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和歌山県の風土:太地町にてクジラ&イルカを知る

日本を廻るフィールドワークは、昨年の奈良県・大阪府に引き続き、今年は和歌山県へ。まずはクジラ・イルカで町おこしをしている、紀伊半島南東部にある太地町。

太地町の漁港(2022年5月撮影。以下同様)

■太地町と捕鯨について

太地町は、人口約3,000人の小さな漁村(町?)ですが、イルカ漁に関する映画「ザ・コーヴ」が2009年にアカデミー賞・長編ドキュメンタリー賞を受賞したことから一躍世界の注目を浴びた町。

(ザ・コーヴの舞台となったクジラ浜。今は人っこ一人いません。猟期でないのと大雨だったからか)

当時の状況をYouTubeなどで拝見すると、反捕鯨派(シーシェパードなど)と捕鯨推進派(国粋主義の一環)とこの「ふたつの正義」によって、海上保安庁や警察、そしてマスコミも大挙して押し寄せ、街の人たちが当惑する姿が印象的でした。

さてその実態はどうだったんだろうということで、ある程度ニュートラルだと思われる長編ドキュメンタリー映画「おクジラさま」をアマプラで500円払って試聴したところ、

当時の異常な状況と後日談が、丁寧に取材されていてとても共感を覚えました。中でも太地町に数年滞在した双方に中立的な米国人元記者が

クジラが絶滅する前にこの街が絶滅してしまうのでは

と言っていたのは、確かにそうだなと思ってしまいました。

■捕鯨の賛否両論について

私自身は「クジラ・イルカが絶滅しない範囲で捕獲するのであれば、なんら問題はない」という立場ですが、極端な動物愛護という視点にたてば、クジラ・イルカ1頭でも捕獲することは「ダメ」という立場なので、インドのジャイナ教同様「ふたつの正義」が永遠に折り合いことはないでしょう。

極端な動物愛護やビーガン、ジャイナ教信者の立場は当然尊重し受け入れるのはもちろんです。そのうえで、自分の信条(正義)を他人に押し付けるのは、避けるべきでしょう。それが「異なる意見の人を受け入れる」という民主主義の基本原則。

誰に迷惑をかけるでもなく昔から受け継いだ漁を細々と営む漁民に、自分の信条を勝手に押し付ける極端な動物愛護団体は、いかがなものかと思います。

世の中には共有できる正義(国際的には国際法、国内的には日本憲法など)と共有できない正義(宗教や文化ごとの慣習・社会的規範など)があり「クジラ・イルカの殺生禁止」は、共有できない正義。

くじらの博物館3階の企画展「最後の刃刺」によれば、実はクジラが絶滅危惧種になってしまったのは、欧米の主に鯨油取得を目的とした捕鯨によって。とくに太地町では19世紀末に日本沿海に米国の捕鯨船が大挙して押し寄せ、米国にクジラをことごとく捕獲されてしまったために、日本列島沿岸のクジラが激減してしまって太地町の捕鯨にも大きな影響が出たらしい(ペリー来航もこの一環)。

今に至っては、(太地町漁協の)組合員数が124人しかいないという超マイナーな太地町の漁業は「追い込み漁」という漁法を採用。

年に数回しか捕獲できないというバンドウイルカは主に水族館(※)へ、主要な捕獲種としてのスジイルカは主に食肉用として、一部を地元住民の食卓向けに、一部を市場に出荷。

※水族館
追い込み漁で捕獲したイルカを購入しているのは日本水族館協会所属の水族館のみで、日本動物園水族館協会会員所属の水族館や世界動物園水族館協会所属の海外水族館は購入を控えています。

(イルカショーはカマイルカ→尾ビレが鎌のような形だから)

彼らの生業は、写真家の星野道夫が取材したアラスカのインディアン(=アメリカ人)などの先住民捕鯨となんら変わらないのでは、と思うのですが、捕鯨反対のアメリカ人の方はこの辺り、どうやって折り合いをつけているのでしょう。

美しい太地町の古式捕鯨船

なお、クジラの大量捕獲に大きな効果を発揮したのがノルウェー人のスヴェン・ホインが1860年代に船の船首にモリを発射する機械を取り付けてクジラを射止める猟法を開発してから。

クジラ浜公園に展示してあるノルウェー式の捕鯨船「第一京丸」

例えば太地町では古式捕鯨といって、沿岸にやってきたセミクジラ(なぜセミクジラかは後述)を網にかけて動きを止め、モリを放って射止める方法で、乱獲と呼べるほど多くはとれません。

(大迫力の実物大の古式捕鯨のようすの展示)

ちなみに、今はシロナガスクジラが激減して捕獲禁止になって以降、同じ海域で同じ餌(オキアミ)を食べるミンククジラの個体数が激増し、かえってシロナガスクジラが思うように個体数が増えないという「クジラがクジラの個体数を抑制してしまう」という皮肉な結果を招いてます(詳細は関西学院の論文)。なので国内ではミンククジラをある程度捕獲してシロナガスクジラの個体数を増やしては、という意見もあるようです。

ミンク&シロナガスクジラの餌「オキアミ」の標本

■クジラ・イルカの分類&生態

クジラ・イルカ種は「4メートル基準」というのがあって、体長4メートルを境に4mより短い種がイルカ、長い種がクジラと、一応区分されています。つまり種としてはほぼ同じ。ただしこれは曖昧な基準で、ゴンドウクジラのように4メートル未満でもクジラと命名されているようにはっきりしない。

なお、クジラは大きくハクジラとヒゲクジラに分けられ、その生態は大きく異なります。

⑴ハクジラ

イルカやシャチ(※)、マッコウクジラなど、われわれ人間と同じように食べ物をむしゃむしゃ歯で食べるのがハクジラ。エサは、イカや回遊魚などの魚介類に、シャチはこれらに加えてアザラシ・オットセイにイルカやクジラ等、なんでも食べてしまいます。

※水族館のシャチの背ビレはなぜ垂れているのか?
昔、某水族館の方にヒアリングしたところ「飼育する水槽の中では背ビレががたつほど運動できないから」らしい。

⑵ヒゲクジラ

クジラとしては、ヒゲクジラの方が特徴的で興味深い。ヒゲクジラはオキアミなどの小動物をひげで濾して食事するクジラ。ここまでは知っていたのですが、知らなかったのはヒゲクジラにはさらに大きく三つのグループがあること。

①泳ぎながら濾すグループ
②そのまま海水ごと飲み込んで濾すグループ
③海底の土砂をすくって食べるグループ

に分かれます。

①泳ぎながら濾すクジラ

これは同博物館にも展示されているセミクジラやホッキョククジラのこと。オキアミの密集した海中を泳ぎながらヒゲで濾していくために、下顎が大きく上顎が小さい実に独特の口をしています。

このクジラは泳ぐのが遅く、しかも脂が多くて殺しても海上に浮いたままなので初期の捕鯨は、ほとんどがこの類のクジラ。太地町では江戸時代初期に捕鯨が始まって以降、セミクジラを捕獲していました。

(2008年、南アフリカ南部のフォールス湾で撮影したセミクジラ)


(セミクジラのヒゲ。これもすごかった!!)

②海水ごと飲み込んで濾すグループ


オキアミを海水面上に追い込んで、大きな口で海水ごと丸呑みして濾すのが、シロナガスクジラやナガスクジラ・ザトウクジラ・ニタリクジラ。これらのクジラは泳ぐのが速く、しかも死んでしまうと体脂肪が少ないこともあって海底に沈んでしまうため、古い捕鯨法では捕獲することができませんでした。

(巨大なシロナガスクジラの骨格)

クジラのお腹がシマシマ模様になっているのはこのタイプで、海水を飲み込んだ時にお腹がジャバラのように広がるようになっている。

③海底の土砂を掬って食べるグループ

土砂を救って餌を取るタイプのクジラは知らなかった。コククジラという小型の鯨で広範囲の沿岸を回遊して海底の泥と一緒に餌を飲み込むというクジラ。

このように、クジラ・イルカに関しては話題が尽きません。

やはりそれだけ魅力的な動物なのかもしれません。私は鯨肉は好みではありませんが、鑑賞や勉強対象の動物としては大好きな生き物。そしてこんな小さなまちが、これだけ大規模の博物館&クジラ水族館を経営していること自体も驚きでした。イルカ・クジラ好きであれば「太地町立くじらの博物館」は、わざわざ訪れるに値する素晴らしい博物館です。

■イルカショーについて

上の写真は、飼育が難しいと紹介されていたスジイルカのショー。ちなみにメインのショーはカマウイルカのショー。他にクジラのショーもあるらしいですが、私は時間の関係でみませんでした。

今のイルカショーは、かつてのイルカショーとはだいぶ違うなという感じ。基本エンターテインメントであるのは変わらないものの、尾鰭だけを動かさせたり、身体の特徴を陸に上がらせて見せたり、などイルカの身体的特徴にフォーカスしたショーになっており、まるで「イルカ生態学実演ショー」といった印象。その身体的特徴を、調教されたイルカが見事に演じるので、とても素晴らしかった。

ついでに300円払ってカマイルカに触らせてもらったのですが、ゴムのような感じで、いかにも水中に適応した肌でした(博物館自体は大人1,500円と激安です)。

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