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言語を生み出す本能(上)スティーブン・ピンカー著 書評

<概要>
言語のうち「書き言葉」は文明だが「話し言葉」は本能であり、カラスが空を飛べるように人間が本能的に持ち合わせた先天的な能力であって、どんな言語でも共通の心的言語を基盤にして成立していることを主張した書籍。

<コメント>
言語学は全くの門外漢ですが、本書を読む限り「確かにその通り」という印象。英語の比較文や文法的言語の解析を口語・文語双方ともおこなって精密に論を展開していく(特に4章の言語のしくみ)ので、理解するのに手間暇がかかりますが、ちゃんと真面目に読んでいけば、そんなに難しいことを言っているわけではないので、諦めずに丁寧に読み進めることをお勧めします。

さて本題。
著者の表現では、蜘蛛が蜘蛛の巣を作るのと同様、話し言葉は、子供の中で自然発生的に発達するという。そもそもこれまで存在した人間の社会集団(民族・部族)のうち、話し言葉を持たない社会は歴史上皆無

【話し言葉が本能であることを証明する事例】
(1)例えば、耳が不自由で27歳まで言葉を知らなかったメキシコの青年イルデフォンソでさえ、すでに心的言語を獲得しているので手話通訳者に手話を教わってちゃんと手話で話せるようになる。

(2)赤ちゃんも実は言葉を話せるようになる前から、ものの概念をちゃんと把握している。以下の本に詳しそう(まだ未購入)。

(3)言葉が通じない同士がピジンという当座しのぎの既存の言語の混合語で会話できるようになり、通常レベルの言語(クレオールという)として成立する事例もハワイや手話など、世界に多くの事例がある。

【言語以前に人類共通の心的言語が存在する】
以上のように、具体的言語がなくても人間には言語化される前の共通の心的言語が人間には備わっているので言葉が違っても同じ概念を同じ概念として相互に認知できるという。

確かに著者ピンカーは英語で本書を著述し、翻訳者椋田直子さんが日本語に翻訳して私たちは本書を読み進め、英語で読んだ読者と日本語で読んだ読者間で、ピンカーの言わんとしていることが違ってくるかといえば、確かに違うとは思えない(ディテールの違いはあるかもしれません)。

「言語が思考を規定する」というのは影響は確かにあるでしょうが、根本的には言語によって思考は規定されない。言語以前に人間には心的言語によって、ものの概念や抽象的思考を把握しているから。

これは具体的会話のやりとりを想像するとわかりやすい。
①話し手は、自分に言いたいことがある
②これを受け手に伝えるために言語化する(そのまま自分の思っていることを話しているわけではないし、そもそも自分の思っていることは言語化されていない)
③受け手は相手の話す具体的言語を聞く(連続した人間の声の音として)
④具体的言語に基づき話し手の言いたいことを類推する(類推して把握するという時点で言語化されたものを概念として自分の心的言語に変換している)
⑤理解すれば会話はいったん完了
⑥理解しなければ不明点を整理し言語化し話し手に伝える

このように、話し手の話した言葉そのものをそのまま記憶して理解しているわけではない。かといって自分なりの具体的言語の形で記憶しているわけでもない。個々人の心的言語として理解しているというしかない。

【なぜ言語は多数存在するのか】
異なる言語間で言語が違うのは、人間が暮らす社会集団ごとに習慣や規範などの生活スタイルが違うので、それぞれの社会集団ごとに最適な言葉に適応するために、言葉が異なるのではと分析。最初は同じ言語でも環境に合わせてどんどん変化していくので、そのうちに細かく分化していくのです。

したがって日本人の話し言葉が明治政府によって統一された時点で一旦は日本人全員が理解できる範囲(方言レベルの違いはOK)で同じ話し言葉を話すようになったのですが、すでに世代ごと、特に若者と高齢者の話す話し言葉は既に相当違ってきているように感じます。

近代国家以前の時代であれば、テレビ・ラジオはおろか、書き言葉に関しても識字率は低く印刷技術も殆んどないので、今以上に分化して行くスピードは早かったかもしれない。

【言語の普遍的構造】
ここがいかにも言語学的で複雑なんですが、私なりに理解した範囲では、基本的に言語体系はツリー構造になっていて、単語の組み合わせに基づく「句」がツリー構造でつながってセンテンスが成立している点は世界共通(ただし並ぶ順番は言語ごとに異なる)。「句」は大きく「名詞句」と「動詞句」に分かれ、それぞれキーとなる単語(ヘッドという)を持っているなど。

以上、話し言葉は本能で心的言語を人間が持っているという上巻に引き続き、今は下巻を読んでいますが、下巻の方は言語の歴史的背景や進化論的(生物学的)論点に言及しているので、読み物としてはこっちの方が面白そう。追って展開したいと思います。

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