書くこと

定期的に書く仕事がしたくなる。書く仕事なんてそもそもないのだが、憧れてしまう。ついつい、ベストセラー作家に憧れてしまう。あなたもそうだろう、私だけではないはずだ。誰もが一度は憧れてしまうベストセラー作家。

どんな時に憧れるのか、たとえば脳が自律的に作り出す悩みやイライラを、書けば文学になると言われたら、「文学か、いいな」と憧れてしまうのもしかたない。さらに、みんないつかはベストセラー作家になって、印税という不労所得を得ながら悠々自適に暮らしたいと思っている。なにをやってもいいし、なにをやらなくてもいい、面倒な人付き合いもない、パワハラしてくる上司も、メンヘラな取引先も、モンスターペアレンツとも誰とも関わらず、ひとり書斎や旅館にこもってゆったり執筆する楽しい勝ち組ライフに憧れてしまう。だが書き始めて数行で気づくのだ、私には才能がない。

憧れは憧れのままで良いのかもしれない。私の余命はあと数十年だ。数十年生きれば死ぬのだ。十数年かもしれない、数年かもしれない、数日かもしれない。とにかくそのうち死ぬ。全員死ぬ。地球環境に適応できず、300年後には人類滅亡と言う学者もいる。自分がなにを書いたって、たとえばベストセラー作家の作品だって、どれだけ売れて印税が入ろうが人類はいなくなる。国会図書館に保管されていても読者がいないのだから書いたって仕方ないだろう。読者がいない、滅亡はまだ先の話なのに、80億人がまだ生きているのに、私が書いたものを読む人はいない。なんて悲しい話をしているのだろうか。早く書く手を止めろ、諦めろ、お前には無理だ。わかっちゃいるけどやめられない、これはアンビバレントといって、タバコは有害とわかっているのに吸ってしまう、これを食べたら太るけど、わかってるけど食べてしまう、みたいなやつで、依存症みたいなものである。タバコを吸うと血圧があがる、呼吸がしづらくなる、全身麻酔をするときには数ヶ月禁煙してくださいと言われる、つらい、歯周病が治りづらい、パパのお口くさいと言われる、つらい。それでも吸ってしまう。書くこともつらい、誰にも読まれない、読まれないストレスで食べちゃう、太る、血圧があがる、歯磨きする気力がなくなる、歯周病が治らない、口がくさいから部屋に籠る、籠っても誰にも読まれない文章が出来上がるだけだ。書くだけえらい。えらいが読者はいない、つらい。

それでもまだベストセラー作家に憧れているのはなぜなのか。タバコやお酒やギャンブルで、一発当てて気持ち良くなった経験があるならわかるが、書いてバズったことなどないのだ。ただ気持ちいいのかもしれない。自己満足を解放する作業を気持ちがいいと感じているのかもしれない。「書く」は「書く」そのものが気持ちいいのだ。

ただ、「ベストセラー作家になって不労所得を手に入れたい」は別の欲望だろう。人間の最上の欲求である、楽して稼いでついでに有名にもなってしまう、しかし人とは関わらず自宅やカフェでコーヒーを淹れながら多弁な脳を解放してやる。つまり「誰にも知られずに全てを手に入れたい」のだ。「誰にも知られずに全てを手に入れたい」と思っているやつは気に食わないが、書けば文学と言われたら、書きたくなるのは仕方ない。

最後まで読んでくださりありがとうございます。アンビバレントは人間らしさでもあります。

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