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ショート「かぎじえ」

 ああ、どうしてこんなことになったのだろうと私は考える。今回のことで私を突き動かしたのはなんてことない、ただの好奇心であったし、それは少なからず私自身の精神に潤いを与えた。謎を追い求めることに子供のようにワクワクした。まさか「いきすぎた好奇心は身を滅ぼす」ということを死に際になってようやく理解することになるとは……。
 
 数ヶ月前、私は親の稼ぎで飯を食い、寝るだけの不労の者だった。くだらない生活を送る私のもとに一つの茶封筒が届いた。そこにはどこかの駅の名前とBの一と書いてある手紙、そして一つの鍵が入っていた。どうやらこれでBの一のロッカーを開けることができるらしい。
 今思えばこんなわけのわからない物なんて適当に捨ててしまえばよかったのに、私は
「一体中には何が入っているのだろう」
 と考えを巡らせた。巡らせてしまった。私は死への階段を一段、踏み出した。
 ドキドキと胸を高鳴らし、私は駅に向かった。こんなのは久しぶりだった。指定のロッカーの前に立ち、深く深呼吸をした。
 私はロッカーを開ける。
「これは、また鍵か?」
 中には茶封筒に入っていた物同様、別の駅の名前とロッカーの番号の書いてある紙。そして鍵が入っていた。自身の蘇った童心を弄ばれたようで癪だったが、もう確かめずにはいられない。ロッカーの中の紙と鍵を乱暴にぐしゃっと掴み、その日は一時帰宅した。
 
 こんな毎日がしばらく続いた。ロッカーを開ける、鍵を取る。ロッカーを開ける、鍵を取る。既に作業と化していた日々の中で私はロッカーの位置がこの国の中心に近づいていることに気がついた。地図を見てみると、国の完璧など真ん中の場所に一つの駅を見つけた。「ここがゴールか」私は期待を膨らませた。
 最後のロッカーの中にはいったい何が入っているのか……?
 ゴールの位置が分かっていても、そのロッカーを開けるためにはこれまで通り順当にロッカーを開けていかなければならない。私はもどかしさで爆発してしまいそうだった。明日からは少しペースを上げると心に決めて、その日は眠った。
 それからまたしばらくした頃、私はついに最後と思われるロッカーにたどり着くことができた。
「Aの四。ここだ、間違いない」
 はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりと鍵を解き、戸を引いた。
 するとどうだろう、中はとても不思議な様子だった。色は赤っぽくて、薄汚い。また触ると少しべたべたしている。奥のほうがよく見えないので、私は体を乗り出してそのロッカー内を覗いた。
「あれは……喉彦?」

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 私は考える間もなく、「それ」に飲まれた。
 
 さっきから胃液の影響なのか、自分の掌の皮膚がぬるぬるしてきている。「こいつ」が一体どんな化け物だか知らないが、まさか自身が何かに食べられて死ぬことになるなんてまったく思いもしなっかった。
 今思えば鍵はきっと疑似餌のようなものだったのだろう。アンコウが小魚をおびき寄せるのと同じように、退屈な人間にロッカーの鍵という謎をちらつかせ、楽しそうにやってきた獲物を食らう。私はまんまとしてやられたのだ。下を見てみると、胃液が池のように溜まっていて、溶けかけの肉片が浮き沈みしている。
「私もああなるのか?」
 反抗してやりたい気分だが、ぎりぎりで喉彦を掴んだ腕も、もう限界だ。こいつはこれからもこの様に社会の役に立たぬ、暇を持て余した人間に例の鍵を送り付け、食べていくのか。
 私の手の位置は少しずつ下にずれて、あっけなく酸の池落ちた。……ぽちゃん。

 この国では数年ほど前から急激に無職の人間が減っているそうだ。具体的な理由はわからないけど、「無職でいることは良くない」という世間の考えが、定職につかない人間のプレッシャーになっているのではないかと朝のニュースで頭の良さそうな人が言っていた。僕はいつものように何か届いていないか自分のポストを確認した。マンションなので他の人への郵送物が溢れて床に落ちているときがある。今日も落ちていた。
「なんだ?これ」
 それは茶封筒で中からどこかの駅の名前とBの一と書いてある手紙、そして一つの鍵が飛び出していた。

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