪影響を及ぼす、ということかもしれません。

確かに仕事のある人にとっては仕事は人間の尊厳を守る重要な機能であり、大切な社会関係でもあります。先進国の場合、お金だけが働く動機ではないのです。

■先進国に最適な社会政策

著者は「フレキシキュリティ」という考え方を紹介しています。全く同感。

フレキシキュリティは、デンマークの社会政策で「柔軟性」を意味するフレキシビリティと「安全性」を意味するセキュリティを組み合わせた合成語。

企業には業績悪化などによって労働者を容易に解雇できる柔軟性を実現しつつ、労働者には手厚い失業保障によって労働者の経済的損失を補う政策で、政府は充実した職業訓練などを実施して労働者の再就労を後押しする制度。

つまり、

市場に任せられることは市場に任せるべきであり、そこで貧乏クジを引いてしまった人は助ければ良い、という考え方

ただし、(ここからが著者バナジーの真骨頂ですが)我々貧乏くじを引いてしまった人は、人生設計が大きく狂ってしまい、心理的負担が大きくなります。

したがって特に同じ土地、同じ産業で、これまでと同じような職に転職しやすくする支援制度を整えたり、中高年労働者の賃金には補助金を上乗せすることで、できるだけ労働者が引っ越ししなくていい制度を備えておくべきといいます。

またアメリカ民主党がの2018年に提言した、失業者に向けた公的な雇用制度「連邦雇用政策」や、フランスの団体「ATD第四世界」の活動も有用。まずは人として認め、失業者や障害者に働く場を提供することで「人間の尊厳」を担保できる社会制度を目指すべき、と提言。

ATD第四世界の展開する事業「TAD(Travailler et Apprendre Ensemble=ともに働き学ぶ)」のリーダー、ブルーノ・タルディ曰く

「ここに来るまでの人生では、みんな施しをされてきた。誰も彼らには、君たちも社会に貢献してくれとは頼まなかったんだ」

本書チャプター9「尊厳と救済のはざまで」

*写真:ノルウェー グドバンゲンからのソグネフィヨルド(2018年撮影)

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