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歩行は、万病の薬 『直立二足歩行の人類史』書評 続編

人間ならではの能力を発揮させることこそ最高の幸福である」と考えていたであろうアリストテレス(詳細は以下)。

とすれば、人類学的には「直立二足歩行」は最も人間を人間たらしめている機能=能力なんだから「歩けば歩くほど人間は幸せになる」はずですが、どうなんでしょう。

そうです。歩けば歩くほど人間は「健康」という幸福を手に入れることができるのです。

実は歩いても歩かなくでも人間の総エネルギー消費量は変わらないらしい。なぜなら歩かない人は歩く分のエネルギーを炎症反応を強化する活動に消費してしまうから。

具体的には、マクロファージという細胞が活性化し、TNF(腫瘍壊死因子)という感染防御タンパク質を産生することにエネルギーを使ってしまうのです。TNFが高値になると心疾患と関連があると言われており、TNFは少ないほうがいいらしい。

そして歩く(他の運動でも良い)と筋肉から「マイオカイン」という物質(100種類以上ある放出分子の総称)が放出され、TNFを抑えるとともにがん性腫瘍を攻撃・破壊したり、認知機能を向上させたり、とさまざまな働きをすることがわかっている。

それでは「直立二足歩行の効用」について以下整理。

⑴毎日25分歩くと、4年近く長生き可能

人間にとって長寿は多くの人の望みですが、ジョージ・マコーリー・トレビアンという人が「私には二人の主治医がいる。私の左脚と右脚だ」といったそうです。

*アメリカ国立がん研究所スティーブン・ムーアの研究チームの調査結果

毎日25分間の散歩に相当する運動をするひと(肥満者除く)は運動不足の人よりも4年近く長生き。10分でさえ年の差。

本書第13章

30万人以上のヨーロッパ人のデータを調査した結果、運動不足による死亡リスクも「肥満によるリスクの倍ある」ということから、いかに歩行が人間の健康にとって大切かよくわかります。コペンハーゲン大学生理学者ベンテ・クラールルント曰く(2012年)。

鍛えたデブのほうが、動かないヤセよりマシ

⑵骨密度は歩くことによって、15%以上増加

かつて人類の関節部の海綿骨密度は30〜40%あり、これは類人猿も同じですが、現代人は20〜25%しかないという。これは現代人が狩猟採集民ほどに歩かなくなってしまったから。たとえば現代の狩猟採集民(ハッザ族・プメ族の女性)は1日平均9.7km歩くという。

一般に高齢になればなるほど骨密度は低くなるのですが、現代人はもともと骨密度が低いために多くの現代の高齢者が骨粗鬆症になってしまうのです。

⑶乳がん患者は、歩くことで死亡リスクを40%低下させることが可能

アメリカのフレッド・ハッチンソンがん研究センターが、乳がんと診断された女性5,000人近くを調査した結果、運動(週1回1時間のウォーキングだけでも)によって死亡リスクが約40%低下することがわかった。さらにエストロゲン受容体陽性乳がんの場合は、同50%。

更に、150万人近くを対象とした2016年の研究では、中程度の運動によって13種類のがんのリスクが低下することがわかったといいます。

⑷1日30分歩くと、心臓病(冠動脈疾患)のリスクが18%下がる

頻繁に歩く人は、一般に座りっぱなしの人より心拍数が少なく血圧も低いことがわかっています。4万人以上のアメリカ人男性を対象とした2002年の研究によれば、1日に30分歩くと冠動脈疾患のリスクが18%下がるという結果に。

ちなみに歩行がデフォルトの狩猟採集民には「冠動脈疾患」という病気は、ほぼ無いそうです。

⑸歩くと、創造性が60%向上

スタンフォード大学の心理学者マリリー・オペッゾの研究によれば「歩行しながら」と「椅子に座りながら」の両方の治験者に「創造性に関する実験」を行った結果「歩行しながら」の方が創造性スコアが60%も高かったという結果に。

このほか、アイオワ大学の脳科学の実験では、散歩したグループは、散歩しないグループよりも、創造的思考能力に重要な役割を果たしていると考えられている脳領域のネットワークに明らかな改善が見られたといいます。

⑹歩くと、認知機能が向上

2004年、ボストン大学が認知機能とウォーキングの関係について70〜81歳の女性18,766名を対象に調査した結果、週90分歩くだけでも認知機能の低下を緩やかにすることがわかったとのこと。

脳の部位の一つに「海馬」と呼ばれる部位があります。海馬は「記憶の司令塔」とも呼ばれ、コンピューターでいうメモリー的な役割を担う部位で、短期的な記憶は海馬にとどまり、大脳皮質にある古い記憶を取り出しつつ、大脳皮質に送り込むという役割もしています。

高齢化すると海馬の機能が年1−2%ずつ縮んでいき、更に悪化すると認知症になってしまう(詳細は以下参照)。

歩くことでこの海馬の機能を強化することが可能になるのです。

生物学的には、歩くこと(他の運動でも良い)で筋肉から先述の「マイオカイン」という物質が産生され、血流も活発になることでマイオカシンが脳に届き、海馬のニューロン(神経細胞)を変性から守るということが明らかになっています。

つまり「マイオカインは、海馬の栄養剤」というわけです。

⑺歩くと、鬱病の症状が緩和する場合もある

日本でも鬱病患者は多いようですが(私の周りにも多数の経験者います)、アメリカでも12人に1人の割合で鬱病になるとのこと。

ウォーキングの効能は、海馬の維持・強化にとどまらず、鬱症状や不安神経症を緩和することを裏付ける証拠がいくつかあるとのこと。ただ誰にでも効果があるわけでもなく、歩く場所によっても変わるらしい。

上述のスタンフォード大学オペッゾの実験によれば、街中を歩くよりも緑の多い森の中を歩く方が悲しみを感じる脳の部位(前頭野皮質膝下部)の活動が低下することがわかった。

つまり、

メンタルヘルスのためには、鳥の鳴き声やそよ風を感じられる緑の多い場所を歩いた方が良さそうである

本書第14章

ということで、身体的にもメンタル的にも歩く(具体的には1日7500歩〜1万歩)ことで、あらゆる人間の機能が改善する、というのは、まさに、私たち人間は「歩くことがデフォルト」だからでしょう。

■追記

この後、直立二足歩行になったことによる解剖学的な弊害も多く記述されていますが、だからと言って我々は直立二足歩行を止めることはできないので省略します。興味ある方は、別途省略した「直立二足歩行が人間固有の特徴のすべての要因」と合わせて通読をお勧めします。

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